1 / 3
プロローグ
しおりを挟むよく晴れた朝、鳥のさえずりによって目が覚める。
ぐぐぐぅっと体を伸ばして、大きな欠伸をひとつ。とてもではないが人様には見せられない姿だろう。
いつものようにベッドから降りて、いつものように窓を開けに行く。窓から見える景色は、この家の家主であるミア・キャベンディッシュが耕す畑とその向こうに広がる森のあおあおとした木々たちだ。
朝ごはんにパンを焼いて、玉ねぎと人参を細切りにしたものをグツグツと煮込んだだけのスープを作る。昨日釣った魚は、鱗や内臓の処理をしてから焼き、これでもかというほど目を凝らして骨を取り除いてからある程度塊を残しつつほぐす。それをお皿に盛り付けて同居人―――いや、同居猫の食事台に置くと、ベッドの上でふさふさのシッポをペシンっペシンっと布団に叩きつけていた猫がおしりを高く上げながら伸びをして降りてきた。
「今日もいい天気ねー、マロ」
「なう」
「美味しい?」
「まう」
「ふふふっ、ほんと…あんた日に日に丸みが酷くなってるわよ」
「…ばう」
数口食べては口の周りをベロで舐め回す猫をニヤニヤした顔で見つつ、たまに話しかけてみる。もはやただの毛玉になったことを毎日のようにいじっていたら、そのうちその話題の時だけ犬のように鳴くようになった。変異種かしら。
拾った時は酷くやせ細り、固形物のある食べ物を食べると吐いてしまうほど弱っていた子猫のマロ。今は当時の見る影もない、ただのデブ猫に成長した。
骨が浮き出るほど痩せていて傷だらけの体、ところどころ毛が抜けていて、毛が絡まってごわごわだった姿が懐かしい。
真っ白のロングの毛並みの顔の目の上、眉毛が伸びるところの付け根に左右でまん丸の黒い柄が付いているこの猫に、転生前の記憶を頼りにマロと名付けたのは一年前のことだ。
「よし、食べ終わったし畑耕そっかなぁ」
すっからかんになったお皿の横で、毛ずくろいをするマロを微笑ましく眺めてから、テーブルの上のお皿とマロのお皿を洗う。
農業用の作業着に着替えてからマロのお腹に顔面を押し付けてスーハースーハーと満足いくまで吸い込み続けると、さすがに鬱陶しくなったのだろう、マロが後ろ足で顔面を容赦なく蹴ってくるのでしぶしぶ離れた。
「行きますか」
いつも通り、ドアを開けて。
そのまま勢いよく閉めた。
「?」
「?」
ドアの向こうには、かつてミアの婚約者でありこの国の王子のルシウス・ランブルー殿下らしき人物がニッコニコの笑顔を浮かべて立っていた。ように見えた。
ミアの頭の中にはハテナがいっぱい。
ドアを開けて出ていこうとしてそのままドアが壊れそうな勢いで閉めたミアを見るマロの頭の中にもハテナがいっぱい。
一人と一匹がハテナが浮かび上がっては落ちて、を繰り返している間にも時間は過ぎていく。
「なんで殿下が…?」
―――全ては過去になったはずなのに。
「え、私殺される?」
―――でもそれが運命だし。
「逃げるべき?」
―――逃げられないだろうけども。
自問自答を繰り返していたが、再びミアはドアを開けた。
ドアの向こうには、ニッコニコの笑顔を振りまきながら背後にブリザードが吹き荒れているルシウスが立っている。
再びミアは扉を閉めた。
「幻想か?」
どことなく哀れんだ視線でこちらを見てくるマロに向かって問いかける。
「みゃう」
そう小さく鳴いて、唯一の味方になりそうだったマロは丸くなって睡眠を貪り始めた。
「…今夜はご飯抜きだなこの毛だるま。とりあえず逃げるか」
一日、二日程度は持つだろう量の食料と着替えをバッグに詰めて、抱き抱えると嫌そうに「ばうばう」と唸ったマロを胸元にしまい込んで、人間離れした巨乳を作り上げてから窓に足をかける。
勢いよく飛び降りた瞬間に、ミアの両腕は捕らえられた。
両隣に立つ二人はよく知る人物だった。
「あっ、裏切り者! サイ、カイ、離して! あんたら暗部じゃんっ!」
勝てるわけないじゃん!
国を繁栄の裏で暗躍する王族の影のメンバーであり、かつてミアが慈善事業で孤児院を訪れた際に引き取った双子のサイとカイ。
使用人として大切に大切に教育していたら王子に横からかっさらわれて連れていかれた可哀想な子供たち。といっても本人たちの希望で暗部に配属になったようだけれども。
「よくやったね、二人とも。下がっていいよ」
良い人の仮面を顔面に瞬間接着剤で貼り付けたルシウスによって腕が再び捕らえられ、ルシウスに声をかけられた二人が「まあ…がんばれよ…」的な視線をよこしたあと姿を消した。
「ででで殿下…な、なぜこんなところに…」
震える声で尋ねると、
「僕の婚約者が一年半前から行方不明だったから探していたらここにたどり着いたんだよ」
―――でしょうね…。
「HAHAHA…」
「帰ろうね?」
「HAHAHA…」
もはや乾いた笑いしか出てこないミアの腕と腰にはルシウスの手。乗り込まされる馬車の中。なぜ隣に座る。腕を離さんかい。
様々な思惑を乗せて、馬車は王子の家である城へ走り出した。逃避行もここまでか。
胸元に押し込まれた毛だるまが、まるで肯定するかのように、「…なう」と鳴いた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
【改稿版】夫が男色になってしまったので、愛人を探しに行ったら溺愛が待っていました
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
外観は赤髪で派手で美人なアーシュレイ。
同世代の女の子とはうまく接しられず、幼馴染のディートハルトとばかり遊んでいた。
おかげで男をたぶらかす悪女と言われてきた。しかし中身はただの魔道具オタク。
幼なじみの二人は親が決めた政略結婚。義両親からの圧力もあり、妊活をすることに。
しかしいざ夜に挑めばあの手この手で拒否する夫。そして『もう、女性を愛することは出来ない!』とベットの上で謝られる。
実家の援助をしてもらってる手前、離婚をこちらから申し込めないアーシュレイ。夫も誰かとは結婚してなきゃいけないなら、君がいいと訳の分からないことを言う。
それなら、愛人探しをすることに。そして、出会いの場の夜会にも何故か、毎回追いかけてきてつきまとってくる。いったいどういうつもりですか!?そして、男性のライバル出現!? やっぱり男色になっちゃたの!?
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました
さち姫
恋愛
シャーリー・サヴォワは伯爵家の双子の妹として産まれた 。実の父と双子の姉、継母に毎日いじめられ、辛い日々を送っていた。特に綺麗で要領のいい双子の姉のいつも比べられ、卑屈になる日々だった。
そんな事ある日、父が、
何も言わず、メイドして働いてこい、
と会ったこともないのにウインザー子爵家に、ポイされる。
そこで、やっと人として愛される事を知る。
ウインザー子爵家で、父のお酒のおつまみとして作っていた料理が素朴ながらも大人気となり、前向きな自分を取り戻していく。
そこで知り合った、ふたりの男性に戸惑いながらも、楽しい三角関係が出来上がっていく。
やっと人間らしく過ごし始めたのに、邪魔をする家族。
その中で、ウインザー子爵の本当の姿を知る。
前に書いていたいた小説に加筆を加えました。ほぼ同じですのでご了承ください。
また、料理については個人的に普段作っているのをある程度載せていますので、深く突っ込むのはやめてくださいm(*_ _)m
毎日朝6時更新です(*^^*)あとは、
気分でアップします
「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです
ほーみ
恋愛
「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」
その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。
──王都の学園で、私は彼と出会った。
彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。
貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。
俺の妻になれと言われたので秒でお断りしてみた
ましろ
恋愛
「俺の妻になれ」
「嫌ですけど」
何かしら、今の台詞は。
思わず脊髄反射的にお断りしてしまいました。
ちなみに『俺』とは皇太子殿下で私は伯爵令嬢。立派に不敬罪なのかもしれません。
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻R-15は保険です。
わたくし、悪女呼ばわりされているのですが……全力で反省しておりますの。
月白ヤトヒコ
恋愛
本日、なんの集まりかはわかりませんが、王城へ召集されておりますの。
まあ、わたくしこれでも現王太子の婚約者なので、その関連だと思うのですが……
「父上! 僕は、こんな傲慢で鼻持ちならない冷酷非道な悪女と結婚なんかしたくありません! この女は、こともあろうに権力を使って彼女を脅し、相思相愛な僕と彼女を引き離そうとしたんですよっ!? 王妃になるなら、側妃や愛妾くらいで煩く言うのは間違っているでしょうっ!?」
と、王太子が宣いました。
「どうやら、わたくし悪女にされているようですわね。でも、わたくしも反省しておりますわ」
「ハッ! やっぱりな! お前は僕のことを愛してるからな!」
「ああ、人語を解するからと人並の知性と理性を豚に求めたわたくしが悪かったのです。ごめんなさいね? もっと早く、わたくしが決断を下していれば……豚は豚同士で娶うことができたというのに」
設定はふわっと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる