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第8章 焦燥感
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1.
カズは、自分の目と耳を疑った。
毎週楽しみに見ているバラエティ番組のテレビ画面が、突然、報道センターからの速報に切り替わった。
アナウンサーが、緊張の面持ちで手にした原稿を読み上げた。国会議事堂内と防衛省内に爆弾が仕掛けられていたという報道だった。アナウンサーは、繰り返しプラスチック爆弾という言葉を口にした。
二カ所とも、兄が仕掛けた爆弾だった。
(どうなっているんだ?)カズは、不安にさいなまれた。
兄は、自信ありげに「見つかる心配はない」と口にしていた。
建物の一階にあるトイレが一番仕掛けやすく発見されにくく効果的だと言った兄の言葉に、自分も納得した。
なるほどなあと思った。
建物の一階部分に爆弾を仕掛ければ、エネルギーの発散が最大になることで建物全体が破壊され、被害は周囲にも波及する。
また、公共施設の一階部分というのは、施設の見学者やその他一般の来訪者たちが出入りする場所であるため、不審がられない。
さらに、トイレというスペースは、その場所を使う人間しか出入りせず、目的を済ませばすぐに移動するため、便器や洗面台の裏側などは人目に付くことがない。
爆弾には念のために薄い防水膜をかぶせておいたが、便器や洗面台の裏側は汚れが目立つ部分ではないため掃除の手が行き届かないことが多く、仕掛ける場所としては最適であった。
おまけに、プラスチック爆弾の色は、便器や洗面台の色と同化して見分けがつきにくい。
警察は、爆弾が仕掛けられているとしてもダイナマイトだという頭でいるはずであり、万が一にも発見されるはずはなかったのだ。
カズは、テレビのチャンネルを変えた。
どの局も速報を伝えていた。爆弾が見つかった経緯の詳細については報道されていない。情報が錯そうしているのだろう。
カズは、手元のスマートフォンを手に取った。電話帳から、兄の電話番号を呼び出す。
兄とは、いつもはLINEかメールでやり取りをしており直接電話で話をすることはめったになかったのだが、今回は、迷わず電話で連絡した。
何度目かの呼び出し音の後に、兄が電話に出た。
「もしもし、兄貴。ヤバいことが起きている」
「わかっている。テレビのことだろう」
兄の声は落ち着いていた。
「兄貴も、見たのか?」
「ああ。さっきテレビを付けたら、どの局も、オレたちが仕掛けた爆弾のことをやっていたよ」
「どうする?」
「うーん……」
兄は、押し黙った。懸命に考えを巡らせている気配が電話の向こう側から伝わってきた。
「オレも、今さっき知ったばかりだから、正直考えは浮かんでいない。ただ、見つかったという報道がされているだけで詳細がわからないから、今結論を出すのは難しい。様子を見ながら考えようと思っている」
「でも、絶対に見つかるはずのないものが見つかっちゃったんだぜ! のんびりとはしていられないんじゃないのか?」
「のんびりするつもりなんてないよ。でもな、カズ、見つかったのは二カ所だけだ。後の五カ所は、見つかったという報道はされていない。おそらく、想定外の偶然が重なったのだと思う」
「そうなのかもしれないけど。でも、早急に対策を考えなきゃ。兄貴、オレ今からそっちへ行くよ」
「そうだな。状況も刻一刻と変化していくと思うから、オレたちも状況を見ながら対策を考えよう」
二人は、対応を練ることにした。
電話を終えたカズは、財布と家の鍵、スマートフォンをジーンズのポケットに突っ込み、玄関へと急いだ。
そんなカズの目に、壁に張ったカレンダーの数字が飛び込んできた。
太い丸印で囲った九日後の日付が目の前に浮かび出てきた錯覚をカズは覚えた。
2.
兄は、十年前の記憶を思い起こしていた。消したくても消すことのできない、忘れたくても忘れ去ることのできない忌まわしい記憶だった。尊敬してやまない両親の顔が、頭の中に浮かんできた。
兄は、にぎりしめた拳を震わせた。
(絶対に、仕返しをしてやる! 両親を死に追いやり、オレたちまでをも破滅に追い込んだこの国に、国民に、仕返しをしてやる)十年間、温め続けて来た思いであった。
両親が濡れ衣を着せられ、世間から後ろ指を刺され、この世を去った後、やむなく勉学への道を閉ざされた兄弟に待ち受けていたものは、想像を絶するようないばらの道であった。
この国では、働き口を見つけるのにも住まいを探すのにも、公に証明された己の身分を明かすことと身元の保証をしてくれる第三者の存在が求められる。証明される身分の中には、過去の生い立ちや両親の名前も含まれている。
この国の国民は、差別意識が強い。寄ってたかって弱い者いじめをするのが好きだという特徴もある。
両親が、当時の国と国民たちから死に追いやられた事件は、センセーショナルに報道された。
両親の死によりマスコミによる報道は治まったが、人々の記憶から消えてなくなったわけではない。両親の死後は、その子どもである兄弟が悪のレッテルを引き継いだ。
周囲からの冷たい視線に耐えきれずに大学を中退した兄だったが、学ぶことをあきらめてはいなかった。ほとぼりが冷めるのを待った後に大学に入り直そうと考えていた。技術者か研究者になるという夢も持ち続けていた。
しかし、世間は、兄弟のことを受け入れてはくれなかった。
再起に向けてお金を貯めようと考えたのだが、まともな働き口を得ることはできなかった。
それだけではなく、どん底から這い上がろうとする兄弟に対して冷たい視線を向け続けた。
世間からの冷たい仕打ちに、兄の心は腐っていった。いつしか、再起をかけようという思いが、この国と国民に対して復讐しようという思いへ変化していった。
血を分けた弟も、同じ思いでいた。むしろ、若くて情熱的な弟のほうが気持ちを熱くしていた。
それにより、兄弟の絆が一段と強まった。
そして、兄弟は固い約束を交わした。この国と国民に対して復讐をするという約束だった。無念な思いを抱いたままこの世を去った両親も、自分たちに対して期するものがあるはずだ。
兄弟は、互いに傷口をなめ合いながら、復讐に対する炎を燃え上がらせるために、この国と国民のことを憎み続けた。
両親と自分たちは、この国と国民のせいで破滅に追い込まれた。だから、今度は自分たちがこの国と国民を破滅に追い込む番なのだ。
兄弟は、復讐の方法を考え続けた。
真っ先に、爆弾を使うという発想が浮かんできた。自分たちの持つ知識や技術を生かせるからだ。
小型の核爆弾を作り、東京や大阪などの大都市で爆発させようということを考えた。自分たちで作れるはずだと思っていた。
しかし、その考えは非現実的であることに気がついた。
核爆弾を作るためは、莫大な費用と特殊な設備が必要となる。そして何よりも、自分たちが被害に巻き込まれてしまう危険があった。復讐によって国と国民が破滅に追い込まれていく様子を自分たちの目で確認しなければ意味がない。
そのような中浮かんできたのがプラスチック爆弾だった。
作るために必要な費用も自分たちで賄える範囲であり、特殊な設備も必要としない。遠くから爆破させれば、自分たちが被害に遭う心配もない。
加えて、ダイナマイトよりも数倍威力が強く持ち運びが容易であった。どのような形状にも加工でき、周囲の物と同化させることが可能である。
兄弟の間で、プラスチック爆弾を使った復讐計画が立てられた。
兄弟は、肉体労働で金を稼ぎ、爆弾の材料や起爆装置に必要な資材を買いそろえた。日本で手に入りにくい物は海外で手に入れた。
そうして、七カ所分の施設を破壊しつくすだけの量の爆薬と起爆装置を作り上げた。
二人が復讐を決意してから八年の月日が流れていた。
3.
兄の部屋に、弟のカズがやってきた。
ビールが飲みたいという弟に、兄は、冷蔵庫から六本入りの缶ビールのケースとチーズを取り出し、二人の間に置いた。
カズは、乱暴にケースの紙を破り、手にした缶のふたを開け、勢いよくビールを飲み干した。喉がカラッカラに渇いていた。
「爆弾が発見された経緯、わかった?」カズは、テレビに向けた視線を兄に戻した。つけっぱなしにしてあるテレビの画面は、ニュース特番を流し続けていた。
「いや。そのことは、まだ何も報道されていない。だけど、内閣官房長官あてに脅迫状が届いていたことは報道されたよ」
「始めから報道すれば良かったのに……。それよりも、爆弾は警察が見つけ出したのかな?」
「それはないと思う。そのために、わざと内閣府に仕掛けたダイナマイトを発見させたんだから。それに、日本ではプラスチック爆弾はなじみが薄い。プラスチック爆弾が仕掛けられているという前提で警察が捜査をしていたとは、オレには到底思えない」
兄には、自信があった。
自分の知る限り、日本の犯罪史にプラスチック爆弾という種類が登場したことはない。
さらに、プラスチック爆弾は、どのような形にも変えられる。どこにどのような形状で仕掛けられているのかがわからないことに対して、警察が力を割くはずはないと考えていた。
その点、ダイナマイトであれば形状もはっきりとしており、仕掛けられる場所もある程度限定できる。
「じゃぁ、なんで?」カズは、頭をかきむしった。彼は、納得のいかないことをそのままにしておくことが苦手な性格だった。
「警察が見つけたのでなければ、偶然に見つかったのだとしか考えられない」
「両方とも、トイレだったよね? 便器の裏側と洗面台の裏側」
「ああ」
「清掃員が発見したのかな?」
「絶対にないとは言い切れないけど、まず違うと思う。確かに、あうゆう公共の建物のトイレは毎日清掃が入るみたいだけど、飲食店などと同じで人目につく場所をきれいにすることが目的だから、人目につかないあのような場所を念入りに掃除することは、基本的にないはずだ。事前に入手した似たような施設のトイレ清掃マニュアルをカズも見ただろう? 利用者の迷惑にならないように、人目につくところの清掃を手早く済ますという内容で、どれも作られていたじゃないか? 便器の裏側や洗面台の裏側などの清掃手順を書いたマニュアルなんて、あったか?」
「いや、なかった」
カズは、兄に見せられたマニュアルの内容を思い返した。
「残りの五つは、大丈夫なのかな?」カズの頭から不安が拭えない。
「もし警察が国の主要な建物の一階部分のトイレに的を絞って捜査を行ったら、警察庁と日銀に仕掛けた爆弾は見つけ出される可能性はあるな。後の三つは大丈夫だろう」
「どうする? 警察庁と日銀、先に潰しておくか?」
「そうだな……」
兄は、思案した。
最終的には、全ての爆弾を爆発させるつもりでいた。
しかし、ただ主要な施設を破壊し人的な被害を出しただけでは面白くない。国民全体に向けられたメッセージであることを知らしめ、国中を恐怖に陥れ、そのような雰囲気の中で大規模な爆破を繰り返して国を破壊していくことが、自分たちの考える復讐だったからだ。
そのために、政府に対して二週間もの猶予を設けた上で事態を回避するための選択肢を与えてあげたのに、何ら手を打たず、その結果国民に甚大な被害が生じたという状況を作りたかったのだ。猶予期間も、あと九日間残っている。
しかし、これ以上仕掛けた爆弾が発見されるという事態も避けたい。
兄は、内心焦りを感じていた。
兄は、テレビの画面に視線を向けた。つられたようにカズも画面に視線を向ける。
テレビは、相変わらず同じような内容の報道を繰り返していた。
各分野の専門家と称する人間を集め、事件の背景にあるものを討議しているチャンネルもあった。
専門家たちが口にする見解は、いずれも的外れな内容だった。同時に、国民に不安を植え付ける見解でもある。
「とりあえず、もう少し様子見するか?」兄は、カズに言った。
「そうしたほうがいいのかな」カズが頷く。
しかし、次の瞬間、テレビの画面に兄弟の決断を揺るがすニュース速報が流れた。
4.
『たった今入ってきた情報によりますと、中央合同庁舎第二号館の一階トイレからプラスチック爆弾らしきものが発見されました。現在、警視庁が、国会議事堂と防衛省で発見されたものと同一のものであるかどうかを確認中であるということです。繰り返しお伝えします……』
テレビの報道が緊迫した。討論会の様子を映した映像から、現場の緊迫した様子を映し出す映像へと切り替わった。
兄弟は、顔を見合わせた。
「兄貴……」
「様子見している場合じゃないな」
警察が、的を絞ってプラスチック爆弾を見つけるための捜査を行っている可能性が極めて高まった。
このままだと、日銀に仕掛けた爆弾が発見されるのも時間の問題だ。
兄は、テレビ画面の時刻表示を見た。時刻は午後八時前であった。
本当は人の行き来や活動が一番活発な昼間の時間帯に爆発させたかったのだが、悠長なことは言っていられない。
兄は、机の引き出しから発信器を取り出した。押入れの中から小さな旅行用のバッグを引っ張り出し、発信器と新しいタオルを何枚か詰める。中に入れたまま発信器から電波を飛ばせるようにバッグは改良されていた。
万が一のことを考えて作った落下物から頭部を保護するための特殊な帽子を被り、粉じん避けと変装道具を兼ねたフレームを加工した眼鏡とマスクを装着する。
「オレも行くよ」カズが立ちあがった。
そんな弟を、兄が手で制した。
「お前は、ここにいてくれ」
「なんで?」
「報道を見ていて欲しいんだ。今からだと、日銀に電波の届くところまで移動するのに三十分以上はかかる。その間に、日銀に仕掛けた爆弾が発見されるかもしれない。それ以外の動きもあるかもしれないだろう? 何か動きがあったときは、すぐに連絡して欲しいんだ」
「もし、日銀の爆破に成功したら、すぐに報道されるだろうね」
「センセーショナルにな」
兄は笑った。
プラスチック爆弾は、ダイナマイトの何倍もの威力がある。日銀の建物が全壊するのはもちろんのこと、周辺の建物にも甚大な被害が及ぶのは間違いない。
この時間でも、建物に出入りする人間や周囲を行き来する人間はそれなりにいるはずだ。
兄の胸に小さな痛みが走った。路上に、人の遺体や手足が散らばっている様子を想像したからだ。
兄は、自らを戒めるように意志の力で痛みを振り払った。
「期限前だけど仕方がないよね?」カズが、呟くように口にする。彼も、胸のどこかで痛みを覚えているのだろう。
「仕方がないだろう……」
兄は、衣服を着替えながら、頭の中で考えた。
政府に、内閣総辞職を求める脅迫状が届いたことはすでに報道された。
脅迫状では、二週間の猶予を政府に与えた。
自分たちで設定した猶予期間が過ぎないうちに爆破させたということで、自分たちが卑劣な人間であるというレッテルを貼られることは避けられないが、武器を一つ失うリスクも大きい。
ここは、発見されるのが時間の問題となっている武器を有効に使うべきである。爆弾の威力を政府と国民に知らしめ、まだまだ他にも仕掛けてあることを仄めかしながら政府への要求を続け、退けられるたびに爆弾のスイッチを押すべきである。
自分たちは、この国と国民に対して復讐するためにここまで頑張って来たのだ。
兄は、弟のカズに思いを伝えた。
「オレも、兄貴と同じ考えだよ」カズが、安心したような表情を浮かべた。
着替えを済ませた兄は、バッグを手にした。さして大きくもないバッグが重たく感じた。発信器のボタンを押すことの重さであった。
「行ってくる」
「気をつけてね」
カズは、靴を履き終えた兄に声をかけた。
「一時間後に、テレビにどのような映像が流れるか楽しみだな」笑みを浮かべ片手を上げた兄が背を向けた。静かに玄関の扉を開き、通路に出ていく。
兄の背中を見送ったカズは、そっと玄関の鍵を閉めた。
そんなカズの頭の中で、嫌な予感が広がっていた。
カズは、自分の目と耳を疑った。
毎週楽しみに見ているバラエティ番組のテレビ画面が、突然、報道センターからの速報に切り替わった。
アナウンサーが、緊張の面持ちで手にした原稿を読み上げた。国会議事堂内と防衛省内に爆弾が仕掛けられていたという報道だった。アナウンサーは、繰り返しプラスチック爆弾という言葉を口にした。
二カ所とも、兄が仕掛けた爆弾だった。
(どうなっているんだ?)カズは、不安にさいなまれた。
兄は、自信ありげに「見つかる心配はない」と口にしていた。
建物の一階にあるトイレが一番仕掛けやすく発見されにくく効果的だと言った兄の言葉に、自分も納得した。
なるほどなあと思った。
建物の一階部分に爆弾を仕掛ければ、エネルギーの発散が最大になることで建物全体が破壊され、被害は周囲にも波及する。
また、公共施設の一階部分というのは、施設の見学者やその他一般の来訪者たちが出入りする場所であるため、不審がられない。
さらに、トイレというスペースは、その場所を使う人間しか出入りせず、目的を済ませばすぐに移動するため、便器や洗面台の裏側などは人目に付くことがない。
爆弾には念のために薄い防水膜をかぶせておいたが、便器や洗面台の裏側は汚れが目立つ部分ではないため掃除の手が行き届かないことが多く、仕掛ける場所としては最適であった。
おまけに、プラスチック爆弾の色は、便器や洗面台の色と同化して見分けがつきにくい。
警察は、爆弾が仕掛けられているとしてもダイナマイトだという頭でいるはずであり、万が一にも発見されるはずはなかったのだ。
カズは、テレビのチャンネルを変えた。
どの局も速報を伝えていた。爆弾が見つかった経緯の詳細については報道されていない。情報が錯そうしているのだろう。
カズは、手元のスマートフォンを手に取った。電話帳から、兄の電話番号を呼び出す。
兄とは、いつもはLINEかメールでやり取りをしており直接電話で話をすることはめったになかったのだが、今回は、迷わず電話で連絡した。
何度目かの呼び出し音の後に、兄が電話に出た。
「もしもし、兄貴。ヤバいことが起きている」
「わかっている。テレビのことだろう」
兄の声は落ち着いていた。
「兄貴も、見たのか?」
「ああ。さっきテレビを付けたら、どの局も、オレたちが仕掛けた爆弾のことをやっていたよ」
「どうする?」
「うーん……」
兄は、押し黙った。懸命に考えを巡らせている気配が電話の向こう側から伝わってきた。
「オレも、今さっき知ったばかりだから、正直考えは浮かんでいない。ただ、見つかったという報道がされているだけで詳細がわからないから、今結論を出すのは難しい。様子を見ながら考えようと思っている」
「でも、絶対に見つかるはずのないものが見つかっちゃったんだぜ! のんびりとはしていられないんじゃないのか?」
「のんびりするつもりなんてないよ。でもな、カズ、見つかったのは二カ所だけだ。後の五カ所は、見つかったという報道はされていない。おそらく、想定外の偶然が重なったのだと思う」
「そうなのかもしれないけど。でも、早急に対策を考えなきゃ。兄貴、オレ今からそっちへ行くよ」
「そうだな。状況も刻一刻と変化していくと思うから、オレたちも状況を見ながら対策を考えよう」
二人は、対応を練ることにした。
電話を終えたカズは、財布と家の鍵、スマートフォンをジーンズのポケットに突っ込み、玄関へと急いだ。
そんなカズの目に、壁に張ったカレンダーの数字が飛び込んできた。
太い丸印で囲った九日後の日付が目の前に浮かび出てきた錯覚をカズは覚えた。
2.
兄は、十年前の記憶を思い起こしていた。消したくても消すことのできない、忘れたくても忘れ去ることのできない忌まわしい記憶だった。尊敬してやまない両親の顔が、頭の中に浮かんできた。
兄は、にぎりしめた拳を震わせた。
(絶対に、仕返しをしてやる! 両親を死に追いやり、オレたちまでをも破滅に追い込んだこの国に、国民に、仕返しをしてやる)十年間、温め続けて来た思いであった。
両親が濡れ衣を着せられ、世間から後ろ指を刺され、この世を去った後、やむなく勉学への道を閉ざされた兄弟に待ち受けていたものは、想像を絶するようないばらの道であった。
この国では、働き口を見つけるのにも住まいを探すのにも、公に証明された己の身分を明かすことと身元の保証をしてくれる第三者の存在が求められる。証明される身分の中には、過去の生い立ちや両親の名前も含まれている。
この国の国民は、差別意識が強い。寄ってたかって弱い者いじめをするのが好きだという特徴もある。
両親が、当時の国と国民たちから死に追いやられた事件は、センセーショナルに報道された。
両親の死によりマスコミによる報道は治まったが、人々の記憶から消えてなくなったわけではない。両親の死後は、その子どもである兄弟が悪のレッテルを引き継いだ。
周囲からの冷たい視線に耐えきれずに大学を中退した兄だったが、学ぶことをあきらめてはいなかった。ほとぼりが冷めるのを待った後に大学に入り直そうと考えていた。技術者か研究者になるという夢も持ち続けていた。
しかし、世間は、兄弟のことを受け入れてはくれなかった。
再起に向けてお金を貯めようと考えたのだが、まともな働き口を得ることはできなかった。
それだけではなく、どん底から這い上がろうとする兄弟に対して冷たい視線を向け続けた。
世間からの冷たい仕打ちに、兄の心は腐っていった。いつしか、再起をかけようという思いが、この国と国民に対して復讐しようという思いへ変化していった。
血を分けた弟も、同じ思いでいた。むしろ、若くて情熱的な弟のほうが気持ちを熱くしていた。
それにより、兄弟の絆が一段と強まった。
そして、兄弟は固い約束を交わした。この国と国民に対して復讐をするという約束だった。無念な思いを抱いたままこの世を去った両親も、自分たちに対して期するものがあるはずだ。
兄弟は、互いに傷口をなめ合いながら、復讐に対する炎を燃え上がらせるために、この国と国民のことを憎み続けた。
両親と自分たちは、この国と国民のせいで破滅に追い込まれた。だから、今度は自分たちがこの国と国民を破滅に追い込む番なのだ。
兄弟は、復讐の方法を考え続けた。
真っ先に、爆弾を使うという発想が浮かんできた。自分たちの持つ知識や技術を生かせるからだ。
小型の核爆弾を作り、東京や大阪などの大都市で爆発させようということを考えた。自分たちで作れるはずだと思っていた。
しかし、その考えは非現実的であることに気がついた。
核爆弾を作るためは、莫大な費用と特殊な設備が必要となる。そして何よりも、自分たちが被害に巻き込まれてしまう危険があった。復讐によって国と国民が破滅に追い込まれていく様子を自分たちの目で確認しなければ意味がない。
そのような中浮かんできたのがプラスチック爆弾だった。
作るために必要な費用も自分たちで賄える範囲であり、特殊な設備も必要としない。遠くから爆破させれば、自分たちが被害に遭う心配もない。
加えて、ダイナマイトよりも数倍威力が強く持ち運びが容易であった。どのような形状にも加工でき、周囲の物と同化させることが可能である。
兄弟の間で、プラスチック爆弾を使った復讐計画が立てられた。
兄弟は、肉体労働で金を稼ぎ、爆弾の材料や起爆装置に必要な資材を買いそろえた。日本で手に入りにくい物は海外で手に入れた。
そうして、七カ所分の施設を破壊しつくすだけの量の爆薬と起爆装置を作り上げた。
二人が復讐を決意してから八年の月日が流れていた。
3.
兄の部屋に、弟のカズがやってきた。
ビールが飲みたいという弟に、兄は、冷蔵庫から六本入りの缶ビールのケースとチーズを取り出し、二人の間に置いた。
カズは、乱暴にケースの紙を破り、手にした缶のふたを開け、勢いよくビールを飲み干した。喉がカラッカラに渇いていた。
「爆弾が発見された経緯、わかった?」カズは、テレビに向けた視線を兄に戻した。つけっぱなしにしてあるテレビの画面は、ニュース特番を流し続けていた。
「いや。そのことは、まだ何も報道されていない。だけど、内閣官房長官あてに脅迫状が届いていたことは報道されたよ」
「始めから報道すれば良かったのに……。それよりも、爆弾は警察が見つけ出したのかな?」
「それはないと思う。そのために、わざと内閣府に仕掛けたダイナマイトを発見させたんだから。それに、日本ではプラスチック爆弾はなじみが薄い。プラスチック爆弾が仕掛けられているという前提で警察が捜査をしていたとは、オレには到底思えない」
兄には、自信があった。
自分の知る限り、日本の犯罪史にプラスチック爆弾という種類が登場したことはない。
さらに、プラスチック爆弾は、どのような形にも変えられる。どこにどのような形状で仕掛けられているのかがわからないことに対して、警察が力を割くはずはないと考えていた。
その点、ダイナマイトであれば形状もはっきりとしており、仕掛けられる場所もある程度限定できる。
「じゃぁ、なんで?」カズは、頭をかきむしった。彼は、納得のいかないことをそのままにしておくことが苦手な性格だった。
「警察が見つけたのでなければ、偶然に見つかったのだとしか考えられない」
「両方とも、トイレだったよね? 便器の裏側と洗面台の裏側」
「ああ」
「清掃員が発見したのかな?」
「絶対にないとは言い切れないけど、まず違うと思う。確かに、あうゆう公共の建物のトイレは毎日清掃が入るみたいだけど、飲食店などと同じで人目につく場所をきれいにすることが目的だから、人目につかないあのような場所を念入りに掃除することは、基本的にないはずだ。事前に入手した似たような施設のトイレ清掃マニュアルをカズも見ただろう? 利用者の迷惑にならないように、人目につくところの清掃を手早く済ますという内容で、どれも作られていたじゃないか? 便器の裏側や洗面台の裏側などの清掃手順を書いたマニュアルなんて、あったか?」
「いや、なかった」
カズは、兄に見せられたマニュアルの内容を思い返した。
「残りの五つは、大丈夫なのかな?」カズの頭から不安が拭えない。
「もし警察が国の主要な建物の一階部分のトイレに的を絞って捜査を行ったら、警察庁と日銀に仕掛けた爆弾は見つけ出される可能性はあるな。後の三つは大丈夫だろう」
「どうする? 警察庁と日銀、先に潰しておくか?」
「そうだな……」
兄は、思案した。
最終的には、全ての爆弾を爆発させるつもりでいた。
しかし、ただ主要な施設を破壊し人的な被害を出しただけでは面白くない。国民全体に向けられたメッセージであることを知らしめ、国中を恐怖に陥れ、そのような雰囲気の中で大規模な爆破を繰り返して国を破壊していくことが、自分たちの考える復讐だったからだ。
そのために、政府に対して二週間もの猶予を設けた上で事態を回避するための選択肢を与えてあげたのに、何ら手を打たず、その結果国民に甚大な被害が生じたという状況を作りたかったのだ。猶予期間も、あと九日間残っている。
しかし、これ以上仕掛けた爆弾が発見されるという事態も避けたい。
兄は、内心焦りを感じていた。
兄は、テレビの画面に視線を向けた。つられたようにカズも画面に視線を向ける。
テレビは、相変わらず同じような内容の報道を繰り返していた。
各分野の専門家と称する人間を集め、事件の背景にあるものを討議しているチャンネルもあった。
専門家たちが口にする見解は、いずれも的外れな内容だった。同時に、国民に不安を植え付ける見解でもある。
「とりあえず、もう少し様子見するか?」兄は、カズに言った。
「そうしたほうがいいのかな」カズが頷く。
しかし、次の瞬間、テレビの画面に兄弟の決断を揺るがすニュース速報が流れた。
4.
『たった今入ってきた情報によりますと、中央合同庁舎第二号館の一階トイレからプラスチック爆弾らしきものが発見されました。現在、警視庁が、国会議事堂と防衛省で発見されたものと同一のものであるかどうかを確認中であるということです。繰り返しお伝えします……』
テレビの報道が緊迫した。討論会の様子を映した映像から、現場の緊迫した様子を映し出す映像へと切り替わった。
兄弟は、顔を見合わせた。
「兄貴……」
「様子見している場合じゃないな」
警察が、的を絞ってプラスチック爆弾を見つけるための捜査を行っている可能性が極めて高まった。
このままだと、日銀に仕掛けた爆弾が発見されるのも時間の問題だ。
兄は、テレビ画面の時刻表示を見た。時刻は午後八時前であった。
本当は人の行き来や活動が一番活発な昼間の時間帯に爆発させたかったのだが、悠長なことは言っていられない。
兄は、机の引き出しから発信器を取り出した。押入れの中から小さな旅行用のバッグを引っ張り出し、発信器と新しいタオルを何枚か詰める。中に入れたまま発信器から電波を飛ばせるようにバッグは改良されていた。
万が一のことを考えて作った落下物から頭部を保護するための特殊な帽子を被り、粉じん避けと変装道具を兼ねたフレームを加工した眼鏡とマスクを装着する。
「オレも行くよ」カズが立ちあがった。
そんな弟を、兄が手で制した。
「お前は、ここにいてくれ」
「なんで?」
「報道を見ていて欲しいんだ。今からだと、日銀に電波の届くところまで移動するのに三十分以上はかかる。その間に、日銀に仕掛けた爆弾が発見されるかもしれない。それ以外の動きもあるかもしれないだろう? 何か動きがあったときは、すぐに連絡して欲しいんだ」
「もし、日銀の爆破に成功したら、すぐに報道されるだろうね」
「センセーショナルにな」
兄は笑った。
プラスチック爆弾は、ダイナマイトの何倍もの威力がある。日銀の建物が全壊するのはもちろんのこと、周辺の建物にも甚大な被害が及ぶのは間違いない。
この時間でも、建物に出入りする人間や周囲を行き来する人間はそれなりにいるはずだ。
兄の胸に小さな痛みが走った。路上に、人の遺体や手足が散らばっている様子を想像したからだ。
兄は、自らを戒めるように意志の力で痛みを振り払った。
「期限前だけど仕方がないよね?」カズが、呟くように口にする。彼も、胸のどこかで痛みを覚えているのだろう。
「仕方がないだろう……」
兄は、衣服を着替えながら、頭の中で考えた。
政府に、内閣総辞職を求める脅迫状が届いたことはすでに報道された。
脅迫状では、二週間の猶予を政府に与えた。
自分たちで設定した猶予期間が過ぎないうちに爆破させたということで、自分たちが卑劣な人間であるというレッテルを貼られることは避けられないが、武器を一つ失うリスクも大きい。
ここは、発見されるのが時間の問題となっている武器を有効に使うべきである。爆弾の威力を政府と国民に知らしめ、まだまだ他にも仕掛けてあることを仄めかしながら政府への要求を続け、退けられるたびに爆弾のスイッチを押すべきである。
自分たちは、この国と国民に対して復讐するためにここまで頑張って来たのだ。
兄は、弟のカズに思いを伝えた。
「オレも、兄貴と同じ考えだよ」カズが、安心したような表情を浮かべた。
着替えを済ませた兄は、バッグを手にした。さして大きくもないバッグが重たく感じた。発信器のボタンを押すことの重さであった。
「行ってくる」
「気をつけてね」
カズは、靴を履き終えた兄に声をかけた。
「一時間後に、テレビにどのような映像が流れるか楽しみだな」笑みを浮かべ片手を上げた兄が背を向けた。静かに玄関の扉を開き、通路に出ていく。
兄の背中を見送ったカズは、そっと玄関の鍵を閉めた。
そんなカズの頭の中で、嫌な予感が広がっていた。
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※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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