私は毒にも薬にもならない人間なので、どうか放っておいていただけません?

なかのくん。

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プロローグ

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 よく晴れた朝、鳥のさえずりによって目が覚める。

 ぐぐぐぅっと体を伸ばして、大きな欠伸をひとつ。とてもではないが人様には見せられない姿だろう。

 いつものようにベッドから降りて、いつものように窓を開けに行く。窓から見える景色は、この家の家主であるミア・キャベンディッシュが耕す畑とその向こうに広がる森のあおあおとした木々たちだ。

 朝ごはんにパンを焼いて、玉ねぎと人参を細切りにしたものをグツグツと煮込んだだけのスープを作る。昨日釣った魚は、鱗や内臓の処理をしてから焼き、これでもかというほど目を凝らして骨を取り除いてからある程度塊を残しつつほぐす。それをお皿に盛り付けて同居人―――いや、同居猫の食事台に置くと、ベッドの上でふさふさのシッポをペシンっペシンっと布団に叩きつけていた猫がおしりを高く上げながら伸びをして降りてきた。

「今日もいい天気ねー、マロ」

「なう」

「美味しい?」

「まう」

「ふふふっ、ほんと…あんた日に日に丸みが酷くなってるわよ」

「…ばう」

 数口食べては口の周りをベロで舐め回す猫をニヤニヤした顔で見つつ、たまに話しかけてみる。もはやただの毛玉になったことを毎日のようにいじっていたら、そのうちその話題の時だけ犬のように鳴くようになった。変異種かしら。

 拾った時は酷くやせ細り、固形物のある食べ物を食べると吐いてしまうほど弱っていた子猫のマロ。今は当時の見る影もない、ただのデブ猫に成長した。

 骨が浮き出るほど痩せていて傷だらけの体、ところどころ毛が抜けていて、毛が絡まってごわごわだった姿が懐かしい。

 真っ白のロングの毛並みの顔の目の上、眉毛が伸びるところの付け根に左右でまん丸の黒い柄が付いているこの猫に、転生前の記憶を頼りにマロと名付けたのは一年前のことだ。



「よし、食べ終わったし畑耕そっかなぁ」

 すっからかんになったお皿の横で、毛ずくろいをするマロを微笑ましく眺めてから、テーブルの上のお皿とマロのお皿を洗う。

 農業用の作業着に着替えてからマロのお腹に顔面を押し付けてスーハースーハーと満足いくまで吸い込み続けると、さすがに鬱陶しくなったのだろう、マロが後ろ足で顔面を容赦なく蹴ってくるのでしぶしぶ離れた。

「行きますか」

 いつも通り、ドアを開けて。

 そのまま勢いよく閉めた。

「?」

「?」

 ドアの向こうには、かつてミアの婚約者でありこの国の王子のルシウス・ランブルー殿下らしき人物がニッコニコの笑顔を浮かべて立っていた。ように見えた。

 ミアの頭の中にはハテナがいっぱい。

 ドアを開けて出ていこうとしてそのままドアが壊れそうな勢いで閉めたミアを見るマロの頭の中にもハテナがいっぱい。

 一人と一匹がハテナが浮かび上がっては落ちて、を繰り返している間にも時間は過ぎていく。



「なんで殿下が…?」

 ―――全ては過去になったはずなのに。

「え、私殺される?」

 ―――でもそれが運命だし。

「逃げるべき?」

 ―――逃げられないだろうけども。

 自問自答を繰り返していたが、再びミアはドアを開けた。

 ドアの向こうには、ニッコニコの笑顔を振りまきながら背後にブリザードが吹き荒れているルシウスが立っている。

 再びミアは扉を閉めた。

「幻想か?」

 どことなく哀れんだ視線でこちらを見てくるマロに向かって問いかける。

「みゃう」

 そう小さく鳴いて、唯一の味方になりそうだったマロは丸くなって睡眠を貪り始めた。

「…今夜はご飯抜きだなこの毛だるま。とりあえず逃げるか」

 一日、二日程度は持つだろう量の食料と着替えをバッグに詰めて、抱き抱えると嫌そうに「ばうばう」と唸ったマロを胸元にしまい込んで、人間離れした巨乳を作り上げてから窓に足をかける。

 勢いよく飛び降りた瞬間に、ミアの両腕は捕らえられた。

 両隣に立つ二人はよく知る人物だった。

「あっ、裏切り者! サイ、カイ、離して! あんたら暗部じゃんっ!」

 勝てるわけないじゃん!

 国を繁栄の裏で暗躍する王族の影のメンバーであり、かつてミアが慈善事業で孤児院を訪れた際に引き取った双子のサイとカイ。

 使用人として大切に大切に教育していたら王子に横からかっさらわれて連れていかれた可哀想な子供たち。といっても本人たちの希望で暗部に配属になったようだけれども。



「よくやったね、二人とも。下がっていいよ」

 良い人の仮面を顔面に瞬間接着剤で貼り付けたルシウスによって腕が再び捕らえられ、ルシウスに声をかけられた二人が「まあ…がんばれよ…」的な視線をよこしたあと姿を消した。

「ででで殿下…な、なぜこんなところに…」

 震える声で尋ねると、

「僕の婚約者が一年半前から行方不明だったから探していたらここにたどり着いたんだよ」

 ―――でしょうね…。

「HAHAHA…」

「帰ろうね?」

「HAHAHA…」

 もはや乾いた笑いしか出てこないミアの腕と腰にはルシウスの手。乗り込まされる馬車の中。なぜ隣に座る。腕を離さんかい。

 様々な思惑を乗せて、馬車は王子の家である城へ走り出した。逃避行もここまでか。

 胸元に押し込まれた毛だるまが、まるで肯定するかのように、「…なう」と鳴いた。

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