「杖持たず」の旧式魔術師 〜機械音痴は手動の魔術で時代を追い抜く〜

最上 虎々

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第二章 魔術学院へようこそ

第十六話 逃げた少女の生き方

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 翌朝。

「なぁ、プラティエ」

 受験者向けの宿舎は閉じられ、俺が実技試験の結果を見に部屋を出ると、そこにはベルリナちゃんが立っている。

「おはよう、ベルリナちゃん。昨日はよく眠れた?」

「アンタが部屋に送り届けてくれたおかげでな。……すまねぇ。アタシ、どうかしてた」

 そして人目もあろうというのに、俺の前で伏せ、手の平と膝を地に突いた。

「ホントだよ。俺の脳みそほじくり出そうと下時はびっくりした」

「ああ……。すまねぇな。アタシ、ちょっとおかしいんだ」

 いやいや、たまにはそういう気分の時もあるよね。

「うん、言われなくても分かってるよ」

「言ってることと思ってることが逆じゃねぇか」

「おっと、しまった」

「まあ、今のアタシには何を言う権利もねぇよ。だがよ、プラティエ。一つ、聞いて欲しい話があるんだ」

「何?昨日言ってたこと?」

「ああ。二人で受かってたら……話、聞いてくれるか?」

「分かった。じゃあ、行こうか」

 俺はベルリナちゃんに手を繋がれ、そのまま引かれるように試験結果が張り出される教室棟前へ向かった。

 結果は、俺もベルリナちゃんも合格。

 大丈夫だろうとは思っていたが、やはり大丈夫だった。

 しかし、特に危機感は抱いていなかったが、実際に結果を見てみると、少し安心した。

 それはベルリナちゃんも同じだったようで。

「はぁー……!良かった!プラティエも合格だってよ!」

「そうだね。おめでとう、ベルリナちゃんと俺」

「ああ!おめでとう!……それで、なんだけどよ」

「うん、分かってる。あっちで軽い手続きだけ終わらせたら、喫茶店にでも行こうか」

「カフェ……いいな!でも、話すことが話すことだからな。人が少ないところで頼むぜ?」

「うん、調べておくよ」

 今度は俺がベルリナちゃんを連れ、合格者が書類を受け取るためのデスクへ向かう。

 そして簡単な手続きを済ませ、昨日の散歩中に目をつけていた、旧市街のカフェ、「喫茶イボルテ」へ向かった。

 赤と青を基調としたエンブレムが扉に下げられた、しかしそれ以外は懐かしの純喫茶といった様子の店構えである。

「邪魔するぜー!二人だ、空いてるか?」

 何故ベルリナちゃんが先導するんだろうかという疑問はともかく、俺も扉の奥へ。

「ああ、空いてるよ!見ての通りガラガラでね、好きなとこ座ってよ」

 随分とフランクな店主さんマスターのようだ。

 俺達はカウンターから離れた席につき、店のオリジナルブレンドコーヒーを、ベルリナちゃんはホットココアを注文する。

「話は……飲み物が届いてからにするか」

「そうだね」

「お待たせ!こちらが当店オリジナルのブレンドコーヒー、こっちがホットココアね!」

「ありがとうございます」

「おう!ありがとな、マスター!」

「おっ、僕をマスターと呼ぶとは!喫茶店に憧れてるのかい?」

「いや、特に憧れてるとかじゃあねーなー。喫茶店なら地元にもあるしな!でも、良いとこだってのは知ってるぜ!」

「おっと、そうなのかあ!」

「はい。これからしばらく居る街なので、今のうちに喫茶店開拓でもしようかと」

「それでコーヒーを!オトナだねぇ」

「いえいえ、それ程でも」

 実際、中身は大学生以上ですし。

「アタシはまだコーヒーの美味さが分からなくてなー」

「うんうん。君もいずれ、コーヒーの美味しさが分かる日が来るよ!その時を、楽しみにしてるよ」

 ……随分と陽気なマスターのようだ。

「じゃあ、いただきます」

「おっと、そうだね。冷める前に飲むと良いよ、じゃあ、あとは若いお二人で!」

 ……随分とお喋りなマスターのようだ。

 そそくさとカウンターへ戻るマスターを横目に、俺はコーヒーを一口飲み、ベルリナちゃんに話を切り出してもらうことにした。

 コーヒーの味は、砂糖を入れていないハズなのに甘く感じる、腕の良さが分かるものであった。

「じゃあ、ベルリナちゃん。本題を、話してもらおうかな」

「ああ。……アタシは北部の出身でな。ついこないだまで、北部の集落で暮らしてたんだ」

「北部……どこ?」

「アピルラタ村……って、分からねぇよな。昔は魔術が少し栄えてたんだがよぉ、今はもうそんなことはねぇ、そんな村だ」

「よくある寒い地域の田舎って感じ?」

「ああ。まだ赤ん坊の頃に越してきて、それからずっとだ。……ま、田舎あるあるだとは思うんだがよ、閉鎖的な村だったんだ。でも、家族はアタシを優秀な魔術師にしたかったみたいなんだ。魔術師向きの体質だったからな。アタシを有名にして、アピルラタ村に魔術文化を復活させたかったんだってよ」

「親の意志を、子供にねぇ」

 そういうのは決まって良くないと、相場は決まっているものだ。

「そうだ。どうせ本音を聞いたら、あの排他的な村に馴染むためだとか、言い出すだろうけどな。でも、アタシは狩人になりたかった。狩人になって、魔物と動物を借りながら、アピルラタ村以外の地域で結婚して、幸せに暮らしたかったんだ」

「ま、夢は人それぞれだよね。必ずしも、子が親の思い通りになるのは違うと思うよ」

「そう、だよな。……でも、アタシの親も、村の連中も、プラティエとは違う意見だった。生まれた家と育った村に、自分の才能を使って貢献しろって、そう言うんだ」

「あー、典型的な……」

 典型的な、令和を生きた俺からしてみれば古い考えである。

「恩返しってのはもっともだと思うぜ?でも、アタシにもやりたい事はある」

「それはそうだね」

 子供の人生は子供の人生、親であっても、それを強制する権利など無いものだ。

「勿論、アタシは意志を示した。でも、そしたら……飛んできたのは、応援でも激励でもなく、なんなら止める言葉でもねぇ。拳だったんだ」

「うわぁ……」

「アタシはボコボコにされたよ。今はだいぶマシになったが、身体中アザだらけだった。アタシが肌を見せる服を着るようになったのは、あえて布で守らないことで、拳に抗う意志を示すためだ」

 そういえば、試験会場で初めて会った時も、傷跡が何箇所か見えたような。

 あれは戦闘……どころか、今の説明を聞く限り、リンチの跡だったということなのだろう。
 何ということだろうか、こんな美少女の身体に、名誉でもない傷をつけるとは。

「許せないな」

「ああ、アタシもだ。だから、魔術師は魔術師でも、せめて戦魔術師になることにした。そうすれば、狩人として魔物も動物も狩れるし、集落の奴らみたいな、腐った人間だって、狩ろうと思えば狩れる。アタシにピッタリだろ?」

「ピッタリ……だけど……今の理由を聞くと、素直には頷けないかな」

 復讐に囚われるのもまた、本人の枷になるのであれば、よろしくないものだろう。

「……まあ、そうだよなぁ。でも、アタシはそうなりたいんだよ。戦士も、戦魔術師も、狩人も……下手を踏めば死ぬ仕事だ。でもよ、それで、この辛い過去に支配される人生が終わるなら、それも悪くねぇって思ってるんだ」

「友達が死ぬのは後味が悪いけど……ベルリナちゃんがそう思ってるなら、俺は応援するよ。死なないで大成するのが一番だけど」

「ああ。ただ戦魔術師になって、死んでやるつもりはねぇよ。もしもの話だからな。……聞いてくれてありがとな、プラティエ。少し、気持ちが楽になった」

「そう?それなら良かったけど。俺も知れて良かったよ。ベルリナちゃんのこと」

「そうか?えへへ……嬉しいじゃねぇか。……アタシ、初めて人を好きになったんだ。ほら、今話したみてぇによ、村の連中ってば、ロクでもねぇからな。外の野郎と話す機会なんて、滅多に無かったからな。頑張って、決心して話しかけたんだぜ?」

「あ、そうだったんだ。そうは思えなかったけど」

 いきなりフレンドリーに話しかけてきたものだから、てっきり社交的、或いはそれに慣れている人なのだと思っていた。

「いやあ、村の外の人間とまともに話すのは、アンタが初めてだぜ。それで、アタシが筆記試験でやらかしたと思ってた時に、心配してくれたのも……嬉しかった。あの時は見るなとか何とか言っちまったけどよ、嬉しかったんだよ」

「そうだったんだ」

「そうだぜ。学院に入れなかったら、村に引き戻されるところだったからな。まだ子供だから、もし迎えから逃げおおせたとしても、どこで生きていける訳でもねぇし」

「そういえば子供だったね、俺達」

「ああ。……だから……話せて良かった。……好きだぜ、プラティエ。好きだから襲うってのは間違ってるって分かってるし、実際に襲っちまった以上、惚れてもらえるとは思ってねぇがよ。それでも、好きだ」

「そう、かぁ……ありがと、う?」

 前世では小学生の頃を除いてモテた事が無かったせいだろうか、俺は返答に困ってしまった。

「いつでも、旦那の席は残してるぜ」

「今は遠慮しときます」

「将来の話だよ。相手に困ったら言えよな」

「君はそれで良いのか」

 都合の良い女みたいで、ちょっと気が引ける。

「ああ。今はな。……じゃあ、行くか。ココアも飲み終わったし」

「そうだね。俺ももう飲み終わるし」

 俺は少し気まずいと思いながらも、会計を済ませる。

「おっ、ジェントルマン。会計は君持ちかい?」

「ええ。今日くらいはと思って」

「じゃあ、そんなジェントルマンに免じて、ちょっとオマケしておかないとね」

 十の位から下を切り捨てて会計をしてくれたマスターに感謝を伝えながら、店を去る。

 その後、俺はベルリナちゃんと共に、学院へ戻った。

 合格者に用意された宿舎の部屋が、そろそろ用意されているからである。
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