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12月11日【配送センター】
しおりを挟む目を覚まして、なっちゃんは混乱しました。ここはどこだろう、と思ったのです。けれど、すぐに思い出します。ここは、フキコさんのおうちの裏庭です。
裏庭にはレンガ造りの街があって、なっちゃんは昨日、ひとりで冒険に来たのでした。
昨日は、楽しい一日でした。レンガの街には、たくさんのお店が並んでいて、ショーウインドウを眺めて歩くだけでも、まるで遊園地にいるような気分になったのです。
ただ、お店があんまり多すぎたので、ショーウインドウを眺めるだけで、一日を費やしてしまいました。歩いているうちに夜になってしまったので、なっちゃんは小高い丘の上にある、大きな木の根元で眠ったのでした。
「ありがとうございました。おかげさまで、一晩を過ごせました」
なっちゃんがぺこりと頭を下げますと、象ほどの大きさもあるリスが「いえいえ、こちらこそ、美味しいくるみをありがとう」と、おじぎをしました。
真冬だというのに、お外で眠ってもなっちゃんが凍えなかったのは、この大きなリスの、大きな尻尾にくるまって眠ったためでした。
リスは普段から、この木のそばをねぐらにしていて、夜になって困っているなっちゃんを見つけて、声をかけてくれたのです。そして、少しのくるみと交換に、こころよく尻尾を貸してくれたのです。
リスの尻尾はふかふかで、松ぼっくりのような匂いがして、なっちゃんはぐっすりと眠ることが出来たました。
リスにさよならを言って、なっちゃんは、丘を降りて街へ出ました。そして、街の中心にある広場のベンチに腰掛けて、シュトーレンをひときれと、熱い紅茶を頂きました。
紅茶をすすりながら、なっちゃんは、街の様子を観察します。十二月の街というのは、どこの街も、同じような雰囲気をたたえています。気忙しげに行き交う人々、活気に満ちた店先。それから、真冬の寒々しい風景と、クリスマスに備えて飾り付けられた街の輝きとの、美しいコントラスト。
「綺麗な街だなあ」
思わずこぼれた、なっちゃんの独り言を、聞きつけたものがありました。
「そうでしょう、そうでしょう。あなたも、そう思うでしょう」
嬉しそうに声をかけられて、なっちゃんは初めて、独り言の音量が大きすぎたことに気が付いたのです。
寒さに頬を真っ赤に染めた男性は、金色のリンゴが詰まった紙袋を、腕いっぱいに抱えたまま、なっちゃんに笑いかけました。
「この街は、いつだって美しいですが、十二月が一番美しい。なんと言っても、クリスマスの街ですから」
「クリスマスの街、ですか」
「そう、クリスマスの街です。私もクリスマスのために、今からこのリンゴを、配送センターへ届けるところなんです。では、忙しいので、このへんで」
なっちゃんが詳しい話を聞こうとする前に、男性はさっさと歩いて行ってしまいました。
なっちゃんは、男性が去っていった方向を見ます。配送センターとは、何のことでしょう。向こうに行けば、あるのでしょうか。
一度気になってしまったからには、行ってみるしかありません。なっちゃんは、ベンチに広げていた荷物をリュックサックに戻して、配送センターとやらを探してみることにしました。
幸い、昨日たっぷりと散策したおかげで、街の全容はなんとなく頭に入っています。それでも、配送センターというものを、昨日は見かけた記憶がありませんから、きっと外から見ただけでは、そうと分からないような建物なのでしょう。
看板が出ていないのかもしれません。看板が出ていたとしても、分かりにくい看板なのかもしれません。この街の看板は、文字がひとつも書いていないのです。パンを売っているお店の看板には、こんがりと焼けたバゲットの絵。お花を売っているお店の看板には、綺麗な花束の絵。
歩いているうちに、何のお店なのか分からない建物を見つけました。看板には、万年筆と、抽象的な曲線だけが描かれています。気になって、なっちゃんは、重たいドアを押してみました。
ドアベルの音が鳴り、カウンターの向こうで本を読んでいたらしい店主が、顔を上げてなっちゃんを睨みました。
鼻の上にちんまりと乗った、銀色の眼鏡。その向こうに、機嫌の悪そうな目がぎらりと光っています。なんだか怖そうな印象です。
なっちゃんは少し緊張しながら「おはようございます」と挨拶をしました。
「ここは、なんのお店ですか」
「表の看板を、見なかったのか」
「見ても、よく分かりませんでした。ここは、配送センターですか?」
「違うよ」
初老の店主は、ぶっきらぼうにそう言ったあとで、「まったくの無関係というわけでは、ないけどね」と付け加えました。
「ここは、手紙屋だよ。手紙を書くんだよ」
「便箋や封筒を売っているお店ですか」
「違う、違う。手紙を書くんだ。うさぎや、鳥や、リスや、雪だるまなんかは、文字の書けないのが多いから、私が代わりに手紙を書くんだ」
なるほど、代筆屋さんというわけです。
なっちゃんは、文字を書くことが出来ますので、代筆してもらう必要はありません。けれど、便箋や封筒も売っているということでしたので、なっちゃんはドライフルーツと交換にそれらを買って、お店の片隅を借りて、お手紙を書くことにしました。宛先は、フキコさんのおうち方、ミトラたちへ。
暖炉掃除のためにおうちを空けたなっちゃんを、ミトラたちはたいそう心配していましたから、今度はちゃんと、連絡をしようと思ったのです。
心配ありません。裏庭を冒険しているだけです。すぐにそちらに帰ります。みんなで遊んでいてください。そういったことを簡単に書いて、封筒に入れました。どこか見覚えのある、オリーブ色の封筒です。
代筆屋の店主は、お手紙を書くための机と万年筆を貸してくれただけでなく、配送センターの場所も教えてくれました。
「ありがとうございます、助かりました」
なっちゃんがお礼を言いますと、店主は「ドアはしっかり閉めてってくれよな」とだけ言って、すぐに読書に戻ってしまいました。どうやら、目つきが鋭くて、物言いがぶっきらぼうなだけで、親切な人だったようです。
オリーブ色の封筒を手に、なっちゃんは、店主に教えてもらった道順を進みます。いくつかの角を曲がりますと、道の突き当りに、その建物はありました。
なんの看板も出ていない、クリスマスの飾り付けもされていない建物です。窓やドアも、隅っこの方に小さく、居心地が悪そうに取り付けられていて、ぱっと見ただけでは、建物ではなく壁だと思ってしまいそうでした。
けれどもここが、配送センターなのです。代筆屋の店主が言ったことが、本当ならば。
なっちゃんは思い切って、ドアをノックして、そっと押し開けてみました。
そうしますと、なっちゃんはてっきり建物の内側も、外側と同じように地味で無骨なのかと思っていたのですが、ドアを少し開いた瞬間に、目も眩むほどまばゆい色彩が、なっちゃんの視界に溢れたのです。
それは、この世に存在するきらめくものなにもかもを、いっぺんに建物の中につめこんだかのような、圧倒されるほどの光でした。
そこにあったのは、クリスマスのプレゼントでした。色とりどりの包装紙でラッピングされたプレゼントが、部屋の中にうず高く積み上げられているのです。
なるほど、配送センターというのは、そういうことか。と、なっちゃんは感心してうなずきました。クリスマスの街の、配送センター。つまり、クリスマスプレゼントの配送センターなのです。
クリスマスまで、あと二週間。配送センターは、それはそれは慌ただしく、あらゆる光や色や音が飛び交っています。
「すみません、お忙しいところ、すみません」
なっちゃんは、部屋の中の喧騒に負けないように声を張って、職員らしき人を呼び止めました。緑色の、配送員の格好をしている人は、なっちゃんと同じくらい声を張って「はい、なんでしょう」と言いました。
「手紙を出したいのですが、どこに持っていけばいいですか」
「私が預かりますよ。クリスマス当日のお届けで、構いませんね?」
「あっ、違います。クリスマスカードじゃありません」
なっちゃんが慌てて訂正しますと、配送員はちょっとだけ驚いた表情をしたあとで、照れたように笑って頭をかきました。
「すみません、ここのところクリスマスの業務ばかりで、早とちりをしてしまいました。もちろん、通常業務もおこなっておりますから、ご安心ください」
それから、配送員は封筒に書かれた宛名を見て「ああ、すぐそこだ」と呟きました。
「これなら、今日のうちに届きますよ」
ミトラたちを心配させまいと送るお手紙ですから、すぐに届くと言われて、なっちゃんはほっと安心しました。
「では、よろしくお願いします」
「はい、確かに預かりました」
お手紙を配送員に任せますと、なっちゃんは一息ついて、配送センターの中を見回しました。
どこもかしこも、忙しそう。山のようなプレゼントを仕分けている人もいれば、クリスマスカードを黙々とプレゼントの中に挿し込んでいる人もいます。
そして部屋の奥の方では、今まさに、誰の背丈よりも高く積まれた封筒の束が、なだれとなって倒れようとしていました。
「あぶない!」
なっちゃんは思わず駆け寄って、倒れそうな封筒の塔を支えました。そのおかげで、封筒はなだれにならずに済んだのです。何人かの配送員が、それを見て「おおっ」と感嘆し、拍手をしました。
「なんて素早い動き」
「それに、封筒を一枚も踏んでいない」
「プレゼントの包みも、蹴飛ばしていない」
「あなた、配送センターで働くのに、向いていますよ」
「あなた、配送センターで働きませんか」
「それがいい」
「うん、それがいい」
あれよあれよという間に、なっちゃんに仕事が割り振られました。なっちゃんは、ここで働くとも何とも言っていないのですが、もうすでに、配送員のひとりになってしまったようです。
とはいえ、クリスマスの配送センターって、なんだか楽しそう。
なっちゃんは「まあ、いいか」と言って、それから一生懸命、与えられた仕事をこなしたのでした。
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