二十五の夜を越えて

深見萩緒

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12月13日【川】

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 下へ下へと降りるにつれて、魚たちの姿は少なくなっていきました。もう、動いているものはゆうちゃんと、エスカレーターだけ。
 星のエイにもらった光も、ずいぶん薄くなってしまいました。どうしましょう、また真っ暗になってしまいます。

 ろうそくを持ってくればよかった。ゆうちゃんは、残念に思いました。白いチョークで描いたろうそくは、気動車の3両目に置き忘れて来てしまったのです。
 ゆうちゃんの髪の毛にくっついていた、最後の光の粒が、さらさらと溶けていきました。あとに残ったのは、とてもとても濃くて、闇とそう代わりのない群青色ばかり。

 だけど、ペンキのように濃い群青色の中に、ゆうちゃんは見つけました。一番星です。
 ゆうちゃんの足元、はるか下の方に、明るい一番星が輝いています。きっとあそこが、エスカレーターの到着点なのでしょう。
『おーほしさーま、きーらきら。きんぎん、すなご。ねえねえゆうちゃん、すなごって何?』
「さあ……なんだろう」
 ゆうちゃんは首を傾げました。
「でも、きっと綺麗なものなんじゃない?」
『そうだね、きっと綺麗なものなんだね』
 一番星は仲間を増やして、今や無数の光が眼下に広がっています。
 ゆうちゃんとミトラは足元を見下ろして、この星々こそが、「すなご」なのかも知れないと思いました。


『あれえ、ゆうちゃん。なんだか、お星様じゃないみたい』
 しばらく眺めているうちに、ミトラが、素っ頓狂な声を出しました。ゆうちゃんもよく見てみますと、確かに、あれは星ではなく、街の明かりのようです。
 海に潜っていると思っていたのに、いつのまに空にいたのでしょう。このエスカレーターは、空を降りてきていたのです。

 街の明かりが近くなって、やがて街頭のひとつひとつも見えるようになって、ついにエスカレーターの終わりが来ました。
『到着! 一番乗り!』
 ミトラはゆうちゃんの肩から飛び降りて、真っ先に街道の石畳を踏みました。ゆうちゃんは、二番乗り。
 街は、なんだか見覚えのあるような、まるきり初めて来たような、そんな風景でした。
『見て、ゆうちゃん。川があるよ』
 ミトラが、細長く伸びている暗がりを覗き込んで言いました。
 川べりを固める石垣の端に、しがみつくように柳の木が植わっています。12月にしてはやけにぬるい風が吹くと、枝垂れの影がいっせいに手まねきをしました。
『どうする、ゆうちゃん。川、渡る?』
 ミトラの視線の先には、石造りの立派な橋がありました。水銀灯に照らされた、冷たげな灰色の橋。
 ゆうちゃんは、ちょっと考えて、首を横に振りました。
「川に沿って歩いてみようよ」
『良いよ。ゆうちゃんの行きたい所に行こう』

 夜の街はとても静かで、人っ子ひとり見当たりません。耳をすましますと、水たちが押し合いへし合い海へ駆けて行く音だけが、しゃらしゃらと心地よく響きます。
『お魚か、お星様が、泳いでないかな』
 ミトラがあんまり身を乗り出して川を覗き込むものですから、落っこちてしまわないかと、ゆうちゃんは心配になりました。
「気を付けてね。暗いから、落っこちたら探してあげられないよ」
『大丈夫、大丈夫。ぼくは泳ぐの上手だから』
「そうじゃなくて、はぐれちゃうでしょう。はぐれちゃったら……」
『はぐれちゃったら?』
「……寂しいでしょ」
『そうだね。寂しいね。そしたら、気を付けようかな』
 ミトラは、自分で歩くのをやめて、ゆうちゃんの肩に飛び乗りました。やっぱり、ここが一番、居心地が良いようです。

「川の中に、何か見えた?」
 ゆうちゃんが尋ねてみますと、ミトラは『うーん』と体を傾けました。
『何も見えなかったよ。電車の窓とおんなじだよ』
「そう……」
 そういえば、川と気動車は、よく似ています。目的地に向かって、生真面目に、決められた道の上を辿っていくもの。同じものが流れているように見えて、同じものが流れることは決してないもの。

 気動車で出会った、顔が真っ黒だったあの人は、気動車の窓から、ミトラには見えない何かを見ていました。川と気動車が似ているなら、もしかしたら川を覗き込んだら、ミトラには見えないけれどゆうちゃんには見える何かが、見えるかも知れません。
 もし、川を渡る気になったら、その時に覗いてみよう。と、ゆうちゃんは思いました。
 何が見えるでしょうか。そして、何が見えないでしょうか。


 今夜の夢は、ここでおしまい。
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