フキコさんのかけらのおうち

深見萩緒

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12月12日【それぞれのお仕事】

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 フキコさんのおうちに来てから、なんだかずっと、働き通しだな。なっちゃんは、ふと思いました。

 配送センターの仮眠室で目覚めて、髪をとかすために鏡に向かったとき、鏡の中の自分が、やけにキリッとしていましたので、そう思ったのかもしれません。


 配送センターのお仕事は、それはもうたくさんあって、とてもクリスマスまでに終えられるとは思えないほどでした。

 夕方になって、配送員の一番えらい人が「今日はもう、あんまり働きすぎなので、おしまい!」と叫んだあとも、お仕事はまだまだたくさん残っていました。ですから今日は、昨日やり残したお仕事の続きを、しなければなりません。

 なっちゃんは、配送センターの隅っこで、最後のひときれのシュトーレンをいただきました。紅茶は、さすがにもうぬるくなっていましたが、それでも問題なく美味しい紅茶でした。



 配送センターでのなっちゃんのお仕事は、プレゼントの宛先を読んで、住所ごとに仕分けをすることです。文字が読めるなっちゃんは、貴重な人材なのです。
「これは、北の粉砂糖山宛て。これは、氷砂糖ヶ原宛て。こっちは、ノームの村宛て。こっちは……」

 このお仕事のおかげで、なっちゃんは、裏庭に広がる世界のことに、ずいぶん詳しくなりました。クリスマスの街は、冬の国の南端にあるのです。冬の国には、粉砂糖山や氷砂糖ヶ原だけでなく、ホイップ湖や水銀海やガラス街など、とにかく白や銀や透明の地名が目立ちます。

 冬の国は秋の国と春の国に接していて、そこ宛ての住所も時々見かけました。夏の国宛てのプレゼントは、冬の国からは遠いからか、あんまりありませんでした。


「あれ? そうしたら、南半球だと、また事情が違ってくるのかな」

 プレゼントの仕分けをしながら、なっちゃんが呟きますと、隣で同じ仕事をしている配送員が「南はんきゅうって、なんですか?」と訊きました。彼は文字を勉強している最中で、なっちゃんの隣で、なっちゃんに文字を習いながら、仕分けの仕事をしているのです。

「半球というのは、地球の裏側。反対側のことです」
「地球って、私たちが立っている、この地面のことでしょう。反対側にも、住んでいる人がいるんですか。それはすごい。みんな、逆さまで暮らしているんでしょうか」
「逆さまではないと思いますけど、でも、南半球のクリスマスは、夏なんですよ」

 なっちゃんがそう言いますと、配送員は大いに驚きました。

「世の中には、とても想像の及ばないことが、たくさんあるんですねえ」
「そうですね。私も一度、南半球のクリスマスを体験してみたいです」
「南はんきゅうに、行ったことがないのですか。それなのに、南はんきゅうのことを、知っているのですか」
「本で読んだので、知識だけはあるんです」
「はああ、すごい」

 配送員は口をぽかんと開けました。

「本って、すごいですねえ。反対側の地面のことまで、分かってしまうんですね。ということは、南はんきゅうに生きている人々も、ぼくたちの、寒いクリスマスのことを、本で読んで知っているでしょうか」
「たぶん、きっと」

 配送員はまた、「はああ」と感心しました。そして「ぼくも、早く本を読めるようになりたい」と言って、仕分けの作業に戻りました。



 正午になって、配送員長が「作業、やめ!」と号令をかけました。

 お昼ごはんは、それぞれ都合の良いときを見計らって食べるように言われていますので、これは、お昼ごはんの合図ではありません。では、一体どうしたのでしょう。

 配送員長は、さっきまで座っていた、頑丈な椅子の上に立ち上がって、両手をメガホンのようにして、叫びました。
「とても、とてもじゃないが、きりがない。このままでは、クリスマスに間に合いません。いったん皆さん、仕事をもっと早く終わらせるのに、なにか良い案がないか、考えましょう」


 配送員長の提案に、配送員たちはうなずきあいます。そして、どうにかして、全てのお仕事をクリスマスまでに終えられるよう、その方法を考えます。

「一生懸命、頑張って働くというのは、どうでしょう」
「皆さんは、もう充分、一生懸命頑張っています。他には?」
「クリスマスまで、夜も眠らずに働くというのは、どうでしょう」
「眠らなければ明日は来ません。そんなことをしたら、永久に、クリスマスが来なくなってしまいます。他には?」


 同じような意見が出尽くして、その全てが却下されたころ、なっちゃんは「あのう」と手を挙げました。緑の制服を着た配送員たちが、一斉になっちゃんを見ます。

「去年までは、どうやって、クリスマスまでにお仕事を終えていたんですか?」
 なっちゃんが尋ねますと、配送員たちは、それぞれの顔に、憂いの影を落としました。「去年はね」と、配送員長が言います。

「去年は、フキコさんがいましたから。プレゼントを仕分けるにも、クリスマスカードを仕込むにも、配送用のそりを飾り付けるにも、フキコさんの魔法があれば、簡単に片付いたもんです」


 それを聞いて、そして配送員たちの暗い顔を見て、なっちゃんは、ひどくいたたまれない気持ちになりました。文字が読めるというだけで、貢献した気になっていたことが、急に恥ずかしく思えてきたのです。

 なっちゃんがどんなに素早く仕分けを行なっても、フキコさんの働きには、遠く及んでいなかったのです。なっちゃん一人では、フキコさんの片腕ぶんの仕事すら、こなせていなかったのです。
 顔が、真っ赤になるのが分かりました。頬と耳のあたりが、かあっと熱くなりました。


 なっちゃんがうつむいている間にも、配送員たちは「どうしよう、どうしよう」と口々に話し合っています。
 そのざわめきを聞いて、なっちゃんは、顔の熱いのを我慢して、お腹にぐっと力を入れました。

 そうです。今は、恥ずかしくなっている場合ではありません。なっちゃんは、お尻をぴしゃっと叩いて、気持ちを改めました。そして、なっちゃんなりに、問題の解決策を考えることにしました。


 なっちゃんは、魔法を使えません。それはもう、仕方がないのです。なっちゃんは、フキコさんではないのですから。

 では、どうすれば良いでしょうか。少し考えて、なっちゃんはすぐに、名案を思いつきました。
「人手を増やしましょう。呼べば喜んで来てくれそうな、気のいい友人に心当たりがあります」


 そしてなっちゃんは、半日だけお休みをいただいて、一度おうちに帰ることにしました。呼べば喜んで来てくれそうな、気のいい友人たちを、呼びに行くのです。

 クリスマスの街を抜けて、レンガの橋まで戻ります。川を渡った先には、もちろん、おうちの勝手口がすぐそこに見えています。



『なっちゃん!』
『なっちゃんおかえり!』
『おかえりー!』

 裏庭の門をくぐりますと、ミトラたちが団子になって、なっちゃんに飛びつきました。あんまりすごい勢いで飛びついてきたので、なっちゃんは、後ろに倒れてしまわないように、しっかり足を踏ん張らなければなりませんでした。

「みんな、どうしたの。心配しないでって、手紙を送ったでしょう」
『手紙がきても、さびしいことにはかわりないもんね』
『なっちゃんいなくて、さびしかったー』
『なっちゃん、おかえりーおかえりー』


 ついこの間までは、なっちゃんはこのおうちに住んでいなかったはずなのですが、たった十日と数日の間で、ずいぶんとこのおうちに馴染んだものです。

 そして、たった十日と数日の間で、ミトラたちはずいぶんと、甘えん坊になったものです。


 なっちゃんはミトラたちを引き連れて、暖炉の前に座りました。そして、裏庭で見た、素敵な街やお店や人々のことを話します。ミトラたちは、なっちゃんを囲んで丸く座って、心地よさそうに体を揺らしながら、なっちゃんのお話に聞き入っています。

 大きなリスの尻尾にくるまって眠ったことを話し、代筆屋の店主が思いのほか親切だったことを話し、そしていよいよお話は、大忙しの配送センターのくだりに差し掛かります。

「配送センターはね、クリスマスの前は嵐のようなの。クリスマスカードの山は、あっちこっちでなだれを起こすし、プレゼントは行方不明になるし、とにかくみんな忙しくって、クリスマスまでに終わるかなあって……」

 なっちゃんがそこまで話したところで、イヌのミトラが『ぼくたちてつだってあげるのにね』と口をはさみました。イヌという生きものによく似て、イヌのミトラは、時々素敵におせっかいなのです。

『ぼくは、荷物をしわけるのが、きっと得意だよ。どんなものが入っているのか、においで、わかるから』
 イヌのミトラが言いますと、ほかのミトラたちも同意して、それぞれの得意なことを、口々に自慢します。

『ぼくは、空をとべるから、でんたつがかりができる』
『重いもの、たくさん持てるよ』
『お歌がじょうずだから、クリスマスの歌をうたうよ』

 そうして話しているうちに、ミトラたちはすっかり、配送センターで働きたくなってしまいました。

 ですから、なっちゃんが「配送センターは、とにかく人手が足りなくて、ミトラ手も借りたい忙しさなの。みんな、配送センターで、働いてみない?」と呼びかけますと、反対するミトラはいなかったのです。

『行こう、行こう。配送センターで、クリスマスのお手伝いをしよう』
 ミトラたちは『今すぐ行こう』と、なっちゃんを急かしましたが、なっちゃんは首を横に振りました。

「働くのは、明日から。今日はまず、準備です」
 そしてなっちゃんは、物置の奥から、なっちゃんが持っていったものよりも、さらにひとまわり大きなリュックサックを、探し出しました。


 準備というのはもちろん、裏庭で必要になりそうなものを、その大きなリュックサックに、まとめて詰め込むことです。シュトーレンやクルミやドライフルーツはもちろん、今度のリュックサックは大きいので、もっとたくさんのものを入れることができます。

 牛乳の瓶、半分食べさしのハムの塊、ココアパウダー。それから、おうちの中で拾った様々なかけらは、ジャムの空き瓶に入れて。

 あんまりリュックサックが大きいので、まだまだ何かを入れる隙間があります。なっちゃんは、ついでだし、と思って、ほうきとちりとりも持っていくことにしました。まるで騎士の剣のように、リュックサックの横っちょからほうきが突き出しているのを見て、ミトラたちは『それって、すっごくかっこいい』と、惚れ惚れ言いました。



 準備が終わったころには、もうお外は真っ暗になっていましたし、窓は白く冷たく曇っていました。
 なっちゃんは、暖炉に火をくべて、そこでチーズをとろかして、パンと一緒にいただきました。

『あした、おしごとに行くの、楽しみだねえ』
 イヌのミトラが、うつらうつらと船を漕ぎながら、言いました。お風呂であわあわになった日のように、暖炉の前に毛布を敷いたので、ミトラたちはみんな毛布の上に横になって、やっぱり、うつらうつらしています。

「楽しみだね」
 なっちゃんが返事をしたときには、イヌのミトラはもう、夢の中に行ってしまったあとでした。


 二階の寝室から、お布団を持ってきて、今夜はなっちゃんも、暖炉の前で眠ることにしました。すっかり火が消えてしまったあとでも、暖炉からは、暖かさのなごりがふわふわと漂っています。

「おやすみなさい」

 ミトラたちと一緒に、お布団にくるまって、なっちゃんはまぶたを閉じました。

 けれど、明日、配送センターの人々がどんなに喜ぶだろうと考えますと、胸が高鳴って仕方がありません。
 それでなっちゃんはなかなか寝付かれず、しばらくずっと、ミトラたちの寝息と、自分の鼓動とに、耳を澄ませていたのでした。
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