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第1章 それはすました蒸気のように
2-8 (人間って建物作るの好きだよなぁ)
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「心しておきます。あージャンヌさん、俺そろそろ失礼しますね。夕飯作らないと。じゃあ、ココちゃんの事は──」
「そうよ! 宜しくねっ!! ううぅ……!」
ほのかな酸味を味わいながら言った言葉に、母親のような表情を浮かべていた人物が一瞬で泣き崩れる。
「は、はい……では、御馳走様でした」
先程まで心配してくれていた女性とは別人だ。その激しさはもう慣れてはいるが、内心ギョッとする。
コーヒーを飲み干してから立ち上がり、逃げるようにその場から去っていく。ジャンヌはテーブルで泣いていた。
(大丈夫かな……色々と)
その光景を背に、お小遣いに釣られて安請合いした事をほんの少しだけ後悔する。
家の外に出るともう空は暗かった。
数年ぶりにこの家を訪れたが、郊外でも一等外れにあるこの周辺の景色は相変わらず寂しかった。すぐ近くに新しく白い建物が建ったくらいしか変わっておらず、山に囲まれていてすぐ近くには谷がある。
(人間って建物作るの好きだよなぁ)
ぼんやりと周囲の景色を見ながら、アンリはどうやって情報を集めようか考えていた。
***
夜の色に染まったミトズロッド高校。
1階に続く階段をクルトと降りながら、リチェ・ヴィーティは小さく鼻歌を歌っていた。
「高校生ってのは良いなー、俺まで元気になる」
放課後にゴードンの高校を訪れたものの、クラブ活動等で残っている生徒が多く聞き込み──主に被害者の交友関係──は簡単だった。
警察の制服を着ている自分達を見た生徒達は、一瞬緊張するもすぐに笑顔を咲かせだす。自分は進学組だったので校舎の賑わいは記憶に新しいが、この弾けた空気となると懐かしい。
「特に女子高生ってのは良いな。聞き込みにも協力的だし、可愛い子しか居ない」
声を潜めて笑いを噛み締める。
「……」
自分の言葉に黒髪の後輩は一瞥してきたので、内心呆れているに違いない。それが分かったから何気なく話題を変える。
「にっ、しても! ゴードンはまあ絵に描いたような優等生だったみたいだな。優しくて勉強が出来て、被害者を悪く言う奴なんざ殆ど居なかった。居たとしても勉学優先で付き合いが悪かった、ってだけときた」
さぞや自慢の息子だったろう。昨日署を訪れていた両親の悲しみは、だからか見ていられなかった。
「それがどうしてあんなに切り裂かれる事になったんだか。特別恨んでる奴も居ないっぽいし」
「……本当にね。だから俺……無差別かも、って思った。分からないけど……」
「いーや案外良い読みなんじゃないか? まっ、確かにまだ分からないけどな」
この無口な後輩も、連れ去り事件を経て少しずつ口数が増えて来ている。
「そういえば知ってるか? 署内じゃ犯人を切り裂きジャックってニックネームで呼び出した事。路地裏で死んでる、切り裂かれてる、臓器が出てる……確かに通じる物はあるもんな」
「19世紀の切り裂きジャックは、解剖とか……外科知識があったって見方が濃厚だけど……24世紀の切り裂きジャックも、そうなのかな?」
話しながら玄関を出て、待たせている警察御用達の馬車の元へ向かう。
10月の風はもう寒い。こういう日は熱々のポトフが食べたくなる。
「それはどうだろうな~。明日上がって来る解剖結果で分かるだろうけど」
単純な検査ならともかく、このような込み入った検査は結果が出るのが遅い。前近代から進んだ技術もあれば衰えた技術もある。検査系は衰えた技術の代名詞だ。
「死体、増えなきゃ良いよね……」
「え?」
突然の言葉に驚いて足が止まる。
いきなり何を。
振り返って後輩を見ると、黒い瞳が気まずそうに逸らされた。
「……あ、ごめん。さっき言ってたでしょ。無断欠席してる人が居る、って……ちょっと怖くない? それだけなのに、こんな事申し訳無いかな……うーん……」
「ああ、フレッドだっけ? まーそいつ遊び人っぽいし……高校生は1日くらいサボった方が健康に良いんだよ」
夜が暗いのが当然なように、これにも返事は無かった。
「まっそれは冗談として! ノアのクラスメイトみたいだし、殺されてるとは思いたくないな」
年の離れた友人の顔を思い出し、希望的観測を述べる。誰か──特に知り合い──が悲しんでいる顔は、男の物だろうと見たくない。
「うん。ごめん……変な事、言って」
馬車に乗る直前、風にかき消されそうな程小さい声が聞こえてきた。ちらっとクルトを見ると、何時も通りの無表情はしかし視線を地面に落としていた。
「いやいや、最近お前良く意見言ってくれるし助かってるよ。全然変な事じゃない」
馬車に乗り込みながら言う。箱馬車の中は幾らか暖かくてホッとする。
「うん……有り難う」
礼を言われ頬を緩めた。心なしか着席した後輩の顔も上向いている。
「んじゃ帰るか」
馬車に乗る為に開け放しておいた扉の奥、夜の闇に覆われた白い校舎がぼんやりと浮かび上がっている。まるでホラー漫画の1コマだ。
──こわっ。
喉まで出かかったその言葉は、先輩のプライドに賭けて何とか飲み込んだ。
***
『スケアリー・メアリーへ。
こっちこそ、返事をくれて有り難う。
僕も文通楽しんでるよ。もう毎日の楽しみ。手紙が届いた、って電話を受け取るのが楽しみなんだ。おかげで高校の授業もちょっと上の空になってたり……はは、駄目か。
スケアリーもエルキルス好きなんだな! な、この街は良い街だろ? 僕もこの街が大好きだ。
治安もまあそうだな、落ち着いてきた。死体が見つかったけどー……、最近はそれくらい。落ち着いてるよ。
少し前まで中央公園横に良い感じの喫茶店があったんだけど、畳んじゃったんだよなー……。駅前のオムライス専門店とか、メニューが豊富で面白いし美味しいぞ!
霧はな、風通しの良い道には出にくいんだ。霧の出にくい道、出やすい道を抑えておくと良いぞ。エルキルスで一番霧が出やすいのは、エルキルス教会と工業区の橋がある通りかな? 川も近いし、蒸気を排出する煙突もあの辺多いんだ。
んじゃ、またな。
ノイより。』
***
「あ~! 楽しい!」
ボールペンを机上に置いたイヴェット・オーグレンは、背もたれに勢い良く凭れ掛かり胸いっぱいの興奮を吐き出した。漫画の多い部屋は、8月まで両親と共同の部屋だったので少々広い。
昨日アンリから受け取った紙袋。
あれには文通相手であるスケアリー・メアリーからの手紙が入っていた。今その返事を認めていたのだ。
スケアリーとの出会いは1か月前。
連れ去り事件から気持ちを切り替えたくて「漫画ばかり読んでいるのもな」と地元紙に出ていた『一人暮らしで寂しいので文通がしたい』という募集に反応したのが全ての始まりだ。
相手の性別や年齢は知らないが、そんなのはどうでも良かった。
プライバシー保護の観点から、郵便局のレシレタ──レシーブアレターという前近代に流行ったというオンラインギフトから着想を得た、住所を知らない相手にも荷物を送れるサービスの事──を挟んでスケアリーとはやり取りをしている。
手紙が届いた、という最寄りのレシレタ預かり店からの連絡は、牧師館ではなく教会の電話番号に頼んだ。
「そうよ! 宜しくねっ!! ううぅ……!」
ほのかな酸味を味わいながら言った言葉に、母親のような表情を浮かべていた人物が一瞬で泣き崩れる。
「は、はい……では、御馳走様でした」
先程まで心配してくれていた女性とは別人だ。その激しさはもう慣れてはいるが、内心ギョッとする。
コーヒーを飲み干してから立ち上がり、逃げるようにその場から去っていく。ジャンヌはテーブルで泣いていた。
(大丈夫かな……色々と)
その光景を背に、お小遣いに釣られて安請合いした事をほんの少しだけ後悔する。
家の外に出るともう空は暗かった。
数年ぶりにこの家を訪れたが、郊外でも一等外れにあるこの周辺の景色は相変わらず寂しかった。すぐ近くに新しく白い建物が建ったくらいしか変わっておらず、山に囲まれていてすぐ近くには谷がある。
(人間って建物作るの好きだよなぁ)
ぼんやりと周囲の景色を見ながら、アンリはどうやって情報を集めようか考えていた。
***
夜の色に染まったミトズロッド高校。
1階に続く階段をクルトと降りながら、リチェ・ヴィーティは小さく鼻歌を歌っていた。
「高校生ってのは良いなー、俺まで元気になる」
放課後にゴードンの高校を訪れたものの、クラブ活動等で残っている生徒が多く聞き込み──主に被害者の交友関係──は簡単だった。
警察の制服を着ている自分達を見た生徒達は、一瞬緊張するもすぐに笑顔を咲かせだす。自分は進学組だったので校舎の賑わいは記憶に新しいが、この弾けた空気となると懐かしい。
「特に女子高生ってのは良いな。聞き込みにも協力的だし、可愛い子しか居ない」
声を潜めて笑いを噛み締める。
「……」
自分の言葉に黒髪の後輩は一瞥してきたので、内心呆れているに違いない。それが分かったから何気なく話題を変える。
「にっ、しても! ゴードンはまあ絵に描いたような優等生だったみたいだな。優しくて勉強が出来て、被害者を悪く言う奴なんざ殆ど居なかった。居たとしても勉学優先で付き合いが悪かった、ってだけときた」
さぞや自慢の息子だったろう。昨日署を訪れていた両親の悲しみは、だからか見ていられなかった。
「それがどうしてあんなに切り裂かれる事になったんだか。特別恨んでる奴も居ないっぽいし」
「……本当にね。だから俺……無差別かも、って思った。分からないけど……」
「いーや案外良い読みなんじゃないか? まっ、確かにまだ分からないけどな」
この無口な後輩も、連れ去り事件を経て少しずつ口数が増えて来ている。
「そういえば知ってるか? 署内じゃ犯人を切り裂きジャックってニックネームで呼び出した事。路地裏で死んでる、切り裂かれてる、臓器が出てる……確かに通じる物はあるもんな」
「19世紀の切り裂きジャックは、解剖とか……外科知識があったって見方が濃厚だけど……24世紀の切り裂きジャックも、そうなのかな?」
話しながら玄関を出て、待たせている警察御用達の馬車の元へ向かう。
10月の風はもう寒い。こういう日は熱々のポトフが食べたくなる。
「それはどうだろうな~。明日上がって来る解剖結果で分かるだろうけど」
単純な検査ならともかく、このような込み入った検査は結果が出るのが遅い。前近代から進んだ技術もあれば衰えた技術もある。検査系は衰えた技術の代名詞だ。
「死体、増えなきゃ良いよね……」
「え?」
突然の言葉に驚いて足が止まる。
いきなり何を。
振り返って後輩を見ると、黒い瞳が気まずそうに逸らされた。
「……あ、ごめん。さっき言ってたでしょ。無断欠席してる人が居る、って……ちょっと怖くない? それだけなのに、こんな事申し訳無いかな……うーん……」
「ああ、フレッドだっけ? まーそいつ遊び人っぽいし……高校生は1日くらいサボった方が健康に良いんだよ」
夜が暗いのが当然なように、これにも返事は無かった。
「まっそれは冗談として! ノアのクラスメイトみたいだし、殺されてるとは思いたくないな」
年の離れた友人の顔を思い出し、希望的観測を述べる。誰か──特に知り合い──が悲しんでいる顔は、男の物だろうと見たくない。
「うん。ごめん……変な事、言って」
馬車に乗る直前、風にかき消されそうな程小さい声が聞こえてきた。ちらっとクルトを見ると、何時も通りの無表情はしかし視線を地面に落としていた。
「いやいや、最近お前良く意見言ってくれるし助かってるよ。全然変な事じゃない」
馬車に乗り込みながら言う。箱馬車の中は幾らか暖かくてホッとする。
「うん……有り難う」
礼を言われ頬を緩めた。心なしか着席した後輩の顔も上向いている。
「んじゃ帰るか」
馬車に乗る為に開け放しておいた扉の奥、夜の闇に覆われた白い校舎がぼんやりと浮かび上がっている。まるでホラー漫画の1コマだ。
──こわっ。
喉まで出かかったその言葉は、先輩のプライドに賭けて何とか飲み込んだ。
***
『スケアリー・メアリーへ。
こっちこそ、返事をくれて有り難う。
僕も文通楽しんでるよ。もう毎日の楽しみ。手紙が届いた、って電話を受け取るのが楽しみなんだ。おかげで高校の授業もちょっと上の空になってたり……はは、駄目か。
スケアリーもエルキルス好きなんだな! な、この街は良い街だろ? 僕もこの街が大好きだ。
治安もまあそうだな、落ち着いてきた。死体が見つかったけどー……、最近はそれくらい。落ち着いてるよ。
少し前まで中央公園横に良い感じの喫茶店があったんだけど、畳んじゃったんだよなー……。駅前のオムライス専門店とか、メニューが豊富で面白いし美味しいぞ!
霧はな、風通しの良い道には出にくいんだ。霧の出にくい道、出やすい道を抑えておくと良いぞ。エルキルスで一番霧が出やすいのは、エルキルス教会と工業区の橋がある通りかな? 川も近いし、蒸気を排出する煙突もあの辺多いんだ。
んじゃ、またな。
ノイより。』
***
「あ~! 楽しい!」
ボールペンを机上に置いたイヴェット・オーグレンは、背もたれに勢い良く凭れ掛かり胸いっぱいの興奮を吐き出した。漫画の多い部屋は、8月まで両親と共同の部屋だったので少々広い。
昨日アンリから受け取った紙袋。
あれには文通相手であるスケアリー・メアリーからの手紙が入っていた。今その返事を認めていたのだ。
スケアリーとの出会いは1か月前。
連れ去り事件から気持ちを切り替えたくて「漫画ばかり読んでいるのもな」と地元紙に出ていた『一人暮らしで寂しいので文通がしたい』という募集に反応したのが全ての始まりだ。
相手の性別や年齢は知らないが、そんなのはどうでも良かった。
プライバシー保護の観点から、郵便局のレシレタ──レシーブアレターという前近代に流行ったというオンラインギフトから着想を得た、住所を知らない相手にも荷物を送れるサービスの事──を挟んでスケアリーとはやり取りをしている。
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