妄想のススメ

makotochan

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終章

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 そこは、色とりどりの花が咲き誇っていた。透明な空気で覆われた花園が三百六十度広がっている。花園の中で、人々が集い談笑していた。
 この世から遠く離れた異次元の空間にある黄泉の国の光景であった。
 その一角で、輪になって話をしているグループがいた。輪の中心には、夫婦らしき男女の姿がある。
 彼らはみな、現世に生きる人間たちの守護霊であった。
 「何とか、無事に終わりましたね」一人の守護霊が、嬉しそうにほかの守護霊たちの顔を見回した。
 「いやぁ、本当に良かったですよ」別の守護霊が、相槌を打った。
 「それでも、私たちの澤田さんに対する罪が消えたわけではないわ」女の守護霊が、輪の中心にいる男女の守護霊に向って呟く。
 その言葉に、何人かの守護霊がうなだれた。
 「みなさん、表を上げてください。みなさんのおかげで、私たちの大切な息子が救われたのですから」輪の中心にいる男の守護霊が、全員の顔を均等に見渡しながら言葉を返した。
 「それよりも、首相には大変感謝をしております。素晴らしいアイデアを与えてくださったのですからね」
 彼は、ライオンの鬣のようなヘアースタイルをした男の守護霊に向って頭を下げた。
 「私には、日本の全国民を守護する義務がありますからな。それだけではない。私自身、澤田さんに対する罪を背負っていたのだから」
 「首相が、私たちに対してどのような罪を背負っていらっしゃったというのですか?」輪の中心にいる男の守護霊が首を傾げた。彼に寄り添うように腰を下ろしていた女の守護霊も首を傾げる。
 「A国への経済制裁ですよ。あれは、与党議員の中からも反対意見が多かったのだが、最終的には私が押し切ったのです。話し合いという外交手段があったのにもかかわらず。それが、澤田さんたちの運命を狂わせてしまったのですからな」首相と呼ばれた守護霊がうなだれた。
 「そんなことを言い出したら、政治的判断などできなくなるのではないですか? 私たちの運命が変わってしまったのは、私たちの力が不足していたからだと思っています」輪の中心にいる男の守護霊が、首相と呼ばれた守護霊をなだめた。
 「私は、首相に感謝をしていますよ。守護特権の良い使い道を示していただけたのですし、それによって、現世の人間たちを救うことができたのですからね」
 「息子の危機を救うこともできました。首相のアイデアがなかったら、私は息子を救うことができなかったかもしれません」
 「なによりも、澤田さんに対する罪滅ぼしができたことが、私たちにとっては嬉しいことですよ」
 周囲の守護霊たちも、続々と声をあげた。
 それらの言葉を耳にした首相と呼ばれた守護霊が、照れくさそうに頭をかいた。

 グループのメンバーは、和幸兄弟の両親と、和幸一家を地獄に突き落とす出来事に係ってきた人間たちだった。いずれも、この十年の間にこの世を去り、今は誰かの守護霊になっていた。
 当時の首相だった大泉は、A国への経済制裁を発動したことを悔いていた。それにより、苦しんだ国民がたくさんいたからだ。和幸の両親以外にも、自ら命を絶った国民がいた。
 引っ越し会社社員の真島大斗の守護霊になった彼の母親は、尻馬に乗っかる感覚で、周囲の人間に対して和幸の両親の悪口をしゃべりまくった。
 OA機器販売会社社員の川島義則の守護霊になった彼の叔母は、和幸の両親が経営していた会社の元従業員であり、マスコミの取材に対して、和幸の両親が異物を混入したようだという嘘の証言を行っていた。
 警視庁刑事の宗像義之の守護霊になった彼の伯父は、和幸の家の門前に動物の死骸を遺棄した。
 タクシードライバーの福本康夫の守護霊になった彼の叔父は、視聴率を稼ぐために、和幸一家を吊し上げる内容のテレビ番組の構成を企画した。
 大学教授の北原雄一郎の守護霊になった彼の姉は、和幸の家の門や壁に、両親のことを誹謗中傷するビラを貼り付けた。
 弁護士の結城彩菜の守護霊になった彼女の祖父は、世間の感情をあおるために、テレビカメラの前で思う存分和幸の両親の悪口を語った。
 彼らはみな、成仏するにあたって、和幸の両親に対して申し訳ないことをしたという思いにさいなまれていたのだ。
 そんな彼らの思いを知った大泉が、ある計画を立てた。守護霊になった者に与えられる守護特権を使うことで、現世で生きる人々を救い、加えて彼らの気持ちを楽にさせようという内容だった。
 守護特権とは、守護相手に将来降りかかる危機を一度だけ救うことのできる権利だった。すなわち、未来の出来事を未然に変えてしまうということだ。
 現世に悪影響を及ぼすような使い方は認められていないが、今回は、それぞれが守護している現世の人間の危機を救い、さらにそれ以外の人たちの危機も救うということで使用が認められた。
 大泉の計画とは、妄想をさせることで悪事を働こうとする人の行動を思いとどまらせ守護相手を救うというものだった。和幸兄弟の両親を取り囲んだ守護霊たちの詫びたいという気持ちが、それぞれの守護相手が和幸兄弟の計画を未然に防止する役割をも果たしていた。
 大泉の計画に賛同した守護霊たちが、現世の人間の肉体を借りて、妄想保険なるものをそれぞれの守護相手に提供していた。

 「澤田さんのご子息も捕まらずに済みましたし、まさにハッピーエンドです」
 「わざわざ警察に手紙を送らなくても、発信器を使えなくしてしまえば永遠に爆発しないわけですからね。これも、早く国民を安心させてあげたいという澤田さんのご子息の優しい心がなしたことだったのでしょうね」
 守護霊たちが、一連の出来事を振り返った。
 計画の中止を決断した和幸は、残る四カ所の爆弾のありかを匿名の手紙で警察に通報した。
 残りの爆弾を回収した警察は、その事実を国民に知らせるとともに、手紙を出した人間を捕まえるための懸命な捜査を行った。
 誰もが優秀な日本の警察の捜査手法をもってすれば手紙の投函者を捕まえることができると思っていたのだが、和幸が捕まることはなかった。和幸の両親が、守護特権を使ったからだった。
 「孫娘と澤田さんのご子息とのことが、心配なのですが」彩菜の祖父が、ボソッと呟いた。
 彼は、和幸と彩菜の将来を心配していた。心の底から、一生二人で添い遂げてほしいと思っていたからだ。
 「心配しなくても大丈夫ですよ。二人は、きっと乗り越えていきますよ。我々は、ここからそっと見守りませんか?」
 和幸の父親が、諭すように言葉を返した。
 守護特権を使い果たした今は、ただ見守るしかなかった。
 「見守るのも、我々故人の務めですかな」大泉が、言葉をはさむ。
 その言葉に、守護霊たちは頷きあった。
 誰もが、明るい笑顔に満ち溢れていた。
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