スマイリング・プリンス

上津英

文字の大きさ
3 / 24
第1章 おおぞらは空の下

第3話 「計画名?」

しおりを挟む

「俺、鴻野君を笑わせてみせるとですっ! お笑いとかやのーて、微笑むとかよ。それが今の鴻野君に必要やないかな」

 目の前で宣言された小百合は、冷めきった調子で「ふーん」と呟く。

「確かに、鴻野君には人と向き合う事が必要でしょうね。余裕って一人で居てもなかなか持てんし。でも佐古川君。それって、私達には荷が重すぎやと思わん? そもそも、そう言う事はカウンセリングの仕事でしょ」

 次の言葉が出て来なかった。
 小百合の言いたい事は分かる。塞ぎ込んでいる少年の心のケアなど、どう考えても自分達の仕事じゃない。

「藤沢さん、確かにそうかもやけど……何でもかんでも専門職に任せんでも良かやん。専門職じゃ逆に萎縮する人も居るんやないかな。十八の子に笑って貰えるんよ? それに笑顔で居られる場所は多か方が良かけん」
「そうかもね。お人好しな佐古川君らしい提案や思うばってん私は賛成せんよ。ううん、私以外の人も賛成せんと思う。さっきも言うたけん、みんな鴻野君の事は時の流れに任せる言うとるし、私もそうすべきやと思っとる。下手すれば責任問題になるけん私達がどうこうしていい問題じゃ無か。分かる?」
「けど……」

 理解は出来るが頷きは出来ない。

「……じゃあ、暫く良く考えてみんしゃい」
「はい……有り難う、藤沢さん」

 なんだかんだ時間をくれるのが有り難くて軽く頭を下げる。

「……ところで。そのきゅうり、どうしたと? 本当に河童になったと? 今日昼食べ損ねたと?」
「いやいやいや、俺はずーっと人間ですし、さっき休憩室で一緒におろしハンバーグ食べましたやん、とぼけんでくんしゃいよっ! これはさっき送迎の時、利用者の山崎さんから貰ったばい。山崎さん家の畑で採れたきゅうりやって。藤沢さんも要りますと?」

 この人は偶に変な事を言う。本気で言っているのか冗談なのか分からないので時に反応に困る。

「あら有り難いわぁ、貰うばい。今度私も山崎さん家行ったらお礼言わんとね――と、じゃあ佐古川君、その計画の仮称ば付けて一緒に報告してくれると?」
「計画名?」
「そーよ。なんにでも名前があった方が良かやん。それが例え却下されようともね」

 ふふ、と味噌ディップを絡めたきゅうりを一本摘んだ小百合が不敵に笑う。
 きゅうりを一口齧った小百合は、話はこれで終わりだとばかりに立ち上がる。「有り難う」と言うと、所長は「いーえ」と短く言い、きゅうりを持ったまま事務室に消えていった。
 小百合の姿が見えなくなると、セミオープンキッチンから聞こえる雑談がやけに大きく聞こえた。奥津達は丁度尚也の話をしていた。厨房スタッフは現場で働く訳では無いので、尚也には好意的なのかもしれない。
 なんでも奥津は尚也が気に入ったようで、「令和の本木雅弘!」と盛り上がっていた。
 歩もきゅうりを食べ終え事務員に容器を渡し、昼よりもずっと静かになったおおぞらで残りの仕事に取り掛かった。



 おおぞらからJR九州箱崎駅にある一人暮らしをしている鉄骨アパートに戻った歩は、殆どの時間スマートフォンを離す事が無かった。
 RPG二つ、SRPG一つ、育成ゲーム一つ。アプリゲームを計四つ。それらを毎日プレイするのが歩の生き甲斐だからだ。
 ゲーム自体適度に頭を使って楽しいが、他の要素も素晴らしい。
 ゲームのイラストは名画のように繊細で愛らしく、眺めているだけで嫌な事を忘れられる。タイミングによって切り替わる音楽も不思議とテンションが上がる物ばかりだ。推し声優を何人も起用しているので耳が幸せになれるのもポイントが高い。
 SNSで同じゲームをしているユーザーと繋がり盛り上がるのも、学生時代に戻って友達と遊んでいるみたいでリフレッシュ出来た。

「う~ん……」

 しかし今日はゲームが楽しいとは思えなかった。何時もは最強に可愛くて美麗だと思える推しの立ち絵も今はただの視覚情報でしかなく、酷くつまらなく感じた。
 理由は分かっている。尚也だ。
 確かに相当責任重大だ。少年の人生に多大な影響を与えるだろうサポート――一介の介護職員が手を出していい分野なのだろうか。本来は専門のカウンセリングに任せるべき案件だろう。
 しかしカウンセリングに任せたところで、通院とおおぞら以外は外に出ないという尚也は明るくなれるのだろうか。時間はゆっくりと尚也を励ましてくれるだろうが、なんにだってきっかけが必要だ。きっかけ作りには、おおぞらが一番適しているように思えた。

 スマートフォンで『中途障害者 元気を出させる』で検索しても、小難しくズレたサイトしか出てこない。
 完全一致で検索してくれない。これだけの事でムッと思ってしまう自分の心の狭さに、唇を僅かに噛んだ。自分が余裕を無くしてどうする。
 その時。グツグツグツ、と鍋のお湯が沸騰する慌ただしい音がキッチンから聞こえてきて、歩はスマホを手に立ち上がる。

「あっっ」

 そう言えばレトルトカレーを温めていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

処理中です...