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一章
旅は道連れ世は情け①
しおりを挟む「悪いねぇ、ヴィル。相乗りさせて貰っちゃって。お蔭で助かったよ」
さて、月日が流れるのは早いものでユリアンの失踪から優に一月が経っていた。
同時にそれは学園への入園に備えて王都まで移動せねばならないと言う事実も示されている訳で……。
私はヴィル、こと幼馴染の子爵家子息ヴィリケツ・グァンバの馬車にて現在進行形で相乗りをさせて貰っている。
相互協力を取り付けた以上、どうせなら一緒に行こうとお誘いが掛かったからだ。
勿論、断る理由なんか有りはしない。だから有難く相乗りさせて貰う事として、約一年ぶりくらいに顔を合わせた幼馴染と斯うして向かい合わせで座している。
流石に一年近く見ていないと男の子はあっさり変わるもんだね。あんなにちんちくりんでぽちゃぽちゃっとしていた子が少しばかりスマートになっていた。
背丈はまだ私の方が高いけれど、その内気付いたら追い抜かされていそう。
丁度今の時期は成長期の頃合いだから、この先にょきにょきと縦に伸びったって何も可笑しくはないもの。
彼の父親である子爵様もこの世界の平均より少し大きい方だし、彼も見上げるくらい大きくなったら意外性が高くて面白そうかも。
性格は少しばかりのんびりしているけれど、元は悪くないからね。
淡い栗色の髪に優し気に細まる緑の双眸。
ご両親の良い所を確り受け継いでいるようなので、頭も良いし、性格も貴族とは思えないくらい気さくで大らか。イイ奴なんだよ。本当に。
だから私等のような領民とも対等に付き合ってくれるし、貴族である事を鼻に掛けたりもしないんだ。
尤も、彼が言うには「貴族は貴族でも下級貴族だから」と言う事らしいけれど。
それでも身分を笠に着る奴はそれがどんな些細なモノであれ関係無いと思うから。
嫌味無く謙虚で居られるのは偏に彼の人柄によるものなのだろう。
それ故に将来性のある友人が、これからどんどん素敵になって行く様を思うと何となく誇らしい気分にもなるよね。
そんな事を考えながらにっこり笑えば向かいのヴィルも同じように笑ってくれた。
「いいや、構わないさ。ユッタが居てくれたら下手な護衛より余程頼りになるからね」
「そ? そー言う事なら安心してよ。野盗だろうが、野生動物だろうが、この馬車に近付く不審者は全部私が殺っちゃるから。試作品も色々試してみたかったし、頑張っちゃうよー♪」
「ええ? ……君、また何か物騒な物を創ったのかい? いや、いいや。訊かないでおく。訊いた所で僕の精神衛生上、余り好ましくなさそうだしさ……」
心無し蒼褪めて若干目を逸らすヴィルはまぁ正しいっちゃ正しい反応なんだろう。
彼は如何言う訳か、昔から矢鱈と私の趣味の域にある錬金術を駆使した数々の発明品の暴発やら何やらの餌食となっていたからねぇ……。
や、別に私に悪気がある訳じゃないのよ。単純に試作品の試運転時にタイミング良く?ヴィルが遊びに来るものだから、毎度毎度お約束的に巻き込まれていただけだ。
私自身、彼を巻き込もうなんて思った事は一度もない。にも関わらず彼は度々餌食となっていた。それはもう自ら進んで巻き込まれているとしか思えないくらいに。
だから事此れについては私の所為と言うよりは、本人の間の悪さ。または、持って生まれた天運が少々宜しくないものとしか言いようがないと思っている。
残念ながら彼はマイナス補正スキルである『不運持ち』なのかも知れなかった。
因みにスキルとは、この世に二種存在が確認されている特殊技能の事だ。
神より賜る先天性の素質と、己の努力次第で得られる可能性のある後天性の素質。
前者は文字通り、始まりの神より生きとし生けるモノその全てに与えられる最初の贈り物であるらしい『識別不能』なスキル。
後者は、当人の弛まぬ努力や訓練によって得られる『識別可能』なスキルである。
恐らくヴィルが持っていると思われるマイナス補正スキルはギフトだと思われるので、高位の鑑定スキルを以ってしても識別など出来ない筈だ。
このギフト、残念ながら己の意思で如何斯う出来る代物ではなく誰が何を得られるかは完全に出生時の運任せだった。
正に神のみぞ知る、と言った天理の不可侵領域であると言えよう。
転生者のお約束だと死後、神様とお話しする機会が設けられているらしいけれど。
気付いたら5歳児だった私には全く関係がなさそうだよね……。
若しかしたら会っていたのかも知れないものの、覚えていないと言う事はそう言う事なんだろう。詰まり、ノーカウントで良いんじゃないかな、と思っているのだ。
今も昔も、神様は曖昧でちょっと遠い存在くらいが丁度良い。
……下手に近いと厄介事に巻き込まれそうだから、なーんて思ッテナイヨ。本当ダヨ。
「処で、ユリアンが見付かる様子はないのかい?」
「うん。残念ながらないね。アイツ、かなり本気で遊びに行ってるからきっと飽きるまで暫く見付かんないと思うよ……」
「あー……」
「私が行ければ、多分その限りでもなさそうだけど……」
「それはダメだよ。君まで居なくなったら相当な騒ぎになってしまうよ?」
言われて思い当たる節が色々とアリアリな私は押し黙る。
そうなんだよねぇ。私ならアイツの行方を追えるとは思うんだけど、私まで居なくなったら本当に家族や周囲がちょっと……否、結構大騒動しちゃうんだろう……。
分かっているから動けない。分かっているから大人しく馬車にも揺られていた。
我が家の立ち位置は少々特殊だから仕様がないんだけどね。
オマケに身代わりなんて言うトンでも任務を申し付けられたりもした訳で。
かなりの無茶振りを全力投球されているんだけれど、引き受けたからには私が如何にかしないといけないんだろう。
……如何にも出来る気がしないけれど。
はぁ、と自然重たい溜息が漏れればヴィルからは苦笑が返される。
「嘆いた所で彼は戻らないよ。それより、これから如何するのかを今の内に考えておいた方が良いだろうね」
「…………身代わり、つっても何したら良いの?」
「基本的には学生なんだし、彼の振りをしながらなるべく目立たないように学園生活を送るしかないんじゃないかな?」
「目立たないように学園生活、ねぇ……?」
「……はは、ユリアンには無縁っぽい言葉だけどね」
「だよね」
「それはまぁ、君にも言える事だけど……」
「そんな莫迦な」
あの派手好きなアイツが目立たない学生生活なんて送れる気がしない。
そもそもアイツは平民なのに、入試試験で有り得ないような好成績を遠慮無く叩き出した事で既に教諭陣の間ではそれなりに名前だけ売れてしまっている状態だ。
合格通知書に態々そのような現状が一筆認められた手紙が別途封入されていた程なのである。見せられた瞬間、一体何をやっているんだと思わなくもなかったけれど。
ユリアンの頭の出来ならそう大して難しくもなかった事だろうとは思う。
進んで勉強する気がないだけで、天才肌のアイツは何事もスマートに熟すからね。
我が弟ながら嫌味な奴だ。
普段はちゃらんぽらんで紐を付け忘れた風船みたいな奴なのに……。
少しやる気を出せば、直ぐに結果が出るとかちょっと普通じゃなさ過ぎる。
ヴィルは私も同系列に纏めてくれたけれど、私は其処まで非常識ではない筈だ。
よって、この案は本人が戻った時に少しばかり不味い気がしないでもなかった。
かと言って、素のままで居たら不味い所の騒ぎではなくなってしまうだろう。
これから向かう先は王侯貴族の御令息や御令嬢ばかりなのだから。
態度一つ、言葉遣い一つで顰蹙を買う上に厭味やら悪意やらを向けられかねない。
平民の私がタメ口利いて許されるのは懇意にしているヴィルだけだからさ……。
「数日なら未だしも下手したら数ヶ月単位で四六時中ユリアンの振り……出来る気がしないね……?」
「うん。大分厳しいだろうね。彼も大概自由な人だから」
「もういっそビジネスライクで行くべきかなァ?」
「びじねすらいく?」
「対面する御貴族様は全て商取引相手と見做して全力で営業対応してみようかな、って。いっそそっちの方がボロが出なくて良さそうなんだよね」
「ああ、そう言う……うーん、でもユッタには合ってるかも知れないね。君の接客営業対応なら、そう問題もなさそうだし。それで行く?」
考えなしに粗思い付きで言ってみたけれど、そう悪くはないとヴィルは言う。
そうか。悪手でないなら取り敢えずコレでやってみようかしら。
試してみる価値はありそうだ。
「そうですね。それでは当面営業モード全開で行きます。面倒をお掛けしますが、どうぞヴィリケツ様もご協力下さい」
「それは構わないけど、二人だけの時は素のままで良いからね?」
「勿論そうさせて貰う心算。ずっと営業モードは流石に疲れるし……」
「うん、そうして。今更そんな他人行儀なの嫌だし。そもそも僕は腹芸的な貴族付き合いって好きじゃないからさ」
「柵だらけの貴族社会ってたいへーん」
茶化せばヴィルは苦笑する。のんびりしていても彼は本物の子爵令息。
英才教育バリバリの現役貴族Jr.であるからして、もう既に腹芸の類は仕込まれているし同窓生に当たる者達とも非公式下で幾度も目通りをしている筈だ。
貴族の子供との交流はそのまま親世代の代理交流とも言える訳で。それなりの苦労が見て取れた。彼の言葉に偽りはないのだろう。
ま、何はともあれこれで方向性は決まった。
子爵様の意向で私は『グァンバ家を後見とした学生』と言う立場で学園入りを果たす手筈となっているので、寮も貴族寮とは言わずとも私のような貴族の後ろ盾がある庶民が入寮する場所への変遷が為されていると思われる。
ヴィルとは離れてしまうが仕方がない。
彼が居なくとも何とかなるように動ける準備だけはしておかないとね。念入りに。
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