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12月22日【最後の仕上げ】
しおりを挟むなっちゃんと灰色の侍女は、夢で見た書斎のこと、星を視る人のこと、煤の海を渡る船のことを、ミトラたちやコマドリに話しました。みんな、たいへん喜んで『それなら、はやく帰って、おふねをつくらなきゃ』と、なっちゃんを急かします。
そうです。急いでクリスマスの街に戻らなければ、クリスマスに間に合わなくなってしまいます。
「でも、電車があるかなあ」と、なっちゃんは呟きました。「各駅停車じゃなくて、急行があれば良いんだけど」
ここに来るまでは、たくさん寄り道をしたとはいえ、ずいぶん日にちがかかりました。同じように来た道を戻っていては、あんまり、ゆっくり過ぎるのです。
クリスマスまで残り何日あるか、指を折って数えるなっちゃんを見て、コマドリが甲高い声で笑いました。
「なっちゃん、忘れてしまったの。すぐに帰る方法が、あるじゃない。鍵を使わなければ良いんだわ」
「あ、そうか」
なっちゃんは、金の鍵を使わずに、寝室のドアを開けました。
そうしますと、そこは透明で真っ黒な世界ではなく、おうちの二階の廊下なのです。階段を降りて、勝手口から外に出て、裏庭へ続く門を金の鍵で開けましたら、そこはもう、クリスマスの街です。
長いこと気動車に揺られて、ずいぶん遠くへ来たような気がしていましたけれど、そういえば、なっちゃんたちはずっと、フキコさんのおうちの中を旅していたのでした。
『ぼくたち、先に行って、みんなに知らせてくるね』
裏庭の門を抜けますと、ふくろうのミトラは、芋虫のミトラを背中に乗せて、さっさと橋の向こうへ飛んでいってしまいました。「あの子たちだけじゃ心配ね」と言って、コマドリも、飛んでいきました。
ですので、なっちゃんと灰色の侍女は、ふたりで橋を渡ります。レンガの橋は、欄干に少しの雪を乗っけています。なっちゃんたちが留守にしている間に、雪が降ったのでしょう。
街は、もうすっかりクリスマスムードでした。
街路樹の枝や、家いえの軒先や、とにかく街のいたるところに、クリスマスオーナメントが飾り付けられ、ぴかぴか光りながら揺れています。天使の格好をした子供たちが、クリスマス・キャロルを口ずさみながら、柔らかな雪をかき集めて、雪だるまやうさぎの雪像を作っています。
街道を進んで、配送センターに近づきますと、遠くから『なっちゃーん』『はいいろさーん』と、声が聞こえてきました。
配送センターの前に、たくさんの人が並んでいます。ミトラたちや、配送員たちが、みんな配送センターの外に出て、なっちゃんたちの帰りを待っているのです。
先に飛んでいった、ふくろうのミトラと芋虫のミトラ、それからコマドリが、もうすぐなっちゃんたちが帰ってくるよと、知らせたのでしょう。
『なっちゃーん』
『はいいろさーん』
『おかえりなさい!』
『おかえりなさーい』
なっちゃんと灰色の侍女は、ほうっと笑顔になって、すぐにでも走り出したかったのですが、そこはぐっと我慢しました。走って、転んで、大切なワインボトルを割ってしまっては大変だからです。
『なっちゃん、おかえりなさい』
ゆっくり歩いて、ようやく配送センターに辿り着きますと、ミトラたちが総出で出迎えてくれました。ミトラたちに飛びつかれる寸前に、なっちゃんが「割れ物があるから、今はだめ!」と制しますと、ミトラたちは「われもの!」「われものがある!」と言って、おとなしくハグを諦めました。
「なっちゃんさん、灰色の侍女さん。よく戻ってきてくれました」
ミトラたちの群れをかき分けて、やってきた配送員長は、灰色の侍女が持っているワインボトルを見て、飛び上がらんばかりに驚きました。
「その中に入っているのは、もしかして、宇宙の一部では? いったい、どこまで行っていたのですか?」
なっちゃんと灰色の侍女は、いたずらっぽく笑って、こう答えました。
「ちょっと、おうちに帰っていただけ」
暖炉の前で、熱い紅茶を飲みながら、なっちゃんは気動車の旅のことを話しました。ミトラたちだけでなく、配送員たちも、配送員長も、目を輝かせながらお話を聞きました。
そして、とうとう書斎に辿り着き、星を視る人から、プレゼントを配る方法を教えてもらったことを話すと、みんなは両手を上げて「ばんざーい!」と叫びました。
「ばんざい、ばんざい! これでクリスマスは決行だ! そうですよね、なっちゃんさん。これで、灰色の女王も、きっと納得してくださる」
「あ、ああ。そうですね」
そうでした。そういう話でした。
なっちゃんが、灰色の侍女の方をちらりと見ますと、彼女はつばを飲み込んだあとで、コホン、と咳払いをしました。
「あー、私は灰色の女王陛下の、侍女であるが、このことは、もちろん、女王陛下によく伝えておく。女王陛下はきっと、クリスマス中止のご命令を、取り消してくださるだろう」
「よろしくお願いします。ああ良かった」
涙を浮かべながら喜ぶ配送員長を見て、灰色の侍女は、しばらく何事か考えていました。やがて、考え終わりますと、また咳払いをひとつして、「ああ、それから」と言いました。
「それから……クリスマスのあとになるが、女王陛下はこれまでの方針をあらため、これからは皆皆の前に、お姿を現すことにする、そうだ」
「ええっ、本当ですか!」
「本当だ。それから、城から追い出された門番も、庭師も、衛兵も、給仕のものも……誰であっても、城に戻りたければ、戻ってもよいことにするそうだ。なぜなら、女王陛下は、もう誰からも隠れる必要がないため……であるらしい」
「そりゃたいへん。国じゅうが大騒ぎになりますね。今年は、とんでもないクリスマスになりそうだ」
配送員長は、さっそく今しがた聞いたことを、ほかの配送員たちに話しに行きました。
配送員長の姿が見えなくなってから、なっちゃんは、灰色の侍女の顔を覗き込みました。灰色の侍女は、恐れおびえながらも、どこかすっきりしたような、そんな表情をしています。
「魔法を使えない女王だと知られるのが、怖くなくなったわけではない」
灰色の瞳をうるませながら、少女は呟きました。
「ただ、それで嫌われても、女王にふさわしくないと言われても、私はその結果を、受け入れることが出来る気がするのだ」
なっちゃんは、灰色の侍女の肩を優しく抱きました。
「少なくとも私は、あなたはとても立派な女王だと、思っていますよ」
なっちゃんが言いますと、灰色の侍女はほっぺたを真っ赤にして、くひくひ笑って、その場で足踏みをして、そしてなっちゃんにぎゅっと抱きついたのでした。
さて、それではいよいよ、クリスマスの準備の、最後の仕上げです。煤の海を渡り、どこにでも、どんな人にでもプレゼントを届ける船を、造るのです。
なっちゃんは、星を視る人からもらったメモを、もう一度確認しました。
最初に、出来るだけたくさんの種類のかけらを集めて、砕いて、粉にする。次に、煙突の煤と宇宙の暗闇とを、一対二の割合で混ぜて、よく練る。
なっちゃんは、ミトラたちと配送員たちも連れて、裏庭の門をくぐり、フキコさんのおうちに行きました。そして、二組に分かれて作業することにしました。
片方の組は、煙突の煤を集めます。もう片方の組は、いろいろなかけらを拾い集めます。
なっちゃんは、両方の組を行ったりきたりして、どちらの仕事も手伝いました。
まず、おうちの中を歩き回って、落ちているかけらを探します。冬のかけらは、探さなくても、あちこちで見つかりました。
なっちゃんはそのほかにも、台所で、目玉焼きのような色合いのかけらを拾ったり、ベランダで、朝日の輝きのかけらを拾ったりしました。
それから、二階の書斎へ行きますと、からっぽの本棚に、くすんだベージュ色のかけらが、ずらりと並んでいるのを見つけました。そのかけらからは、古い本の匂いがしました。
書斎から続いている天窓の部屋には、黒と紺色のかけらが、いくつか落ちていました。なっちゃんは、拾い集めたかけらを、大切に、コートのポケットにしまいました。
かけら集めは、体の小さなミトラたちが得意でした。棚の上や、カーテンの中、家具の隙間など、なっちゃんではとうてい見つけられないようなところから、かけらを探し出してくるのです。
灰色の侍女も、かけらを見つけるのが上手でした。彼女は、白や黒や灰色のかけらをよく見つけました。灰色の侍女が見つけるかけらは、なっちゃんが見つけるかけらよりもずっと小さくて、豆粒のようなのですが、そのぶん色合いが美しく、よく磨かれた宝石のようなのでした。
かけら集めが一段落しましたら、なっちゃんは後のことをミトラと灰色の侍女に任せて、煤集めを手伝うことにしました。
煙突の中にもぐって、白い布の袋に、煤を集めていきます。煤集めは、配送員たちと、比較的体の大きな、力持ちのミトラたちが担当しています。重労働でしたが、みんなは陽気に歌いながら、作業を進めました。
まっくろくろで素敵なものは カラス、黒猫、夜の闇
黒曜石に、グランドピアノ それからもちろん、煙突の煤
みんな黒くて美しい
まっくろくろで素敵なものは 宇宙、石炭、黒電話
夏の日陰に、冬の海 それからもちろん、煙突の煤
みんな黒くてなつかしい
なっちゃんも、ミトラたちに合わせて歌います。歌っていますと、歌わないでいるときよりも、より真っ黒な煤が集まるような気がしました。それを話してみますと、『そりゃあ、そう』と、カラスのミトラが言いました。
『だれだって、ほめられたら、うれしい』
真っ黒なことを褒められて、煤たちも、気分を良くしているのです。おかげで、とても質の良い真っ黒な煤が、たっぷり集まりました。
必要なものが揃いましたら、配送センターに戻ります。配送センターの広いホールは、配送員長の手によって、まるでキッチンのように改造されていました。
銀色のすりこぎとすりこぎ棒は、集めたかけらを砕いて粉にするためのものです。銀色の大きなボウルは、煙突の煤と宇宙の闇とを混ぜてよく練るためのものです。かけらの粉を入れるための、ふるいまで用意されています。
なんだか、これからお菓子を作るみたい。そう思って、なっちゃんはくすくす笑いました。
けれど、それはほとんど正解でした。材料が、小麦粉やバターや卵でないこと以外は、やることは、お菓子作りとそう変わらないのです。
まず、煙突の煤と、宇宙の闇とを混ぜます。灰色の侍女が、ワインボトルをそっと傾けて、銀のボウルの中に、宇宙の闇を注ぎました。ボウルの中に広がった宇宙は、どこまでも真っ暗で、冷たく、果てのないように思えます。
果てのない闇を木べらで混ぜながら、そこに少しずつ、煙突の煤を入れていきます。宇宙の闇と、煙突の煤は、一対二の割合で入れなければなりません。配送員のひとりが、必要な煤の重さを計って、少しずつ、ボウルの中に加えていきます。
混ぜる木べらの手応えが、少し重くなりました。そこに、かけらの粉を入れるのです。
たくさんのかけらを、一緒くたに砕いて粉にしたものは、あらゆる色と輝きを放っています。
冷たくもあり温かくもあり、新しくもありなつかしくもあり、楽しくもあり悲しくもあり、嬉しくもあり切なくもある、不思議な粉です。
粉はふるいにかけられて、ボウルの中に降り注ぎます。何もない宇宙と、全てが燃え尽きてしまったあとの煤の上に、何もかもを内包している粉が、きらきら光りながら混ざっていきます。
「私たち、もしかして今、世界を造っているのかも」
木べらで混ぜながら、なっちゃんが独り言を呟きますと、すぐ隣から「そうかも知れない」と、フキコさんの声が聞こえました。なっちゃんは集中していましたので、隣をちらりと見ることもなく、ボウルの中の世界を、かき混ぜ続けました。
ボウルの中身が、しっかり均一に混ざりましたら、完成です。
船の本体は、大きなもみの木を一本まるごとくり抜いて、大急ぎで造りました。森のリスたちが、自慢の前歯で力を貸してくれましたので、あっという間に出来上がりました。
「みんな、刷毛を持って。少しの塗り残しもないように、気をつけるんだよ。では、はじめ!」
配送員長の号令と共に、みんなは手に刷毛を持ち、ボウルの中身を船の外側に塗っていきます。宇宙と煤と、かけらとを混ぜたものは、硬すぎもせず水っぽくもなく、すいすいと塗ることが出来ました。
刷毛の先から、即席の宇宙が、船の表面に広がっていきます。なっちゃんたちの「魔法のそり」が、出来上がっていきます。
船を塗りながら、誰かが、賛美歌を歌い始めました。それが、何という賛美歌なのか、なっちゃんは知りません。けれど、メロディーだけは知っていましたので、なっちゃんも、ハミングで参加しました。
聖夜がまた一夜、近づいてきます。なっちゃんにはもう、なんの不安もないのでした。
応援ありがとうございます!
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