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新学期がスタートしてから三度目の土曜日を迎えた。
その日、拓海たち四人は、朝からそわそわとしていた。前日までに、プリントアウトしたチラシ千枚を配り終えていたからだ。
今日がチラシを配り終えてから最初の営業日となるため、客からの連絡が来るのではないだろうかという期待に胸を膨らませていた。
一時限目の授業が終わった。
拓海は、スマホの機内モードを解除した。
すかさず海斗がやってきて、机の脇にしゃがみ込みながら、小声で「何か、連絡来たか?」と顔を覗き込んできた。
スマホの画面を確認した拓海は、海斗に向って首を横に振った。自分の席から視線を向けてきた七海と美咲に対しても首を横に振る。
スマホの画面に、留守番電話や着信有りのマークは表示されていなかった。パソコンメールの転送設定も行っていたが、メールボックスでの受信もない。
「すぐには来ないか……」海斗が、手の指で、机の上をこつこつと叩いた。
「授業中は、連絡してこないでしょ」拓海は、そのように考えたかった。
自分たちが現役の中学生であることは伝えてあるし、土曜日の営業時間が午後二時からとしてあるのを見て、午前中は授業なのだなと思い、連絡するのを遠慮するはずだ。
「でもさ、いきなり来てくれと言われても時間の都合がつかなくていけないこともあるわけだから、授業中だとかは関係なく連絡してくるでしょ。メールや留守番電話でもいいわけだし」海斗が、現実的な意見を口にした。それは、拓海も感じていることであった。
「待つしかないんだし、気長に行こう」拓海は、再びスマホを機内モードに切り替えた。もうすぐ、二限目の授業が始まる。
そうだねと頷いた海斗も、自分の席に戻っていった。
その後も、授業の合間にスマホの確認をした拓海だったが、客からの連絡が来た形跡は見られなかった。
午前中最後の授業が終わり、給食と清掃を終えた拓海は、海斗、七海、美咲とともに下校した。
家に帰る道中でも、客からの連絡が来るのか来ないのか、来るとしたらいつぐらいなのだろうという話で持ちきりになった。
四人とも不安だった。一生懸命チラシを作り、みんなで分担して、家のポストにチラシを配って回った。今のところは、出費はチラシを作るためのコピー用紙代だけだったが、せっかく四人で盛り上がったのだし、何としてでも良い結果を残したい。
チラシを配り終えたときは、じゃんじゃん連絡が来て自分たちの手元にお金が貯まるイメージを思い描いていた四人だったが、今は、本当にうまいこといくのだろうかという不安にかられていた。
そのような中で、今後連絡が来た場合に、どのように対応するかについての確認を行った。
客からの連絡は、拓海のもとに来るようになっている。
問題は、そこから先の事だった。つまり、客からの依頼を受けるのか受けないのか、受ける場合は、誰がいつ客のもとに向えばよいのかということである。
これに関しては、拓海が、客からの連絡を受けた時点で自分たちでやれることなのかどうかを判断し、やれると判断した場合は、四人の中から客のもとへ向かう人間を調整し、再び客に連絡を入れたうえで訪問する形を取ることにした。
そのために、海斗と七海、美咲の三人が、営業対象時間内に用事があって対応できない時間がある場合は前もって拓海に連絡するという条件で、四人が平等に対応できるように拓海が割り振りを行うことになった。
また、客からもらう売上金は、そのときに対応した人間が一時的に保管し、一カ月ごとに、すべての売上金を全員で均等に分けることにした。
そのために、客からお金を預かる都度、自分以外の三人に預かった金額を連絡するというルールも決められた。
リーダーである拓海は、元手金の管理とは別に、売上金の記録も取ることにした。
家に帰り、手洗いとうがいを済ませた拓海は、一目散に自分の部屋へと向かった。
小学五年生のときの秋に父親が家を買い、拓海にも部屋が与えられた。それまでのマンション住まいでは、三歳年上の姉と共同の部屋だった。
姉が強く自分の部屋が欲しいと主張し、父親が家を買う決心をしたみたいだった。
部屋で服を着替え、学習机の上に数学の教科書を広げた拓海は、今日の授業で習ったことの復習を始めた。
内容は、連立方程式についてである。二つの式からXとYの解を導き出さなければならない。
いずれかの式をXとYどちらか一方からなる式に置き換えたうえで双方の解を求めるという理屈はわかるのだが、式にかっこが入ってくると、途端にややこしくなる。
拓海は、練習問題を順に解いていった。
問題を解きながら、傍らに置いたスマホにチラチラと目をやる。着信のバイブも鳴らないし、メール受信を知らせるランプも光らない。
「何なんだ、これは……」両方の式にかっこが入り混じった連立方程式にぶち当たった拓海は、頭を抱えた。
そのとき、部屋のドアがノックされた。
「タク。いる?」姉の声だった。
「何?」拓海は、机の上に視線を向けたまま返事をした。
ドアが開き、姉が部屋に入ってきた。
「これ、ありがとう」姉が、iPodを机の上に置いた。姉が愛用していたiPodが壊れ、拓海の物を貸していたのだ。
「新しいのを買ったの?」
「うん。32ギガを」
「うそ! 高かったんじゃない?」
「まあね」
姉は、春休みに、バイトを掛け持ちしていた。
「懐かしいなぁ……」姉が、連立方程式の練習問題を覗き込む。
「タク、数学苦手なんだっけ?」
「苦手ってわけじゃないけど、得意でもない」
数学そのものは苦手としていなかったが、XだのYだのという数学独特の記号に対して苦手意識を抱いていた。
「高校の数学は、こんなもんじゃないのよ」
姉の口から、数ⅡAだの数ⅡBだのという言葉が飛び出した。三角関数や微分、積分という内容があることについても説明してくる。
拓海には、ちんぷんかんぷんな話であり、適当に話を聞き流した。
そんな拓海の耳に、振動音が聞こえた。机の上に置いたスマホが振動していた。どこからか電話がかかってきたようだ。
スマホを手に取った拓海は、机から離れ、部屋を出ていくよう、目で姉を促した。
その日、拓海たち四人は、朝からそわそわとしていた。前日までに、プリントアウトしたチラシ千枚を配り終えていたからだ。
今日がチラシを配り終えてから最初の営業日となるため、客からの連絡が来るのではないだろうかという期待に胸を膨らませていた。
一時限目の授業が終わった。
拓海は、スマホの機内モードを解除した。
すかさず海斗がやってきて、机の脇にしゃがみ込みながら、小声で「何か、連絡来たか?」と顔を覗き込んできた。
スマホの画面を確認した拓海は、海斗に向って首を横に振った。自分の席から視線を向けてきた七海と美咲に対しても首を横に振る。
スマホの画面に、留守番電話や着信有りのマークは表示されていなかった。パソコンメールの転送設定も行っていたが、メールボックスでの受信もない。
「すぐには来ないか……」海斗が、手の指で、机の上をこつこつと叩いた。
「授業中は、連絡してこないでしょ」拓海は、そのように考えたかった。
自分たちが現役の中学生であることは伝えてあるし、土曜日の営業時間が午後二時からとしてあるのを見て、午前中は授業なのだなと思い、連絡するのを遠慮するはずだ。
「でもさ、いきなり来てくれと言われても時間の都合がつかなくていけないこともあるわけだから、授業中だとかは関係なく連絡してくるでしょ。メールや留守番電話でもいいわけだし」海斗が、現実的な意見を口にした。それは、拓海も感じていることであった。
「待つしかないんだし、気長に行こう」拓海は、再びスマホを機内モードに切り替えた。もうすぐ、二限目の授業が始まる。
そうだねと頷いた海斗も、自分の席に戻っていった。
その後も、授業の合間にスマホの確認をした拓海だったが、客からの連絡が来た形跡は見られなかった。
午前中最後の授業が終わり、給食と清掃を終えた拓海は、海斗、七海、美咲とともに下校した。
家に帰る道中でも、客からの連絡が来るのか来ないのか、来るとしたらいつぐらいなのだろうという話で持ちきりになった。
四人とも不安だった。一生懸命チラシを作り、みんなで分担して、家のポストにチラシを配って回った。今のところは、出費はチラシを作るためのコピー用紙代だけだったが、せっかく四人で盛り上がったのだし、何としてでも良い結果を残したい。
チラシを配り終えたときは、じゃんじゃん連絡が来て自分たちの手元にお金が貯まるイメージを思い描いていた四人だったが、今は、本当にうまいこといくのだろうかという不安にかられていた。
そのような中で、今後連絡が来た場合に、どのように対応するかについての確認を行った。
客からの連絡は、拓海のもとに来るようになっている。
問題は、そこから先の事だった。つまり、客からの依頼を受けるのか受けないのか、受ける場合は、誰がいつ客のもとに向えばよいのかということである。
これに関しては、拓海が、客からの連絡を受けた時点で自分たちでやれることなのかどうかを判断し、やれると判断した場合は、四人の中から客のもとへ向かう人間を調整し、再び客に連絡を入れたうえで訪問する形を取ることにした。
そのために、海斗と七海、美咲の三人が、営業対象時間内に用事があって対応できない時間がある場合は前もって拓海に連絡するという条件で、四人が平等に対応できるように拓海が割り振りを行うことになった。
また、客からもらう売上金は、そのときに対応した人間が一時的に保管し、一カ月ごとに、すべての売上金を全員で均等に分けることにした。
そのために、客からお金を預かる都度、自分以外の三人に預かった金額を連絡するというルールも決められた。
リーダーである拓海は、元手金の管理とは別に、売上金の記録も取ることにした。
家に帰り、手洗いとうがいを済ませた拓海は、一目散に自分の部屋へと向かった。
小学五年生のときの秋に父親が家を買い、拓海にも部屋が与えられた。それまでのマンション住まいでは、三歳年上の姉と共同の部屋だった。
姉が強く自分の部屋が欲しいと主張し、父親が家を買う決心をしたみたいだった。
部屋で服を着替え、学習机の上に数学の教科書を広げた拓海は、今日の授業で習ったことの復習を始めた。
内容は、連立方程式についてである。二つの式からXとYの解を導き出さなければならない。
いずれかの式をXとYどちらか一方からなる式に置き換えたうえで双方の解を求めるという理屈はわかるのだが、式にかっこが入ってくると、途端にややこしくなる。
拓海は、練習問題を順に解いていった。
問題を解きながら、傍らに置いたスマホにチラチラと目をやる。着信のバイブも鳴らないし、メール受信を知らせるランプも光らない。
「何なんだ、これは……」両方の式にかっこが入り混じった連立方程式にぶち当たった拓海は、頭を抱えた。
そのとき、部屋のドアがノックされた。
「タク。いる?」姉の声だった。
「何?」拓海は、机の上に視線を向けたまま返事をした。
ドアが開き、姉が部屋に入ってきた。
「これ、ありがとう」姉が、iPodを机の上に置いた。姉が愛用していたiPodが壊れ、拓海の物を貸していたのだ。
「新しいのを買ったの?」
「うん。32ギガを」
「うそ! 高かったんじゃない?」
「まあね」
姉は、春休みに、バイトを掛け持ちしていた。
「懐かしいなぁ……」姉が、連立方程式の練習問題を覗き込む。
「タク、数学苦手なんだっけ?」
「苦手ってわけじゃないけど、得意でもない」
数学そのものは苦手としていなかったが、XだのYだのという数学独特の記号に対して苦手意識を抱いていた。
「高校の数学は、こんなもんじゃないのよ」
姉の口から、数ⅡAだの数ⅡBだのという言葉が飛び出した。三角関数や微分、積分という内容があることについても説明してくる。
拓海には、ちんぷんかんぷんな話であり、適当に話を聞き流した。
そんな拓海の耳に、振動音が聞こえた。机の上に置いたスマホが振動していた。どこからか電話がかかってきたようだ。
スマホを手に取った拓海は、机から離れ、部屋を出ていくよう、目で姉を促した。
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