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第2章 それはうそぶく蒸気のように
2-10 「浴室で今、作業をしようと思ってて……」
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第2章 それはうそぶく蒸気のように
「チェ、こんな時に人が来るとか……邪魔なんだよ……っ」
ノアとか言う隣人の挨拶を早々に終わらせ、ヴェンツェル・ラグナイトは玄関扉に向かって舌打ちをする。
無視したかったが引っ越してすぐの身分。
浴室でこれから人を殺そうと思っていたのだが、渋々着替えて対応をする羽目になった。
気配が無かったので角部屋の隣人は居ないと思っていたが、ただ留守にしていただけだったのか。吸音シールをあちこちに貼っているとは言え、付き合いを考えると嬉しくない。
それに高校生ときた。
きっと自宅に友人を招いたりして、人の出入りも増えるのだろう。人を殺す際に気を遣う理由が増えてしまった。
「あー鬱陶しいなぁ……」
ぶつぶつ言いながら浴室に戻ろうとする。
浴槽には両手足を縛って猿轡をかました赤毛の高校生──確かフレッドとか言ったか──が太腿から血を流して青ざめた顔で転がっているのだ。
開腹して肝臓を取り出すのだし、折角なので1888年の殺人鬼切り裂きジャックを真似ようと思った。
しかし返り血が面倒臭いので、切り刻むのは浴室だ。その為のゴーグルも用意した。
再び浴室に戻ろうとした、その時。
──ピンポン、と再びチャイムが鳴ったのだ。
「ったく誰だよっ!」
舌打ち足元に転がっている段ボール箱を蹴飛ばし、振り返って玄関に戻る。ノアがまた来たのではないかと思うと、無視出来なかった。
「なにっ!?」
苛立ちを隠さずに玄関の内開きドアをガバッ! と開け──固まった。
「ス、スケアリー……ッ?」
そこには思わぬ来客が立っていたからだ。
ショートカットの金髪に、冷たい視線を投げてくる碧眼。黒ずくめで、20代後半の長身女性。
少年院上がりの自分の殺人衝動を嗅ぎ付け接触してきて、「条件下にあるミトズロッドの生徒を探し、違かったら好きに殺していい」と変な協力を求めてきた女性、スケアリー・メアリー。呪い人形の名前なので絶対偽名だ。
呆然としている自分と目が合うと、スケアリーは「ふふ」と目を細めた。
「こんにちは、帰り道だったから前言った通り遊びに来たよ。失礼」
スケアリーは女性にしては低い声で言い、部屋に上がって来る。そういえば、電話でそんな話をした。
「あ……」
こっちが止める暇も無かった。
彼女は自分に殺人の機会をくれた悪魔だ。
しかも、殺人と学業が両立しやすいマンションも宛てがってくれた。歩いて少しのところにホームレスが多いのは嫌だったが、ここは駅からも近い良い場所だ。悪魔だろうと恩がある。
電話越しなら強く言える事も、目の前では言える気がしなかった。その薄手の黒いコートの下に、何を隠し持ってるか考えると体が強張った。
それに、恐らくスケアリーは義足だ。歩き方がほんの少しおかしい。蹴る力を調節出来るような義足だと、下手に刺激して怒らせたくなかった。
「段ボールが出てて、如何にも引っ越し直後の部屋だね。何もない」
「…………うん」
結局何も言えぬまま自分も部屋の中に戻り、もごもごと呟く。
「浴室で今、作業をしようと思ってて……」
「そうかい」
平然と答えたスケアリーは浴室に寄らず真っ直ぐリビングに向かう。どうやら彼女は自分の解体ショーを見に来たわけではないらしい。
「ヴェンツェル、君がゴードンから持ち帰った肝臓はどこにあるんだい?」
「え。それならホルマリン漬けにして冷蔵庫だよ。野菜室。なんだ、もしかして肝臓を見に来たのか? スケアリー、肝臓って個人差があって面白いんだ。人によって色や大きさが違うんだよっ。見てみてよ!」
相手が悪魔だろうと何だろうと、自分の好きな物に興味を持って貰えるのは純粋に嬉しい。何時もより早口になり、目を輝かせる。
しかしスケアリーは「ふうん」と気のない返事をし、台所の隅にある冷蔵庫の扉を開ける。中に入っているガラス瓶を見たのか、綺麗に描かれた柳眉が歪んだ。
「……余計なお世話かもしれないけど、もう少し目立たないところに飾ったらどうだい? 郊外にうちの研究所があるだろ、何ならそこで預かろうか?」
肝臓について語れるかと胸を膨らませていたら説教をされ、一気に気持ちが萎えた。
「良いよ! これから1つ増えるんだし。肝臓ってのは見比べてこそ面白いんだ」
「そうかい、それはすまないね」
自分でも分かるくらい不機嫌な声が出たが、この前も似たやり取りをしたからかスケアリーは驚いていなかった。室内を見回す余裕すらあるようだ。
と。
スケアリーがふと、少女のような声を上げた。
「あっ、ねえ。この切手シート使う? 使わないなら貰って良い?」
何の話だ? と思って金髪の女性を窺い見ると、彼女の視線は先程段ボールを蹴飛ばした為に散らかった床に向けられていた。
床に落ちている大学の記念切手シートの話か、と納得する。一昨年、入学式で校舎がスケッチされた物を配布された覚えがある。
「どーぞ。あんたが切手を欲しがるなんて意外だな。金には困ってないだろ」
「お金と買いに行く手間は別だよ。今文通にハマっててね。返信の早い可愛い子なんだ」
クスッと笑ったスケアリーは床にしゃがみこむ。切手を拾うついでに辺りを片付け始めてくれたようだったが、死角で良く見えない。
冷たそうな女性なのに、いきなり面倒見の良い女性のようになって内心驚く。
「文通、って……本名でやってるのか?」
「いや、スケアリー・メアリー名義だよ。本名でやりたい気持ちはあるけど、君も知っての通り私は裏の世界の人間だからねえ」
最後に切手シートを拾い上げ、クールな秘書が持ち歩いていそうなレザーバッグの中に入れる。
「それじゃあ、もう失礼するよ」
「チェ、こんな時に人が来るとか……邪魔なんだよ……っ」
ノアとか言う隣人の挨拶を早々に終わらせ、ヴェンツェル・ラグナイトは玄関扉に向かって舌打ちをする。
無視したかったが引っ越してすぐの身分。
浴室でこれから人を殺そうと思っていたのだが、渋々着替えて対応をする羽目になった。
気配が無かったので角部屋の隣人は居ないと思っていたが、ただ留守にしていただけだったのか。吸音シールをあちこちに貼っているとは言え、付き合いを考えると嬉しくない。
それに高校生ときた。
きっと自宅に友人を招いたりして、人の出入りも増えるのだろう。人を殺す際に気を遣う理由が増えてしまった。
「あー鬱陶しいなぁ……」
ぶつぶつ言いながら浴室に戻ろうとする。
浴槽には両手足を縛って猿轡をかました赤毛の高校生──確かフレッドとか言ったか──が太腿から血を流して青ざめた顔で転がっているのだ。
開腹して肝臓を取り出すのだし、折角なので1888年の殺人鬼切り裂きジャックを真似ようと思った。
しかし返り血が面倒臭いので、切り刻むのは浴室だ。その為のゴーグルも用意した。
再び浴室に戻ろうとした、その時。
──ピンポン、と再びチャイムが鳴ったのだ。
「ったく誰だよっ!」
舌打ち足元に転がっている段ボール箱を蹴飛ばし、振り返って玄関に戻る。ノアがまた来たのではないかと思うと、無視出来なかった。
「なにっ!?」
苛立ちを隠さずに玄関の内開きドアをガバッ! と開け──固まった。
「ス、スケアリー……ッ?」
そこには思わぬ来客が立っていたからだ。
ショートカットの金髪に、冷たい視線を投げてくる碧眼。黒ずくめで、20代後半の長身女性。
少年院上がりの自分の殺人衝動を嗅ぎ付け接触してきて、「条件下にあるミトズロッドの生徒を探し、違かったら好きに殺していい」と変な協力を求めてきた女性、スケアリー・メアリー。呪い人形の名前なので絶対偽名だ。
呆然としている自分と目が合うと、スケアリーは「ふふ」と目を細めた。
「こんにちは、帰り道だったから前言った通り遊びに来たよ。失礼」
スケアリーは女性にしては低い声で言い、部屋に上がって来る。そういえば、電話でそんな話をした。
「あ……」
こっちが止める暇も無かった。
彼女は自分に殺人の機会をくれた悪魔だ。
しかも、殺人と学業が両立しやすいマンションも宛てがってくれた。歩いて少しのところにホームレスが多いのは嫌だったが、ここは駅からも近い良い場所だ。悪魔だろうと恩がある。
電話越しなら強く言える事も、目の前では言える気がしなかった。その薄手の黒いコートの下に、何を隠し持ってるか考えると体が強張った。
それに、恐らくスケアリーは義足だ。歩き方がほんの少しおかしい。蹴る力を調節出来るような義足だと、下手に刺激して怒らせたくなかった。
「段ボールが出てて、如何にも引っ越し直後の部屋だね。何もない」
「…………うん」
結局何も言えぬまま自分も部屋の中に戻り、もごもごと呟く。
「浴室で今、作業をしようと思ってて……」
「そうかい」
平然と答えたスケアリーは浴室に寄らず真っ直ぐリビングに向かう。どうやら彼女は自分の解体ショーを見に来たわけではないらしい。
「ヴェンツェル、君がゴードンから持ち帰った肝臓はどこにあるんだい?」
「え。それならホルマリン漬けにして冷蔵庫だよ。野菜室。なんだ、もしかして肝臓を見に来たのか? スケアリー、肝臓って個人差があって面白いんだ。人によって色や大きさが違うんだよっ。見てみてよ!」
相手が悪魔だろうと何だろうと、自分の好きな物に興味を持って貰えるのは純粋に嬉しい。何時もより早口になり、目を輝かせる。
しかしスケアリーは「ふうん」と気のない返事をし、台所の隅にある冷蔵庫の扉を開ける。中に入っているガラス瓶を見たのか、綺麗に描かれた柳眉が歪んだ。
「……余計なお世話かもしれないけど、もう少し目立たないところに飾ったらどうだい? 郊外にうちの研究所があるだろ、何ならそこで預かろうか?」
肝臓について語れるかと胸を膨らませていたら説教をされ、一気に気持ちが萎えた。
「良いよ! これから1つ増えるんだし。肝臓ってのは見比べてこそ面白いんだ」
「そうかい、それはすまないね」
自分でも分かるくらい不機嫌な声が出たが、この前も似たやり取りをしたからかスケアリーは驚いていなかった。室内を見回す余裕すらあるようだ。
と。
スケアリーがふと、少女のような声を上げた。
「あっ、ねえ。この切手シート使う? 使わないなら貰って良い?」
何の話だ? と思って金髪の女性を窺い見ると、彼女の視線は先程段ボールを蹴飛ばした為に散らかった床に向けられていた。
床に落ちている大学の記念切手シートの話か、と納得する。一昨年、入学式で校舎がスケッチされた物を配布された覚えがある。
「どーぞ。あんたが切手を欲しがるなんて意外だな。金には困ってないだろ」
「お金と買いに行く手間は別だよ。今文通にハマっててね。返信の早い可愛い子なんだ」
クスッと笑ったスケアリーは床にしゃがみこむ。切手を拾うついでに辺りを片付け始めてくれたようだったが、死角で良く見えない。
冷たそうな女性なのに、いきなり面倒見の良い女性のようになって内心驚く。
「文通、って……本名でやってるのか?」
「いや、スケアリー・メアリー名義だよ。本名でやりたい気持ちはあるけど、君も知っての通り私は裏の世界の人間だからねえ」
最後に切手シートを拾い上げ、クールな秘書が持ち歩いていそうなレザーバッグの中に入れる。
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