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12月24日【素敵なイブ】
しおりを挟む朝起きて、おうちじゅうにクッキーの香りが漂っているというのは、とても嬉しいことだな。と、なっちゃんは思いました。
昨日、たくさんジンジャークッキーを焼きまして、いたるところに飾り付けましたので、おうちの中はどこへ行っても、必ずクッキーの香りがします。
なっちゃんの寝室の、ベッドの上にも、クッキーの天使やクッキーのトナカイ、クッキーの鳩なんかが飛んでいます。
クッキーの星が飾り付けられて、まるで天の川のようになった階段を降り、なっちゃんはいつものように、リビングを抜け、キッチンへ向かいます。テーブルの上には、飾り付けられなかったジンジャークッキーが、大皿の上で山になっています。
ちょっと、さすがに、作りすぎたかも知れない。なっちゃんは、シュトーレンと紅茶をいただきながら、考えました。
今日と明日、三食すべてをクッキーにしても、まだ食べ切れないほどの量です。しかも、冷蔵庫には、ブッシュドノエルも眠っているのです。明らかに、作りすぎです。
けれども、なっちゃんは、お菓子を作りすぎたときの対処法を、ちゃんと知っています。みなさんに、おすそ分けをすれば良いのです。
コマドリやハムシたち、配送員たちや配送員長、親切なリス、灰色の侍女。みんなに配れば、万事解決。
さいわい、昨日つまみ食いをした限りだと、ジンジャークッキーはたいへん美味しく出来上がりましたので、胸を張って「ちょっと作りすぎましたので、よろしかったら、皆さんでどうぞ」と持って行けます。
なっちゃんは、清潔なハンカチを何枚か用意しました。そしてそこに、大皿の上のたくさんのジンジャークッキーを、分けていきます。
なるべく、色々なかたちのクッキーが入るように、なっちゃんは気をつかいました。
白い羽の天使のクッキー、銀色にアイシングされたベルのクッキー、それから、チョコチップで飾り付けられたツリーのクッキー。全ての種類のクッキーが入っていなければなりません。クリスマスなのですから、とびきり豪華で贅沢でなければ、ならないのです。
クッキーを分け終わりましたら、なっちゃんはハンカチの四隅を、リボンのように可愛らしく結びました。そして、まずキッチンの小棚の前に行って、ガラスの引き戸をノックしました。
今日は土曜日。小棚市場は開かれない日ですが、何度かノックをしていますと、引き戸の向こうで「はいはーい」と声がしました。
引き戸を開きますと、そこはただの小棚でした。隅っこの方に、黒とオレンジの小さな虫がいます。
「申し訳ありません。今日はこっちのお店は、開かないんですよ」
ハムシは、申し訳無さそうに触角を振りながら、言いました。
「本店の方は営業しておりますので、そちらに来ていただければ……」
「すみません。お買い物ではないんです」
なっちゃんは、ハムシたちのために包んだ、ジンジャークッキーを差し出しました。
「昨日、クッキーをたくさん作りすぎましたので、お世話になりました虫さんたちに、おすそ分けをと思いまして」
「なんと、まあ」
ハムシは驚いて、真っ黒な羽をぱっと広げました。半透明の後翅が、ぷるぷるっと震えます。それはどうやら、喜びの表現のようでした。
「長年、商売をやっておりますが、人間の方からクッキーをいただくなんて、始めての経験です。ありがとうございます。みな、喜ぶでしょう」
「たくさんお世話になりましたから」
そしてなっちゃんは、背後にある大棚の中に、ジンジャークッキーの包みを入れました。大棚の戸を閉めますと、ことん、と小さな音がして、次に小棚を見たときには、クッキーの包みはハムシの腕の中にあるのでした。
「どうも、ありがとう、なっちゃんさん。良いクリスマスを」
「良いクリスマスを」
まずはひとつ、おすそ分け完了です。
それからなっちゃんは、ジンジャークッキーの包みをひとつ、ふくろうのミトラに持たせました。森にいるというコマドリに、渡してきてもらおうと思ったのです。
おすそ分けです。というメモと、クッキーの包みを、ふくろうのミトラの脚に結びつけていますと、リビングの窓が、カチカチ、とノックされました。
果たしてそこには、おすまし顔のコマドリがいたのです。窓を開けますと、コマドリは気取った声で「ごきげんよう」と挨拶をしました。
「ちょうど散歩に出掛けていて、この近くを通りかかったもんだから、降りてきたのよ。そのお荷物、どこへ届けに行くの? あなたたち、また、誰かのお手伝いをしているの?」
「いいえ、この包みは、コマドリさんに」
なっちゃんが言いますと、コマドリは「あたしに?」と、尾羽根をぴょこぴょこ動かしました。
なっちゃんは、ふくろうのミトラの脚から、クッキーの包みを外しまして、コマドリに渡します。
「クッキーを作りすぎましたから、コマドリさんに、おすそ分けです」
「あら、まあ、そうなの」
コマドリの、橙色の胸が、大きく膨らみました。
せっかくですので、なっちゃんはコマドリをキッチンに案内して、はちみつ入りのホットミルクを振る舞いました。
コマドリはさっそく包みをほどきまして、ジンジャークッキーを、小さなくちばしで器用にさくさくと、かじりました。
「とっても美味しい。なっちゃん、お菓子を作るのが上手なのね」
コマドリが褒めますと、隣でお話を聞いていたミトラたちが、『ぼくたちもてつだったの』『ぼくたちがつくったの』と、こぞって功績を主張するのでした。
少しの談笑ののち、クリスマスの街にもおすそ分けを持っていくことを話しますと、コマドリは「良いわね」と微笑みました。
「配送センターの人たちなんか、喜ぶでしょうね。あたし、時々あの人たちが不憫になるのよ。あの人たちは、クリスマスは働いてばっかり、誰かにプレゼントを届けてばっかりで、自分たちはなんにも貰えないんだものね」
「そうなんですか」
配送センターは、そりゃあクリスマスは目が回るような忙しさでしょうが、それにしても、なんにも貰えないなんて初耳です。コマドリは「だって、いわばあの人たちが、サンタクロースなんだから」と、当たり前のことのように言いました。
それを聞いて、なっちゃんは、少し悲しい気持ちになりました。クリスマスのために、あんなに一生懸命働いている人たちですのに、クリスマスの日に何も貰えないなんて、そんなことがあるでしょうか。
「いやだわ、なっちゃん。そんな顔しないで」
コマドリが、なっちゃんの手の甲を、柔らかな羽毛でなでました。
「ここに、良いものがあるじゃない。サンタクロースのためのサンタクロースに、あなたがなれば良いんだわ」
それから、なっちゃんは急いで出かける支度をして、金の鍵を使って裏庭へ行きました。
クリスマスの街をずんずん歩いて、配送センターには寄らずに、街はずれの山道、灰色のお城へと向かう道を行きます。灰色の街の住人に、プレゼントを渡すのです。それならば、彼女も誘った方が良いと思ったのです。
ほとんど走るようにして歩いているなっちゃんを見て、通りすがりの大きなリスが「急いでいるなら、乗せていってあげましょうか」と言ってくれましたので、なっちゃんはそれに甘えて、ふわふわの背中に乗りました。まったく、裏庭のリスは、どこまでも、本当に親切なのです。
リスは身軽に飛び跳ねながら、なっちゃんが全速力で走るよりもずっと速く、お城への道を進みます。おかげで、夕方にならないうちに、灰色のお城へ到着しました。
なっちゃんは、リスにも、ジンジャークッキーの包みを渡しました。ここまで連れてきてくれたお礼も言って、それから、灰色のお城の門をくぐります。
門を抜けた先は、前に来たときは、殺風景な荒れた庭でした。
今はどうでしょう。やっぱり庭師の手は入っていないようですが、ところどころの植木の、伸び切った枝に、金のオーナメントが揺れています。低い位置にある枝にばかり、オーナメントは飾られていましたので、いったい誰が飾り付けたのか、ひと目で分かりました。
お城のオーナメントは、ただのオーナメントではないようで、つねにきらきら輝きながら、金色の光の粉を、周囲に振りまいています。オーナメントの近くを通りますと、なっちゃんの肩やほっぺたにも、金色の粉がくっついて、きらきら光りました。
灰色のお城にやってきたなっちゃんを、灰色の侍女は歓迎してくれました。
女王陛下。と、なっちゃんが呼びますと、彼女は「いや、クリスマスを過ぎていないので、私は女王ではなく、まだ、侍女だ」と、変な意地を張りました。ですのでなっちゃんは「侍女さん」と言い直して、先ほどコマドリから聞いた話を聞かせました。
「ふむ。配送員たちは、クリスマスプレゼントをもらったことがないのか」
灰色の侍女は、深刻な顔で呟きました。
「私たちは、サンタクロースからプレゼントをもらえますけど、配送員さんたち……サンタクロース自身は、誰からもプレゼントをもらえないんです。クッキーやミルクを置いて、サンタクロースをもてなす習慣というのは、聞いたことはありますけど……」
「行った先でもてなされるのも嬉しいが、やはり、朝起きたら自分のためのプレゼントが届いている、という嬉しさとは、少し違うからなあ」
灰色の侍女は、両手をぽんと打って「よし、事情は分かった」と言いました。
「私たちが、サンタクロースのためのサンタクロースとなろう」
夜を待って、なっちゃんたちは、灰色のお城を出発しました。そろそろ、クリスマスの配送に向けて、配送センターから煤の海に向けて、船が出港したはずです。
一晩かけて、船は煤の海を、宇宙の闇を渡ります。そして、あらゆる時間の、あらゆる空間の、あらゆる障壁の向こうにいる、サンタクロースを待ち望む誰かのもとへ、プレゼントを届けに行くのです。
『なっちゃん、じゅんびできたよ』
ふくろうのミトラが、森に棲んでいるというたくさんのふくろうたちを引き連れて、お城へ飛んできました。
サンタクロースのサンタクロースをする上で、一番問題になるのは、どうやって配送センターに忍び込むかということです。
みんなが留守にしている間、配送センターには鍵がかけられます。なっちゃんの金の鍵ならば、きっとどんな鍵穴にも合うのですが、あれを使って配送センターのドアを開けて、思いも寄らないところに繋がってしまっても大変です。
鍵を使わずに忍び込むとなると、やはり、煙突から入るしかないのです。
ですからなっちゃんは、ミトラたちに協力してもらうことにしたのでした。ふくろうのミトラや、すずめのミトラや、カラスのミトラ。羽を持つミトラたちに、屋根の上まで運んでほしいと、頼んだのです。
お城の大きな窓から拝借した、真っ白なカーテンを、絨毯のように地面に敷きます。その上に、なっちゃんと灰色の侍女が座ります。
『じゃあ、せーので飛ぶよ。せーの!』
ふくろうのミトラの合図と共に、森のふくろうたちや、スズメのミトラや、カラスのミトラや、彼らが連れてきた羽のあるものたちが、カーテンの端を掴んで、一斉に飛び立ちました。
カーテンは大きく揺れながらも、空に浮き上がりました。
「すごい、飛んでる」
灰色の侍女が、なっちゃんにしがみつきながら、言いました。はばたきの音と、風の音とが、ふたりの歓声をかき消していきます。
上空は寒く、空気が澄んでいて、星がすぐ近くに見えます。クリスマス・イブの空を飛んで、これから、なっちゃんと灰色の侍女は、働き者のサンタクロースたちに、ジンジャークッキーを届けに行くのです。
配送センターの屋根が見えましたら、羽のあるものたちは、ゆっくりと慎重に、カーテンを屋根の上に降ろしました。なっちゃんと灰色の侍女は、クッキーの包みを汚してしまわないよう気をつけながら、煙突の中に入り、配送センターに忍び込みます。
配送センターは、もちろん無人です。みんな、配送のために出払っているのです。
なっちゃんは、ホールの真ん中に立っている、大きなクリスマスツリーの下に、クッキーの包みを置きました。そして、包みを取り囲むように、灰色のお城から持ってきた、金のオーナメントをたくさん置きました。
オーナメントの輪の中で、金色の光の粉を浴びて、クッキーの包みは、きらきら輝いています。暗い部屋の中に、まるで、ベツレヘムの星が瞬いているようです。
なっちゃんは、クッキーの包みに、差出人の名前は書かずに、クリスマスカードのメッセージを添えました。
『サンタクロースさんたちへ。メリー・クリスマス! サンタクロースより』
一晩中働いた配送員たちは、朝日が昇り始めるころ、くたくたになって、配送センターへ帰ってくるでしょう。そして、クリスマスツリーの下の、プレゼントに気がつくでしょう。
ほかの誰でもない配送員たちへの、クリスマスプレゼントです。色々なかたちの、可愛らしくアイシングされた、ジンジャークッキーです。
彼らはいったい、どんな反応をするでしょうか。クリスマスの朝、自分のためのプレゼントを見付けた子供のように、わあっと声を上げるでしょうか。
喜んでくれたら良いな。と、なっちゃんは思いました。飛び上がって喜んだりしなくてもいい。ただ、じんわりと、「クリスマスって、すてきだな」と思ってくれたら、それでいい。そう、思いました。
空飛ぶカーテンに乗って、灰色の侍女を灰色のお城に送っていったあと、なっちゃんはようやく、帰路につきました。
別れ際に、灰色の侍女にも、おすそ分けのクッキーをあげますと、灰色の侍女は、くひくひ笑いながら「なっちゃん、ありがとう」と言いました。
「では、おやすみ。良いクリスマスを」
「おやすみなさい。良いクリスマスを」
灰色の侍女と別れまして、なっちゃんは、カーテンに乗って橋のところまで、ひとっ飛びに行きました。そして、運んでくれたミトラたちや鳥たちにお礼を言って、ミトラたちと並んで橋を渡ります。
裏庭の門をくぐり、おうちに帰ったときにはもう、日付も変わろうかとする夜更けでした。急いで寝なければ、サンタさんは来てくれません。
なっちゃんは、寝室に行く前に、最後の確認をしました。
暖炉には、大きな赤い靴下がかけてあります。暖炉の前には小さな丸テーブルを置いて、サンタさんをもてなすための、ミルクとクッキーを用意しました。
準備に抜かりなし。きっと、素敵なプレゼントが届くでしょう。
「プレゼントには、何がほしい?」
ベッドに潜り込んだあと、なっちゃんは、ミトラたちに訊いてみました。あんなに大きな靴下を吊るしたのですから、ミトラたちが何を欲しがっても、きっと靴下の中に入るでしょう。
猫のミトラは『うーん』と考えて『ひみつ』と言いました。芋虫のミトラも『ひみつー』と言いました。みんな、『ひみつ』だそうです。
『サンタさんなら、しってるから、だいじょうぶ』
『あしたになったら、わかるから』
『あしたまで、ひみつだよ』
ミトラたちは、くすくす笑います。そして、もううとうとしているなっちゃんに、『なっちゃんは、なにがほしいの?』と尋ねます。
なっちゃんは、ベッドの中で体を丸めて、お布団に顔をうずめました。そして、くすくす笑いながら、「ひみつ」と言ったのでした。
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