モブ転ライバル

みっつん

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序章

前途多難の幕開け

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「…………はは、如何どうしてうなった……」

 ユッタ・デネート。15歳。只今、有り得ない事態にて混乱中。何が如何して斯うなったのか検討も付かないが、大体の原因ははっきりしている。
 そう、アイツだ。アイツ。私の双子の弟である、ユリアン・デネートその人だ。
 アイツのおかげで私はたった今、庶民宅にしては広いリビングの一角で実の両親からトンでもないお願い事を平謝りに近い状況下で懇願こんがんされていた。

 何、って? そりゃあ、アレですよ。アレ。アイツの身代わり。

 秋から入学予定だった近場の学校を急遽きゅうきょ変更して御貴族様も通われる名門中の名門であるセントカシマシ学園へアイツの代わりに入園してくれないか、と言うマジ人を何だと思っているのかと言う非常にバカげたお願い事をされているのだ。
 別に頭の出来も身体能力もそう大して変わりない、と言うか、私の方が幾らか出来は良いものと自負しているけれど。

 私はアイツと違って目立つような真似まねを何一つしたくはないのである。

 何故なぜか。それは私が所謂いわゆる『転生者』と呼ばれるある意味特殊な人間だからだろう。気が付いたのは彼是かれこれ10年程前の事。双子の弟同様、大層腕白わんぱくだった私はその日、5歳の誕生日を祝って貰えると言う事で明らかに朝からテンションが可笑おかしかった。
 毎日のように競って上っていた大木から、普段は絶対しないような飛び降りをやらかして大怪我をするくらい無意味に張り切りっており変なテンションだったのだ。

 幸い一命は取り留めたものの、それはもう生死の境を彷徨さまよう程度には怪我の具合も酷かった訳で。頭部の出血から意識は朦朧もうろうとしていたし、手足の複雑骨折で悶絶もんぜつする程の激痛に耐えなければならなかった事を今も鮮明に覚えている。
 そんな瀕死の重傷を負った夢現ゆめうつつ最中さなかで走馬灯ならぬ、前世の記憶がぐわっと脳内へ一気に押し寄せた事でふとこの生が二度目であるむねを自覚したのだ。

 前世の死因は、まらない事故死。うっかり自宅の階段から滑り落ちて頭を打って死んでいた。享年きょうねん、31歳。頭蓋骨陥没に因る脳挫傷のうざしょうと言う名を付けられていたような気がする。勿論、他殺だったなんて事はない。自分で踏み外して自分で落ちた。
 だから誰の所為せいでもなかったし、己の間抜けさ加減にがっかりしたと言うか何と言うか。只々なっさけないのぅと自己完結して終わった筈だったのだけれども……。

 何故か、気が付いたら二度目の人生が見知らぬ世界でリスタートされていたのだ。
 そう、見知らぬ世界。前世を思い出してからこの世界が自分の見知った世界とは大きく掛け離れている事に愕然がくぜんとした。
 平成の世がそろそろ終わろうとしていた時代に生きていた私にとって、剣と魔法が当たり前のように存在している事実ファンタジーに直面して平静でいられる訳がない。

 ――『転生・・』。自然とその二文字が混乱する脳裏へと浮かんだ。

 それも、恐らくは異世界。『輪廻りんね外転生』だろう、とも。その見解はおおむね正しかったようで、二度目の人生の舞台は何と『乙女ゲーム』の世界だった。
 『学園輪舞~ラスト・エスコート~』生前、友人のすすめで何となくやり始めた乙女ゲームだったのだけれど、中々如何して突っ込み所が多くて面白かった為に結構やり込んだ覚えがある代物だ。

 設定自体は、よく見掛ける流行はやりのもの。主人公となる女の子が全寮制の学園へと外部入園する所から始まるゲーム。り来たりと言えばそうなのだろう。
 只、このゲーム少々特殊で主人公と攻略対象者だけの物語ではなかった。何と、やり方次第では攻略対象者同士をくっ付けると言うBL展開や、三角関係、果ては敵対者との道ならぬ恋の末に……、と言った奇想天外なエンディングまで存在するのだ。

 多種多様過ぎるにも程がある。しかしそれが逆に一部の層に大いに受けて空前の大ヒットとなった事は述べるまでもないだろう。例に漏れず、私もハマっていた。
 公式アップデートが来る度に激しく突っ込みながら、新たな萌えの扉を開きもだえた記憶は到底忘れられそうにないものだ。
 公式が病気過ぎて辛い、と言うのがユーザ間の認識であり最大の褒め言葉である。

 そんな世界に転生したとしたなら、普通は喜ぶのかも知れない。が、私はまでも二次元として萌えていたに過ぎないので三次元に存在するとなったら先に拒否感が立ってしまった。
 当然だよね。誰も好き好んで多感な学生生活中にリアル描写でオホモダチやら、泥沼三角関係やらと言った血腥ちなまぐさい世界を見たくはないもの……。

 勿論もちろん嗜好しこうは個人の自由なので他人に迷惑を掛けない範囲でたのしんで頂く分には私とて何も言わないけれど。
 この場合は、全力で回避方面に動いた所で誰にも文句は言われたくない所存しょぞんです。
 そんな訳で大いに混乱しながらも必死で思考を巡らせた結果、普通に過ごしていればず彼等と関わる事がないだろう事に安堵あんどした。

 御貴族様ではないから、必然的に例の学園へ強制入園と言う事もなかったのだ。

 有難ありがたい事に、我が家は中の上に食い込めるか、と言ったくらいの比較的恵まれた商家に生をけていたので特に貧困ひんこんあえぐ事もなくのびのびと育てて貰えている。
 家族仲も良く、祖父母、父母共に健在で堅実な人達なのでこの先余程の事が無い限り突然路頭ろとうに迷うような事もないだろう。
 ただ一人、天才肌であるがゆえに可笑しな思考の弟を除いては何も問題は無い家庭だ。

 そう、アイツ。何を思ったか、突然「オレ、聖カシマシ学園に通いたい!」と言い出した挙句あげくなかば強引に試験を受けたは良いけれど。
 無事に合格発表されさぁこれから入園だ、と言った矢先にり失踪しやがった。
 おまけに「あとはユッタに任せたから宜しく!」的な書置きがあったとか、さ。
 ちょっと本気で意味が分からないですよね。自由過ぎて、ホント意味が分からない。

 アイツ、頭が良過ぎて逆に悪いんじゃなかろうか。

 如何考えても、後を私に任せて行くとか有り得ないでしょ。だって、例の学園は現世で言う中高一貫のエスカレータ式の学校だ。地方貴族も所属する由緒ある王立学園なので全寮制制度が取られている。故に、私がアイツの身代わりで行くとなれば当然の如く『男子寮』の方へ入る事になるのだろう。
 ……莫迦バカか。アイツ、やっぱり莫迦なのか。

 確かにこの身体はスレンダーであり、少女的な丸みを帯びた身体ではないけれど。
 パッと見、少年ちっくに見えると言うだけで骨格的なモノはモロ女性のれだった。今後、思春期を迎える事からお互いどんどん変わっても行く筈だ。
 今までは顔もアイツにそっくりだったから、よく入れ替わって遊んでいたりもしたけれど。それもぼちぼち無理が来る。

 この段階での入れ替わりは如何考えてもヤバいとしか思えない。

「……本気で私に行けと仰る……?」
「…………済まない。ユッタ。あの名門校に受かっておきながら、それをるなんて余裕はウチにはとてもないんだよ……」
「ですよねー」

 親父様パピィはがっくりと肩を落として意気消沈しているが、分からなくもない。
 余所様よそさまよりは多少裕福だとは言っても、飽く迄もウチは中流家庭の庶民なのだ。
 御貴族様が通われるような由緒正しい王立学園に所属しようと思ったら、そらもう金にモノを言わせて受験資格をもぎ取って来るしかないワケで……。
 ヤラシイ話だけど、ウチも結構、アイツの為に積んでいると思われた。

 寄付の名目で出資した金と時間は戻らないし、貴族と違って担保がかない一般家庭の入園は一年ごとの受講料及び寮費は全額前払いが基本である。
 これで入園を蹴ろうものなら、汗水らして必死いて働いたお金は全て水の泡と消えるだろう。
 世知辛い話だけれど、これが現実。これがこの世界のルールだった。

「ごめんねぇ、ユッタ。あの子が冒険者達の元へ足繁あししげく通っている事にもっと早く気付けていたら……踏ん縛ってでも学園に送り込んでやったのに、ねぇ……?」

 ギリィ、と歯軋りをしているのは我が家の御袋様マミィである。普段は優しい人だけれど、流石に大金を積んでいたからか、今回ばかりは非常にお冠であるようだ。
 微笑しながらも目が全く笑っておらず、背後に憤怒の鬼が視える。
 あ、これは見付かったら最後、拳骨げんこつでは済まされない。
 そう思った私は苦笑いを浮かべながらも黙ってそっと頷いておく。

「……はぁ、かく居なくなってしまったもんは如何しようもないわい。ユッタ、本当にお前には酷な事を強いると判ってはおるが、あのバカモンを見付けるまでの間、代わりに学園へ在籍しておってはくれんかのぅ……?」
懇意こんいにしている子爵家の方にそれとなく金子きんすを包んでお願いしておいたから、きっとその方がお力になって下さるよ」
「子爵家の方、って……しかして、領主であるグァンバ家のヴィルの事?」
「そうだよ。お前達の幼馴染でもあるヴィリケツ様さ」

 ヴィリケツ・グァンバ。一応私達の幼馴染にも当たる『学輪』のサブキャラ的な子爵家のご子息様。ぽっちゃり型のちんちくりんだけど気さくで真面目なイイコちゃん。
 よく私達の悪戯いたずらに巻き込まれては何かと悲惨ひさんな目にっていた子だ。
 私が大怪我してからは気持ち自重するようになったので、其処そこまでアレな目に遭わせてもいない筈だけれど。

 此処ここ一年余り、入園の為の準備があるとかでやや疎遠そえんになっていた。
 そんな彼が唯一人、私とユリアンの入れ替わりを知りつつ協力してくれる手筈となっているらしい。態々わざわざ祖父母が取り付けて来たのなら反故ほごにされる心配もない。
 何だかもう逃げ場がなくなって来ているのは気の所為じゃないよねぇ……?
 ウチの家族等は、確実に、私を身代わりに出す気満々だ!!

「行ってくれるかい、ユッタ……?」
「…………はい」

 大層申し訳なさそうに親父殿が再度確認をして来るが、これは絶対にYesの言葉しか受け取ってはくれなさそうだった。
 ああ、もう。しょーがない。アイツを何だかんだで甘やかしていたのは私も一緒。
 絶対にゴメンだと思っていたけれど、アイツが見付かるまでで良いのなら腹を括って少しだけ身代わり学園生活をやってあげましょーかねぇ。……お姉ちゃんだし。

 前途多難の幕開け。はてさて、如何やってり過ごしたら良いものやら……。

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