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第四章 爆発

幕間 約束のデート

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 某日、マハト霊山での戦いを終え、ジィンとガラテヤ両者の肉体が本来の調子を取り戻した頃。

 俺とガラテヤ様は休日の朝、二人で街へと繰り出した。

「ガラテヤ様、今日は俺にエスコートさせて頂きます」

「ええ、お願いするわ!ジィン!」

 俺はシャツとズボンにマントを羽織った平民とさして変わらない平凡な服装に対し、ガラテヤ様は青色のドレスに金色のネックレスと、すっかりオシャレしてきている。

 少し大人っぽい気もするが、ガラテヤ様が「お姉さんらしさ」を精一杯表現した結果なのだろうか……と深読みしてしまうが、その意図は彼女のみぞ知ることである。
 そういえば、俺とガラテヤ様の前世と現世を合わせた年齢は二人とも二十八歳であった。

 しかし二人とも大人の時代を過ごしたことが無く、子供時代のみを過ごしてきたためだろうか。
 その様はお互い、少しイビツである。

 俺も過ごしてきた時間の長さだけなら立派なおじいさんだが、大人というものを知らないが故に「こんな感じ」なのであろう。
 記憶を引き継いでいるとはいえ、肉体の成長による脳構造の変化も関係するため、実際にはそうはいかないと分かっているのだが……我ながら子供っぽいとはよく思うものだ。

 こんな時に、「大人」を知っておけば……ガラテヤ様をエスコートする際の振る舞いも、少しは気取ったものにできたのたろうか。

 しかし、今はそんなことを気にしている場合では無い。
 向こうは同じ二十八歳だと思っているのだ。
 相手を楽しませる場において、自分しか知らない情報は判断基準に不要である。

 俺は右手でガラテヤ様の左手をとって、そのまま少し前方を歩き始めた。

「ふふっ。すっかり大きくなったわね。貴方の方がお兄さんみたい」

「前世と合わせたら、同い年ですけどね」

「確かに。それに、私の背がまだ小さいのはあるかもしれないわね」

「でも成長期来てるんじゃないですか?こないだよりも背、伸びてると思いますよ」

「本当?前世より高くなるかしら」

「前世の身長いくつでしたっけ」

「一七〇センチくらいじゃなかったかしら」

「高一女子でそんなにあったの、今思い返してみても大きいね。……今は?」

「一四五くらい?」

「あぁ……へぇ」

「何でノーコメントなのよ」

「低そうで高そうでちょっと低いなと」

「前より伸びてもまだ低いの?」

「残念ながら……この世界の基準は知りませんけど」

 十二歳の平均身長は、現代日本においては一五〇センチメートルくらいである(諸説あり)。

「このままじゃキツいかしら」

 栄養の行き渡り具合であるとか、遺伝子であるとか、そういうものによって変わるものであるが故、一概に日本と同じ基準では語れないのだろうが……。

「前世より高くなるのは……まあ……うん……そうですねぇ……。あっ、スープ屋着きましたよ!予約は済ませてあります、入りましょ入りましょ」

 俺は半ば誤魔化すように、眼に写った「アンリのスープ屋」へ。

「そ、そうね、身長の話はこれでおしまい!さあ入りましょ!いっぱい食べて大きくなるわよ!」

「お、おー?」

 店員に案内され、俺達は指定された席につく。

 だんだんと冷え込んでくる今頃にちょうどよく暖かい店内で、絶品と評される具沢山のスープを口に運ぶ。

 様々な動物と魔物の肉と骨、そしてたくさんの野菜を煮込んで作られているというスープは、ペイル・ラビットのような食べることができる魔物が材料に含まれていることもあって魔力リソースが速やかに回復しやすいらしく、魔法使いや聖職者は、こぞってここを魔力回復スポットとして使うのだとか。

 確かに、これは動物由来と植物由来の深い旨味を引き立てる野菜の甘味と、絶妙な塩加減が全身に染み渡るようである。
 これほどのクオリティである上にパンまで付いているにもかかわらず、値段は一杯で俺達が王都へ初めて訪れた際に食べたペイル・ラビットの串焼き二本分より少し高いくらいの九〇〇ネリウスである。

 ネリウスの価値と日本円の価値はほぼ同等であることから、ラーメン一杯分とほぼ変わらない値段で、高級ホテル並のスープをたっぷり飲むことができると思うと、破格も良いところである。
 調理を全て店主がやっているから人件費が低いとか、或いは一度にとんでもない量を作るからとか……そういうコストカットをした上で薄利多売を狙って出している値段なのだろうか、ともかくこれは現代日本にあっても行列間違い無しである。

「これは……いいわね!ご飯が美味しいでお馴染みの日本でもそうそう食べられないレベルよ」 

「そうですね!これは美味いなぁ」

「魔力使いまくった日は普通に来ようかしら、ここ」

「アリですね!……ま、俺はここで補充しなきゃいけなくなるくらいリソース貯めておけないんですけど……でも、美味いだろうなぁ……魔力使いまくった後の激ウマスープ」

「間違いないわ。シャトルラン後のスポーツドリンクとか、温泉上がりの牛乳くらいヤバいわよ」

「そりゃあヤバいですねぇ」

「ふっふっふ……楽しみが一つ増えたわね」

「うっひっひ……極楽間違い無しですよ」

 こういうのは、前世が現代人故にできる会話だろう。
 異世界で現代の語彙を交えてのトーク、少し贅沢な気分である。
 おそらくアンリという名であろう店主には、一度会ってみたいものだ。

 さて、俺達はスープを堪能した後、俺はガラテヤ様に似合うものを取り扱っているであろうアクセサリーショップへと案内した。

「あら、ここは……」

「アクセサリー屋です。サプライズでも良かったんですけど、ガラテヤ様には好きなものを選んで欲しいと思って……。という訳で、何か一つ。プレゼントしますよ」

「えっ!?い、いいの!?」

「ここまで案内しといて『やっぱやーめた』なんてする訳無いじゃないですか。それに俺、ガラテヤ様専属の騎士なので……お小遣いはそこそこ貰ってるんですよ」

 愛する姉であり主人であり、そして彼女でもある少女の側にずっと居る権利を与えられながら、お金も貰えてしまうとは。
 愛する者の騎士、実に良い仕事である。

 それに、今日は学校対抗の模擬戦で勝った分の賞金とバグラディ逮捕において大きく貢献したとのことで頂いた報酬もあるため、しばらくはお金に困ることも無い。

「そ、そう……?じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」

「ええ。ゆっくり選んでくださいね」

 少し申し訳なさそうにアクセサリーショップへ入っていくガラテヤ様に続き、店内へ。

 さほど広くはないが、店中の棚に敷き詰められるかのように飾られているアクセサリーを見回して、しかし一瞬たりとも迷うこと無く、何か気づいたかのようにガラテヤ様は真っ先にある物を手に取った。

「あっ、ジィン?ゆっくり選んでって言われた手前申し訳ないのだけれど、これにするわ!」

「いくら何でも早すぎませんか」

 彼女が真っ先に指差したのは、大きな赤色の宝石が真ん中に鎮座する、金色のネックレス。

「これがいいの。後悔しないわよ?」

「わ、わかりました……じゃあ、会計してきますね」

「うん、ありがと」

 俺は何が何だか分からないまま会計を済ませ、ラッピングしてもらった上でガラテヤ様に手渡す。

「お待たせしました」

「ありがとう、ジィン。折角ラッピングしてもらったところ悪いのだけど、今開けて良いかしら?」

「良いですよ」

「ありがとう。これ、首にかけると丁度良いと思ったの。青のドレスによく映えるでしょ?」

 確かに、目に入りやすい赤色をワンポイントだけ使うのが、イカしたコーディネートだと聞いたことがある。
 文化的背景が前世までの世界とは大きく違うため、この世界はきっと違うのだろうが……何だか、俺のためだけにオシャレしてくれようとしているようで、勝手に嬉しくなってしまった。

「……そうですね。ちょっと嬉しいです」

「あら、どうして?」

「ガラテヤ様が今日も素敵だからに決まってますよ」

「も、もう……ほら、次はどこに連れて行ってくれるの?早く行くわよ」

「茹でダコくらい顔真っ赤」

「あんまり見ないで頂戴……!次のとこに案内しなさい、早く!」

「はーい」

 俺は熱くなったガラテヤ様の手を再び握って、次の目的地へ向かう。

 それからは公園に行ったり、まだ行ったことのない王都の端を散策してみたりと、日が暮れるまで一緒に外を歩いて回った。

「今日は楽しかったわね」

「そう思ってもらてえているなら嬉しい限りです。俺も楽しかったですよ、ガラテヤ様」

「ええ。……ジィン、ちょっとこっち来て」

 女子寮前。
 しかし、ガラテヤ様は寮内へ戻ろうとせず、こちらへ手招きする。

「ん?何か付いてます……!?」

「ちゅっ」

 そしてあろうことか、ガラテヤ様は女子寮前でこちらの顔を引き寄せ、唇を重ねたのである。

「……っ!?んん……!?」

 ガラテヤ様の温かい舌が、口の中を伝う。

 精一杯背伸びをして、さらに両手でこちらの顔を引き寄せて、ようやく届く身長差。

 その幼さに似合わない、舌と舌とが絡み合うほどの熱い接吻。

 数秒が数分にも数時間にも感じるような、濃密な時間。

「ん……っぷぁ」

 口を離した後も、ガラテヤ様はこちらをじっと見つめて、その時はまるで時間が止まっているような感覚を覚えた。

「……あーーー、……えーーーっとぉ……。ガラテヤ様、これは」

「さっきのお返し。今日は楽しかったわ、じゃあね」

「ちょっとぉ!?ガラテヤ様!?」

 走って女子寮の階段へ向かって行くガラテヤ様。

 俺はその場でしばらく呆然と立ち尽くし、何が起こったのかを脳内で整理する時間が流れた。

「……もし?そこの騎士様?何を突っ立ってらっしゃるの……?」

 背後から、女子寮にやってきた同級生に声をかけられ、ようやく正気に戻る。

「ハッ!あ、す、すいません、ちょっと考え事を」

「貴方、ガラテヤちゃんの騎士様でしょう?……どうしたの、喧嘩でもしたの?」

 どうやら、ガラテヤ様を知っている人だったらしい。

「あ、ああ……いや、むしろその逆なんですけど……突然だったもので」

「あら!詳しく聞きたいところだけれど、今日は控えておくわね。では、ごきげんよう」

「あ、は、はあ……」

 このまともに言葉も出ないというような返答。
 心ここに在らずとはこのことである。

 それから、俺は自室へ戻ってベッドに寝転んだ。

 至近距離からこちらを見つめるガラテヤ様の顔は、恐ろしいほどに艶めかしかった。
 当分、あの表情を忘れることはできないだろう。

 そして今日起こったことを色々と考えたが、考えるだけ無駄だと思い、そのまま眠りについた。
 俺は自覚しているよりも、ガラテヤ様を異性として愛してしまっているのかもしれない。

 それから俺はガラテヤ様を見るだけで胸が高鳴るようになってしまい、落ち着くまでしばらくの時間を要することになったのであった。
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