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第12章 防御
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1.
警察庁の畠山から中央合同庁舎第二号館の一階トイレからプラスチック爆弾が発見されたという連絡を受けた宗像は、やはりという思いとともに、体内に戦慄が走った。
勘だけで建物の中を調べたほうがよいのではと意見をしたのだが、今回の勘に関しては当たっているのではないかという思いが強かったからだ。
子供のころから勘が鋭く、当たるだろうと思っていた勘は高い確率で的中していた。
上からは勘に頼る捜査はやるなとくぎを刺されていたが、宗像は、捜査を行う上での貴重な武器だと思っていた。
直属の上司も、そのことを認めてくれている。畠山も、自分の勘から口にした意見を受け入れ、すぐに行動を起こしてくれた。
爆破を未然に防げたことは何よりだったが、同時に、他にも爆弾が仕掛けられている建物があるのではないかという思いが強くなっていた。
警視庁の建物からは爆弾は発見されなかったが、国会議事堂と防衛省、そして警察庁の入る建物の三カ所から爆弾が見つかった。いずれも国の重要施設であり、国家機能の中枢を担っている。
犯人の人物像や犯行の目的についてはいまだ不明であったが、もっと政府が危機感を強くして全力で対応する必要があるのではないかと宗像は感じていた。
「宗像くん。ちょっといいかな」机の上に広げた捜査資料を整理していた宗像は、名前を呼ばれた。呼んだのは、捜査一課長の久本だ。宗像にとって、上司の上司にあたる人物である。
一見温厚そうに見えるが、芯は強い。妥協することを嫌う現場の指揮官であった。
上からの圧力にも屈しない姿勢を、宗像は尊敬していた。
「これから、私と一緒に部長室へ行ってくれないか」
「部長室へ、ですか?」
宗像の表情が曇った。
刑事部長が、自分のような一介の刑事に対してどのような用事があるというのだろうか。強引な捜査を行ったことに対して、お叱りがあるのだろうか。まさか、懲罰ってことはないだろうな。
宗像は、不安に駆られた。
捜査一課長の久本と宗像は、刑事部長室に入った。
「まぁ、座りたまえ」刑事部長の土橋は、手前のソファーを指し示した。
刑事部長室の中央部分に来客用のテーブルがあり、テーブルを挟むようにソファーが配置されていた。
久本と宗像は、並んで片側のソファーに座った。土橋が、反対側のソファーに座る。
「連続爆破未遂事件は、あれから、何か新しいことがわかったのかね?」土橋が、久本に確認した。
「いえ。昨日部長に報告した内容からは進展はありません」久本が状況を説明した。
「そうか……。また、何か新しい動きがあったらすぐにでも報告してくれ。それで、今日二人に来てもらったのは、その連続爆破未遂事件に関して相談したいことがあるからなんだ」
刑事部長の発言に、宗像は首をひねった。
連続爆破未遂事件は、特殊犯捜査チームが担当しているはずだ。強行犯捜査担当の自分は、捜査には係っていない。
宗像は、自分が呼ばれた理由がわからずにいた。
「実は、内閣府から要請があった。まだ爆弾が仕掛けられているという認識のもとで対策を打つという政府の方針が固まったということであり、どのような対策を打つべきかということについて意見を聞きたいということだ。宗像くん。確かキミは、警察庁の人間に対して爆弾が仕掛けられている可能性が高いから調べるようにと意見をしたそうだな。おかげで未然に防ぐことができたわけなのだが。なんでも、キミは優れた勘の持ち主だと聞いている。ついてはだな、これから私と一緒に内閣府に出向いて、意見をしてほしいのだよ」
「しかし、私は特殊犯捜査チームの人間ではありませんし、捜査状況も正確に把握しているわけではありません」
「捜査状況の説明をしてくれと言っているわけではない。今回の件で、思うところを口にしてくれればいいんだ。正直、我々も事件の全容をつかめていない。そういうときこそ、勘に頼ることがあってもよいのだと思う。先方も、警察の意見を聞きたいと言っているのだし」
「しかし……」
「特殊犯捜査チームに対する遠慮などいらんよ。そのために、捜査一課長にも同席してもらっているんじゃないか」
宗像は、思いもよらぬ形で連続爆破未遂事件の解決に協力することになった。
2.
宗像は、刑事部長の土橋と二人で、鷲尾内閣官房長官と藤森大臣官房長に面会することになった。
内閣官房長官室に足を踏み入れた宗像を緊張が襲った。
鷲尾が、土橋に捜査状況の報告を求めた。
捜査は、膠着していた。公安部の協力も得ながら広く情報を集め捜査を展開していたのだが、犯人像は全くつかめていない。
犯行動機についても不明だった。内閣総辞職の要求が真の目的ではないだろうという見解は持ち合わせていたが、犯人の狙いというものが見えてこない状況だった。
土橋の説明に、鷲尾と藤森は物足りなさそうな表情を浮かべた。
そんな中、藤森が、土橋に宗像が同席している理由を問うた。
それに対して、土橋が、宗像の勘が捜査の役に立っていることを伝えたうえで、今の段階で意見をするのにふさわしい人間だという意見を口にした。
鷲尾と藤森の視線が、宗像に注がれた。
「あなたは、犯人の目的は、どのようなことだと考えられていますか?」
鷲尾から問われた宗像は、頭の中で考えをまとめた。
宗像自身は、犯行動機は、国や政府に対する不満のようなものだと感じていた。それも、何らかの主義主張を通すための脅しとして爆弾を仕掛けたのではなく、国や政府に対して混乱を与える目的で爆弾を仕掛けたのではないかと考えていた。
すでに、三カ所から爆弾が見つかっている。それも、ダイナマイトよりも破壊力の大きいプラスチック爆弾である。もし爆発していたら、仕掛けられた建物が崩壊するのはもちろんのこと、周辺の建物も被害に遭う。人的な被害も計り知れない。
最初にダイナマイトを発見させたところにも、混乱を与えたいという犯人の意思を感じ取っていた。
宗像は、自分の考えを口にした。
「内閣総辞職の要求は、カモフラージュだと思われるのですか?」藤森が追及してきた。
「だと思っていますが」
「ということは、今後、さらなる要求をしてくると」
「政府としては、内閣総辞職の要求に応えるつもりなどないのですよね?」
「当然ですよ。どの世界に、脅されて内閣を総辞職する政府があるのですか」
藤森が、語気を強めた。
「あなたは、犯人は、国や政府に対して混乱を与える目的で爆弾を仕掛けたのではないかと言われましたが、なぜすぐに爆破させないのですかね? それとも、爆弾が仕掛けられていたのは三カ所だけで、全部見つけられてしまったから、これ以上は手を出せずにいるのですかね?」
「私は、爆弾はほかにも仕掛けられていると考えています。なぜすぐに爆破させないのかということですが、恐怖心をあおったうえで混乱を大きくさせようという目的で、このような脅迫状を送り付けたのだと思っています」
宗像は、持参した脅迫状のコピーを広げ、爆破期限が書かれた部分を指さした。
「警視庁としても、爆弾はほかにも仕掛けられていると考えています」土橋も宗像の発言を補足した。
「ということは、内閣総辞職要求の期限が切れた段階で、犯人は、どこかに仕掛けた爆弾を爆破させるということですか?」藤森が、壁のカレンダーに目をやった。犯人が指定した期日が、大きく丸印で囲ってある。
「我々も、まだ爆弾が仕掛けられているという前提のもとで、早急に対策を講じたいと考えているのですよ。しかしながら、犯人が設定した期限まで日がないので、大掛かりなことはできない。よって、仕掛けられていそうな施設を特定した上で、やれる範囲のことをやりたいと考えています。爆弾が仕掛けられていそうな施設やどのような形で仕掛けられているのかに関して、考えておられることがあるのであれば意見をしてもらえませんかね」
鷲尾が、土橋と宗像に視線を送った。
宗像は、土橋の顔を窺った。それに対して、土橋が言いたいことがあるのなら遠慮なく口にしろと目で言葉を返してきた。
「あくまでも、私個人の考えとして聞いていただきたいのですが」宗像は、鷲尾と藤森に視線を向けた。
「爆弾が仕掛けられている施設は、国の重要施設だと考えています。国家機能の中枢を担っているような施設です。今までに見つかった三件と同じように、建物の一階部分に仕掛けられている可能性が極めて高いと考えます。公共スペースが多いため仕掛けやすいですし、建物や周辺施設に対する破壊効果を大きくするうえでも一階部分が効果的だからです。それから、犯人は、爆弾に関する高度な専門知識を持ち合わせた人間であることも間違いないはずです。三つの爆弾から起爆装置が発見されましたが、非常に高性能な内容でした。おそらく、遠方からでも起爆できるようになっているのでしょう。なので、建物に対して有害電波の遮断対策を施すことが効果的なのではないかと考えています。国の重要施設がある場所の大半は、ビルが乱立し障害物も多いですから、遠方からの操作になればなるほど建物に届くときの電波の力が弱まり、遮断効果も高くなるのではないでしょうか」
宗像が口にした意見に対して、土橋が「私も、同じように考えています」と言葉を重ねた。
3.
土橋と宗像から意見を聞いた政府は、さっそく行動に出た。
犯人から送られてきた爆破の期限まで、今日を含めて八日間しかなかったからだ。
爆弾が仕掛けられている場所がわからない以上、完璧な対応を図ることはできないが、国の主だった施設に対して外部からの電波を遮断する対策を施すことは可能である。
というよりも、政府として、やれるだけのことを行うべきである。
首相の了解を得た内閣官房長官の鷲尾は、大至急、電波遮断技術に関する専門家をピックアップすることを部下に命じた。
連絡のついた人間に対して、鷲尾自らが政府としての考えを伝えたうえで、緊急会議への参加を要請した。
その結果、複数の専門家が政府との緊急会議に参加することになった。
中央工科大学工学部電気通信工学科教授の北原のもとへも、内閣府からの連絡が届いた。
国の重要施設三カ所にプラスチック爆弾が仕掛けられていたというニュースは、北原も注目していた。
爆弾を爆発させるやり方は、直接導火線に火をつける方法以外にも時限装置や衝撃の付与、遠隔操作による電波送信で起爆させる方法があるが、今回のケースは、起爆装置が見つかっているため、発信器を使った遠隔操作で爆発させるつもりであることに間違いはなかった。
そうであれば、自分が研究している電磁波のシールド技術が役に立つはずである。
現在電磁シールドに関する特殊フィルタの開発が進んでおり、建物全体をシールドしなくても、電波の通り道となる部分にフィルタを設置することで建物内部への電波の侵入を遮断することが可能になっていた。
その技術に関する特許も取得されており、北原もそれに関する技術内容に精通していた。
内閣府からの要請を受けた北原は、二つ返事で緊急会議への参加を承諾した。
電波遮断技術に関する専門家集めと並行して、外部電波の遮断対策を施す対象施設の選定も行われていた。
国の重要施設といっても、その数は計り知れないほどある。
一つの建物に対策を施すのにどの程度の時間を要するのかは専門家たちの話を聞いてみなければわからないが、依頼してすぐにできるというものではないはずだ。
材料や備品、技術者を集めるのに一定の時間を要するはずである。そもそも、すぐに稼働できる材料や備品、技術者の数にも限度があるだろう。
よって、対象施設の洗い出しを行ったうえで優先順位を決定する必要があった。
鷲尾は、爆弾を仕掛けた目的が、国や政府に対して混乱を与えることにあるのだという警視庁の見解に賛成だった。犯人は、政治や経済、行政、治安の機能を麻痺させるつもりでいるのだろう。
その考えの基に、鷲尾以下内閣府の主だったメンバーが、狙われている可能性があると考えられる施設をピックアップした。独立した機能を持ち国家運営に対して大きな影響を与える施設に関しては、東京以外にあるものもピックアップした。
その数は、三百施設にも及んだ。
その後、優先順位をつける作業に移る。
建物が爆破された場合、どのような事態が生じるのかをシミュレーションした上で、失われるものの重要度や混乱の度合い、回復するまでの期間やコストなどを感覚的に試算した。
優先順位をつけるといっても明確な順位をつけることは難しかったため、鷲尾たちは、ピックアップした施設を、AからGまでの七つグループに分類した。Aグループに属する施設の優先順位が最も高く、以下B、C、D、E、F、Gの順で優先順位が低くなっていく。
Aグループの中には、日本銀行と霞が関ビルディングも含まれていた。
4.
警視庁の土橋と宗像が意見をした日の翌日、内閣府内で、電波遮断技術の専門家を交えた緊急会議が行われた。
専門家は、北原以外に、大学関係者二名とゼネコン関係者三名がいた。
連続爆破未遂事件に対する政府の対応方針や緊急会議の目的が犯人の指定した期限内に国の重要施設に電磁シールドを施すための計画を立てることだと知ったうえでの会議参加であったため、専門家たちは、あらかじめ政府に伝えたい情報や持論を用意してきていた。
初対面の挨拶もそこそこに、会議が始まった。
会議の中で、ゼネコン関係者たちが、電磁シールドに関する特殊フィルタの設置に関して、実用化されている技術内容をわかりやすく説明した。設置作業を行う段取りや工程、費用についても、具体的に説明する。
北原たち大学関係者は、特殊フィルタの設置によって遠隔操作による発信電波の遮断効果が得られる根拠を説明した。
特殊フィルタによる電波遮断効果に関しては、学会で発表するために北原が進めてきた研究成果にも通じるものがあった。
北原が得た研究成果は、電波の遮断効果に影響を与える導電性と透磁率を高めることに関するものであり、理論上効果を最大にする材料として使用する金属の化合比率についての結論を導き出していた。今回ゼネコン側が提案した特殊フィルタも、実用化されているものの中では最も導電性と透磁率が高いと思われる材料を使用していた。
北原は、それらのことをわかりやすく説明した。
北原の説明を聞いた内閣府のメンバーたちが、ゼネコン側の提案がベストであることに理解を示した。
内閣府側の理解と承認が得られたことを受けて、対象施設に対して、外部から発信される電波を遮断する対策を施すための計画の検討が行われた。
理想はすべての施設に対して対策を施すことだが、ゼネコン側のリソースや時間の関係上無理があった。
ゼネコン側からは、責任を持って対応できる範囲として、最も優先順位の高いAグループのみへの対応を主張した。北原たち大学関係者も、同様の見解であることを伝えた。
そのことを内閣府が了解し、Aグループの施設に対して外部から発信される電波を遮断する対策を施すための具体的な計画が立てられた。
会議の翌日から、電波を遮断するための工事が開始された。
工事は、建物の一階部分にプラスチック爆弾が仕掛けられているという前提で行われた。
そのため、低層階に影響を及ぼさない電波の通り道部分への電磁シールドフィルタの設置は行われないことになった。
工事の進捗状況を確認したゼネコン側は、改めて、Aグループに対しては、犯人が設定した期限内に工事が完了できることを約束した。
工事の進行と併せて、内閣府の中で、電波遮断工事を行っていることを公表するかどうかの検討が行われた。
さっそく、国民に対して安心を与えるために公表すべきであるという意見があがった。
それに対して、Aグループ以外の施設が爆破された場合に、政府への風当たりが強くなることを懸念する意見もあがった。
さらに、犯人が、公表されていない他の施設に爆弾を仕掛け爆破するという行動に出る可能性があることも指摘された。犯人を捕まえるチャンスを広げるために公表は差し控えるべきだという意見もあがった。
鷲尾自身も、後者の意見に賛成であった。
具体的な対策が何も取られていない様子を装ったほうが、犯人も油断するかもしれない。
油断することで犯人がぼろを出し、あるいは爆破前に政府を混乱させるためのさらなる行動に出ようと思わせることで、爆破までの時間を稼ぎ、犯人を捕まえるチャンスを広げることができる。
鷲尾は、公表を差し控えることを首相に提言することにした。
警察庁の畠山から中央合同庁舎第二号館の一階トイレからプラスチック爆弾が発見されたという連絡を受けた宗像は、やはりという思いとともに、体内に戦慄が走った。
勘だけで建物の中を調べたほうがよいのではと意見をしたのだが、今回の勘に関しては当たっているのではないかという思いが強かったからだ。
子供のころから勘が鋭く、当たるだろうと思っていた勘は高い確率で的中していた。
上からは勘に頼る捜査はやるなとくぎを刺されていたが、宗像は、捜査を行う上での貴重な武器だと思っていた。
直属の上司も、そのことを認めてくれている。畠山も、自分の勘から口にした意見を受け入れ、すぐに行動を起こしてくれた。
爆破を未然に防げたことは何よりだったが、同時に、他にも爆弾が仕掛けられている建物があるのではないかという思いが強くなっていた。
警視庁の建物からは爆弾は発見されなかったが、国会議事堂と防衛省、そして警察庁の入る建物の三カ所から爆弾が見つかった。いずれも国の重要施設であり、国家機能の中枢を担っている。
犯人の人物像や犯行の目的についてはいまだ不明であったが、もっと政府が危機感を強くして全力で対応する必要があるのではないかと宗像は感じていた。
「宗像くん。ちょっといいかな」机の上に広げた捜査資料を整理していた宗像は、名前を呼ばれた。呼んだのは、捜査一課長の久本だ。宗像にとって、上司の上司にあたる人物である。
一見温厚そうに見えるが、芯は強い。妥協することを嫌う現場の指揮官であった。
上からの圧力にも屈しない姿勢を、宗像は尊敬していた。
「これから、私と一緒に部長室へ行ってくれないか」
「部長室へ、ですか?」
宗像の表情が曇った。
刑事部長が、自分のような一介の刑事に対してどのような用事があるというのだろうか。強引な捜査を行ったことに対して、お叱りがあるのだろうか。まさか、懲罰ってことはないだろうな。
宗像は、不安に駆られた。
捜査一課長の久本と宗像は、刑事部長室に入った。
「まぁ、座りたまえ」刑事部長の土橋は、手前のソファーを指し示した。
刑事部長室の中央部分に来客用のテーブルがあり、テーブルを挟むようにソファーが配置されていた。
久本と宗像は、並んで片側のソファーに座った。土橋が、反対側のソファーに座る。
「連続爆破未遂事件は、あれから、何か新しいことがわかったのかね?」土橋が、久本に確認した。
「いえ。昨日部長に報告した内容からは進展はありません」久本が状況を説明した。
「そうか……。また、何か新しい動きがあったらすぐにでも報告してくれ。それで、今日二人に来てもらったのは、その連続爆破未遂事件に関して相談したいことがあるからなんだ」
刑事部長の発言に、宗像は首をひねった。
連続爆破未遂事件は、特殊犯捜査チームが担当しているはずだ。強行犯捜査担当の自分は、捜査には係っていない。
宗像は、自分が呼ばれた理由がわからずにいた。
「実は、内閣府から要請があった。まだ爆弾が仕掛けられているという認識のもとで対策を打つという政府の方針が固まったということであり、どのような対策を打つべきかということについて意見を聞きたいということだ。宗像くん。確かキミは、警察庁の人間に対して爆弾が仕掛けられている可能性が高いから調べるようにと意見をしたそうだな。おかげで未然に防ぐことができたわけなのだが。なんでも、キミは優れた勘の持ち主だと聞いている。ついてはだな、これから私と一緒に内閣府に出向いて、意見をしてほしいのだよ」
「しかし、私は特殊犯捜査チームの人間ではありませんし、捜査状況も正確に把握しているわけではありません」
「捜査状況の説明をしてくれと言っているわけではない。今回の件で、思うところを口にしてくれればいいんだ。正直、我々も事件の全容をつかめていない。そういうときこそ、勘に頼ることがあってもよいのだと思う。先方も、警察の意見を聞きたいと言っているのだし」
「しかし……」
「特殊犯捜査チームに対する遠慮などいらんよ。そのために、捜査一課長にも同席してもらっているんじゃないか」
宗像は、思いもよらぬ形で連続爆破未遂事件の解決に協力することになった。
2.
宗像は、刑事部長の土橋と二人で、鷲尾内閣官房長官と藤森大臣官房長に面会することになった。
内閣官房長官室に足を踏み入れた宗像を緊張が襲った。
鷲尾が、土橋に捜査状況の報告を求めた。
捜査は、膠着していた。公安部の協力も得ながら広く情報を集め捜査を展開していたのだが、犯人像は全くつかめていない。
犯行動機についても不明だった。内閣総辞職の要求が真の目的ではないだろうという見解は持ち合わせていたが、犯人の狙いというものが見えてこない状況だった。
土橋の説明に、鷲尾と藤森は物足りなさそうな表情を浮かべた。
そんな中、藤森が、土橋に宗像が同席している理由を問うた。
それに対して、土橋が、宗像の勘が捜査の役に立っていることを伝えたうえで、今の段階で意見をするのにふさわしい人間だという意見を口にした。
鷲尾と藤森の視線が、宗像に注がれた。
「あなたは、犯人の目的は、どのようなことだと考えられていますか?」
鷲尾から問われた宗像は、頭の中で考えをまとめた。
宗像自身は、犯行動機は、国や政府に対する不満のようなものだと感じていた。それも、何らかの主義主張を通すための脅しとして爆弾を仕掛けたのではなく、国や政府に対して混乱を与える目的で爆弾を仕掛けたのではないかと考えていた。
すでに、三カ所から爆弾が見つかっている。それも、ダイナマイトよりも破壊力の大きいプラスチック爆弾である。もし爆発していたら、仕掛けられた建物が崩壊するのはもちろんのこと、周辺の建物も被害に遭う。人的な被害も計り知れない。
最初にダイナマイトを発見させたところにも、混乱を与えたいという犯人の意思を感じ取っていた。
宗像は、自分の考えを口にした。
「内閣総辞職の要求は、カモフラージュだと思われるのですか?」藤森が追及してきた。
「だと思っていますが」
「ということは、今後、さらなる要求をしてくると」
「政府としては、内閣総辞職の要求に応えるつもりなどないのですよね?」
「当然ですよ。どの世界に、脅されて内閣を総辞職する政府があるのですか」
藤森が、語気を強めた。
「あなたは、犯人は、国や政府に対して混乱を与える目的で爆弾を仕掛けたのではないかと言われましたが、なぜすぐに爆破させないのですかね? それとも、爆弾が仕掛けられていたのは三カ所だけで、全部見つけられてしまったから、これ以上は手を出せずにいるのですかね?」
「私は、爆弾はほかにも仕掛けられていると考えています。なぜすぐに爆破させないのかということですが、恐怖心をあおったうえで混乱を大きくさせようという目的で、このような脅迫状を送り付けたのだと思っています」
宗像は、持参した脅迫状のコピーを広げ、爆破期限が書かれた部分を指さした。
「警視庁としても、爆弾はほかにも仕掛けられていると考えています」土橋も宗像の発言を補足した。
「ということは、内閣総辞職要求の期限が切れた段階で、犯人は、どこかに仕掛けた爆弾を爆破させるということですか?」藤森が、壁のカレンダーに目をやった。犯人が指定した期日が、大きく丸印で囲ってある。
「我々も、まだ爆弾が仕掛けられているという前提のもとで、早急に対策を講じたいと考えているのですよ。しかしながら、犯人が設定した期限まで日がないので、大掛かりなことはできない。よって、仕掛けられていそうな施設を特定した上で、やれる範囲のことをやりたいと考えています。爆弾が仕掛けられていそうな施設やどのような形で仕掛けられているのかに関して、考えておられることがあるのであれば意見をしてもらえませんかね」
鷲尾が、土橋と宗像に視線を送った。
宗像は、土橋の顔を窺った。それに対して、土橋が言いたいことがあるのなら遠慮なく口にしろと目で言葉を返してきた。
「あくまでも、私個人の考えとして聞いていただきたいのですが」宗像は、鷲尾と藤森に視線を向けた。
「爆弾が仕掛けられている施設は、国の重要施設だと考えています。国家機能の中枢を担っているような施設です。今までに見つかった三件と同じように、建物の一階部分に仕掛けられている可能性が極めて高いと考えます。公共スペースが多いため仕掛けやすいですし、建物や周辺施設に対する破壊効果を大きくするうえでも一階部分が効果的だからです。それから、犯人は、爆弾に関する高度な専門知識を持ち合わせた人間であることも間違いないはずです。三つの爆弾から起爆装置が発見されましたが、非常に高性能な内容でした。おそらく、遠方からでも起爆できるようになっているのでしょう。なので、建物に対して有害電波の遮断対策を施すことが効果的なのではないかと考えています。国の重要施設がある場所の大半は、ビルが乱立し障害物も多いですから、遠方からの操作になればなるほど建物に届くときの電波の力が弱まり、遮断効果も高くなるのではないでしょうか」
宗像が口にした意見に対して、土橋が「私も、同じように考えています」と言葉を重ねた。
3.
土橋と宗像から意見を聞いた政府は、さっそく行動に出た。
犯人から送られてきた爆破の期限まで、今日を含めて八日間しかなかったからだ。
爆弾が仕掛けられている場所がわからない以上、完璧な対応を図ることはできないが、国の主だった施設に対して外部からの電波を遮断する対策を施すことは可能である。
というよりも、政府として、やれるだけのことを行うべきである。
首相の了解を得た内閣官房長官の鷲尾は、大至急、電波遮断技術に関する専門家をピックアップすることを部下に命じた。
連絡のついた人間に対して、鷲尾自らが政府としての考えを伝えたうえで、緊急会議への参加を要請した。
その結果、複数の専門家が政府との緊急会議に参加することになった。
中央工科大学工学部電気通信工学科教授の北原のもとへも、内閣府からの連絡が届いた。
国の重要施設三カ所にプラスチック爆弾が仕掛けられていたというニュースは、北原も注目していた。
爆弾を爆発させるやり方は、直接導火線に火をつける方法以外にも時限装置や衝撃の付与、遠隔操作による電波送信で起爆させる方法があるが、今回のケースは、起爆装置が見つかっているため、発信器を使った遠隔操作で爆発させるつもりであることに間違いはなかった。
そうであれば、自分が研究している電磁波のシールド技術が役に立つはずである。
現在電磁シールドに関する特殊フィルタの開発が進んでおり、建物全体をシールドしなくても、電波の通り道となる部分にフィルタを設置することで建物内部への電波の侵入を遮断することが可能になっていた。
その技術に関する特許も取得されており、北原もそれに関する技術内容に精通していた。
内閣府からの要請を受けた北原は、二つ返事で緊急会議への参加を承諾した。
電波遮断技術に関する専門家集めと並行して、外部電波の遮断対策を施す対象施設の選定も行われていた。
国の重要施設といっても、その数は計り知れないほどある。
一つの建物に対策を施すのにどの程度の時間を要するのかは専門家たちの話を聞いてみなければわからないが、依頼してすぐにできるというものではないはずだ。
材料や備品、技術者を集めるのに一定の時間を要するはずである。そもそも、すぐに稼働できる材料や備品、技術者の数にも限度があるだろう。
よって、対象施設の洗い出しを行ったうえで優先順位を決定する必要があった。
鷲尾は、爆弾を仕掛けた目的が、国や政府に対して混乱を与えることにあるのだという警視庁の見解に賛成だった。犯人は、政治や経済、行政、治安の機能を麻痺させるつもりでいるのだろう。
その考えの基に、鷲尾以下内閣府の主だったメンバーが、狙われている可能性があると考えられる施設をピックアップした。独立した機能を持ち国家運営に対して大きな影響を与える施設に関しては、東京以外にあるものもピックアップした。
その数は、三百施設にも及んだ。
その後、優先順位をつける作業に移る。
建物が爆破された場合、どのような事態が生じるのかをシミュレーションした上で、失われるものの重要度や混乱の度合い、回復するまでの期間やコストなどを感覚的に試算した。
優先順位をつけるといっても明確な順位をつけることは難しかったため、鷲尾たちは、ピックアップした施設を、AからGまでの七つグループに分類した。Aグループに属する施設の優先順位が最も高く、以下B、C、D、E、F、Gの順で優先順位が低くなっていく。
Aグループの中には、日本銀行と霞が関ビルディングも含まれていた。
4.
警視庁の土橋と宗像が意見をした日の翌日、内閣府内で、電波遮断技術の専門家を交えた緊急会議が行われた。
専門家は、北原以外に、大学関係者二名とゼネコン関係者三名がいた。
連続爆破未遂事件に対する政府の対応方針や緊急会議の目的が犯人の指定した期限内に国の重要施設に電磁シールドを施すための計画を立てることだと知ったうえでの会議参加であったため、専門家たちは、あらかじめ政府に伝えたい情報や持論を用意してきていた。
初対面の挨拶もそこそこに、会議が始まった。
会議の中で、ゼネコン関係者たちが、電磁シールドに関する特殊フィルタの設置に関して、実用化されている技術内容をわかりやすく説明した。設置作業を行う段取りや工程、費用についても、具体的に説明する。
北原たち大学関係者は、特殊フィルタの設置によって遠隔操作による発信電波の遮断効果が得られる根拠を説明した。
特殊フィルタによる電波遮断効果に関しては、学会で発表するために北原が進めてきた研究成果にも通じるものがあった。
北原が得た研究成果は、電波の遮断効果に影響を与える導電性と透磁率を高めることに関するものであり、理論上効果を最大にする材料として使用する金属の化合比率についての結論を導き出していた。今回ゼネコン側が提案した特殊フィルタも、実用化されているものの中では最も導電性と透磁率が高いと思われる材料を使用していた。
北原は、それらのことをわかりやすく説明した。
北原の説明を聞いた内閣府のメンバーたちが、ゼネコン側の提案がベストであることに理解を示した。
内閣府側の理解と承認が得られたことを受けて、対象施設に対して、外部から発信される電波を遮断する対策を施すための計画の検討が行われた。
理想はすべての施設に対して対策を施すことだが、ゼネコン側のリソースや時間の関係上無理があった。
ゼネコン側からは、責任を持って対応できる範囲として、最も優先順位の高いAグループのみへの対応を主張した。北原たち大学関係者も、同様の見解であることを伝えた。
そのことを内閣府が了解し、Aグループの施設に対して外部から発信される電波を遮断する対策を施すための具体的な計画が立てられた。
会議の翌日から、電波を遮断するための工事が開始された。
工事は、建物の一階部分にプラスチック爆弾が仕掛けられているという前提で行われた。
そのため、低層階に影響を及ぼさない電波の通り道部分への電磁シールドフィルタの設置は行われないことになった。
工事の進捗状況を確認したゼネコン側は、改めて、Aグループに対しては、犯人が設定した期限内に工事が完了できることを約束した。
工事の進行と併せて、内閣府の中で、電波遮断工事を行っていることを公表するかどうかの検討が行われた。
さっそく、国民に対して安心を与えるために公表すべきであるという意見があがった。
それに対して、Aグループ以外の施設が爆破された場合に、政府への風当たりが強くなることを懸念する意見もあがった。
さらに、犯人が、公表されていない他の施設に爆弾を仕掛け爆破するという行動に出る可能性があることも指摘された。犯人を捕まえるチャンスを広げるために公表は差し控えるべきだという意見もあがった。
鷲尾自身も、後者の意見に賛成であった。
具体的な対策が何も取られていない様子を装ったほうが、犯人も油断するかもしれない。
油断することで犯人がぼろを出し、あるいは爆破前に政府を混乱させるためのさらなる行動に出ようと思わせることで、爆破までの時間を稼ぎ、犯人を捕まえるチャンスを広げることができる。
鷲尾は、公表を差し控えることを首相に提言することにした。
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