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12月23日【飾りつけ】
しおりを挟むなっちゃんは、寝室のベッドの上で、目を覚ましました。
昨日は、煤の海を渡る船を造り上げて、みんなで大喜びして、そして疲れたので、おうちに帰って眠ったのでした。
なっちゃんたちが留守にしている間、ミトラたちはもう本当に大活躍だったそうで、配送センターのクリスマスの準備は、ほとんど終わってしまっていました。
配送員長が「皆さん、ありがとうございました。あとはこちらで仕上げますから、皆さんどうか、クリスマスまでゆっくりお過ごしください」と言いましたので、なっちゃんたちのお仕事は、もう終わりだな、と思って、帰ってきたのです。
目まぐるしい数日間でした。なっちゃんは、目が覚めてもしばらくは、ベッドの上で仰向けになって、ぼうっとしていました。
今日は、何をしましょう。久しぶりに、予定のない一日です。
ぼうっとするのに飽きましたら、なっちゃんはのそのそと起き出して、一階のリビングへ行きました。ミトラたちはもう起きていて『なっちゃん、おはよう』『なっちゃん、おねぼうさん』と言いました。
朝食に、シュトーレンと熱い紅茶をいただきます。こうして朝をゆっくりと過ごすのも、本当に久しぶりです。
紅茶で体を温めながら、リビングの窓の外に目をやりますと、ぼた雪がちらついていました。
空には分厚い雪雲がかかっています。冷たい鉛のような灰色の雪雲は、あの女の子の髪や瞳とおんなじ色です。
灰色の侍女、もとい灰色の女王は、一緒におうちに来ないかというなっちゃんの誘いを断って、配送センターに残りました。女王として、最後まで、クリスマスの準備を手伝いたいのでしょう。
とはいえ、クリスマスの準備はほとんど終わっていましたので、あとはクリスマスに向けてクリスマスムードを盛り上げるくらいしか、お仕事はありません。もちろん、それも立派なお仕事です。
クリスマス・キャロルを歌い、街を飾り付け、お菓子やご馳走を用意しながら、人々は、来たるクリスマスを待つのです。
(それにしても、このおうちは、なんて寒々しいんだろう)
ふと、なっちゃんは思いました。リビングにも、玄関にも、お庭にも、どこにもクリスマスの気配なんてまるで感じられません。
ツリーもない、リースもない。せっかく立派な暖炉があるのに、靴下ひとつかかっていない。これは、もしかしたら、たいへんな見落としをしていたかもしれません。
「私、クリスマスの準備をするのを、すっかり忘れていた」
カップに残っていた紅茶を、ひといきに飲み干して、なっちゃんは立ち上がりました。
「ミトラたち、集合! 今日は、このおうちの、クリスマスの準備をしよう」
ミトラたちは、始めはきょとんとしていました。配送センターの準備を手伝うのに一生懸命になりすぎて、ミトラたちも、自分たちもクリスマスを迎えるのだということを、忘れてしまっていたのです。
わあわあ言いながら集まって、ミトラたちは大騒ぎします。
『クリスマス?』
『あっそうか、クリスマスか!』
『クリスマスって、いつ?』
『明日だよ』
『ちがうよ、あさってだよ!』
『たいへん! いそいでじゅんびしなくちゃ!』
そんなわけで、今日はクリスマスの準備をすることにしました。今日は、というより今日も、なのですが、クリスマスの準備は楽しいので、問題ありません。
なっちゃんは、まずおうちの中を歩き回って、落ちているかけらを拾い集めました。そして次に、キッチンの小棚の前に行って、ガラスの引き戸をノックしました。今日は金曜日。小棚市場が開く日です。
「はあい」と返事があって、引き戸の向こうに、金色の光が灯りました。引き戸を開きますと、そこはもう、ハムシたちのお店です。
「おはようございます、なっちゃんさん。クリスマスの準備は、順調ですか」
「おかげさまで、星を視る人にも会えまして、万事順調に進みました。ほかの虫の皆さんにも、どうぞよろしくお伝えください」
挨拶を済ませますと、なっちゃんは、今しがた拾い集めたばかりのかけらで、まず、大きな靴下を買いました。
何をするにも、クリスマスを迎えるのだから、プレゼントを入れてもらうための靴下が必要なのです。そして、なっちゃんのところはミトラがたくさんおりますので、全員ぶんのプレゼントが一度に入るように、大きな靴下がほしいのでした。
「このくらいのサイズでいかがでしょう」
と、ハムシが言いました。なっちゃんは、背後の大棚の扉を開けて、中に入っている靴下を見ました。
赤い毛糸で編んである、大きな大きな靴下です。履き口のところに、白いもこもこのボアがついています。帽子にするにも大きすぎるくらい大きな靴下を、なっちゃんは、いっぺんで気に入りました。
「これを、くださいな」
「はい、毎度あり」
なっちゃんは、冬のかけらで、お代を支払いました。なっちゃんからかけらを受け取ったハムシは、かけらを金色の光にかざして「ずいぶん質がよくなりましたねえ」」と褒めました。
そうなのでしょうか。でも、たしかに、ここに来てすぐのころよりも、冬のかけらはより冬らしく、冷たい輝きを帯びています。
それは、なっちゃんが、たとえば軒先からぶら下がるつららや、冷え込む夜のツンとした匂いや、雪の重みで霜柱が折れるときのかすかな音や、そういうささやかな冬のしるしに、よく気がつくようになったからかもしれません。
それからなっちゃんは、クリスマスの準備に必要なもの、つまりクリスマスツリーとか、オーナメントとか、そういったものを買おうとしたのですが、ハムシは困ったように触角を動かしました。
「そういうものは、この時期になると、もうほとんど売り切れているんですよ。まだ残っているのは、お菓子やご馳走を作るのに必要なものばかりです」
「そうですか……」
残っていないのなら、仕方ありません。なっちゃんは考えて、そして良いことを思いついて、小麦粉やバターや、卵やお砂糖などを、たくさんたっくさん買い込みました。クッキーの型抜きも、買いました。
ないなら、作ってしまえば良いのです。なっちゃんは、クリスマスの準備を、ぜんぶお菓子でやってしまおうと思ったのでした。
「じゃあ、みんな集まって。班に分かれて、準備をします。こっちは、生地作り班。こっちは、メレンゲ泡立て班。こっちは、生地伸ばし班。オーブンは私が管理するからね」
ミトラたちは『はーい』と良いお返事です。なっちゃんは腕まくりをして、気合を入れました。予定が何もないなんて、とんでもない。今日も、大忙しです。
まずたくさん作らなければいけないのは、なんといっても、ジンジャークッキーです。小麦粉、バター、卵、それからほかの色々なものと、ジンジャーパウダー。混ぜて練って生地にします。
似たような作業を昨日もしましたので、みんな慣れっこです。
『じんじゃーってなに?』
『しょうがだよ』
『しょうがって、あの、からーいやつ? せっかく甘いクッキーなのに、そんなのいれないほうがいいんじゃない?』
お喋りをしながら、ミトラたちはクッキー生地を伸ばしていきます。
ブッシュドノエル班も、頑張っています。メレンゲをふわふわにしたり、ココアパウダーをふるったり、こちらもやっぱりお喋りをしながら、作業をしています。
オーブンの出番がやってくるまで、なっちゃんは、総監督です。ミトラたちが困っていないか、それから、余計なことをしていないかも、しっかり見ています。ジンジャーパウダーも、もちろん、ちゃんと入れさせました。
クッキー生地が伸びましたら、次は型抜きです。
実は、これが一番重要なのです。だって目的は、クッキーを作ることではなく(もちろんそれも大切ですが)、クリスマスの準備をすることです。
つまり、なっちゃんは、クッキーでクリスマス・オーナメントを作るつもりなのです。
可愛らしい天使のクッキー、リボンのついたベルのクッキー、きらきら輝く星のクッキー。たくさん作ります。
絨毯のように広く伸ばしたクッキー生地は、あっという間に、いろいろなかたちに穴ぼこになりました。
型抜きが終わりましたら、いよいよ、なっちゃんの出番です。温めたオーブンで、クッキーを焼いていきます。焼き上がりましたら、また次のクッキーを焼きます。
生地はたくさんあるのです。いくら焼いても終わらないくらいあるのです。なっちゃんは、テーブルとオーブンの間を、行ったり来たり、汗だくです。
なっちゃんが汗だくになったぶん、焼き上がったクッキーは増えていきます。焼き上がったクッキーに、ミトラたちがアイシングをほどこしますと、完成です。
そうこうしているうちに、ブッシュドノエルも焼き上がりました。メレンゲを乗っけて、粉砂糖を振り掛けます。丸太の上に、雪が積もっていきます。
窓の外も、雪景色。ケーキの上も、雪景色です。
なっちゃんがケーキを仕上げている間に、ミトラたちはジンジャークッキーを、おうちのいたるところに飾り付けて、おうちの中いっぱい、香ばしくて甘い香りになりました。
「出来た!」
『できたー!』
なっちゃんとミトラたちは、手を取り合って喜びました。リビング、キッチン、廊下や寝室にも、ジンジャークッキーが飾りつけられて、すっかりクリスマスムードです。
ケーキも出来上がりましたし、暖炉の前に靴下もぶら下げました。
これでこのおうちにも、クリスマスがやって来ます。
『クリスマス、たのしみだね、なっちゃん』
猫のミトラが言いました。
なっちゃんは「うん」と頷いて、ベルの形のジンジャークッキーを、サクッとかじりました。
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