アストリッドと夏至祭の魔法使い

上津英

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Ⅲ Løy―嘘―

30 「ふーん……殺す気か?」

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 ラップ人はどう受け止めるのだろうと気になって女性に視線を向けると、リーナは故郷の風でも感じたかのように目を見張り、「ノアイデ様……?」と呟いていた。

「まっ、魔法使いなんて居るわけないでしょう!!」

 応接間に、我に返ったロヴィーサの金切り声が響いた。

「その気持ちは分かるが良く考えてみろ。北の海で船も荷も沈んだのに俺は生きてるんだぞ。魔法使いでも絡んでなきゃ無理だろ。船が沈んだ時、あいつが魔法なんて信じられねーもんを使ってるのをこの目で見た。そんなウィルと行動を共にしてるんだ。家も島も抜け出すなんざ雪に物を埋めるくれー簡単だったろうよ」

 無茶苦茶な話だとは思う。
 が、リーナはラップ人だからかどこか腑に落ちた表情で「そうか、あの時海上に居たのは……」と呟いていた。どうやら心当たりがあるらしい。
 リーナは唇を結び真剣な表情で話し掛けてくる。

「ルーベンさん、私はノアイデ様を信じます。お嬢様が屋敷を抜け出した時裏庭には無かったのに近くの森には足跡がありましたし、本土に渡ったと思しき時海上で声を聞いた者も居ました……思い当たる事が幾つもあるんです。ノアイデ様……そうか……ノアイデ様なら……」
「……それでアストリッドは今どこなの?」

 目撃者も、納得した人も居るからなのか、この貴婦人にしては大人しい態度で尋ねてくる。

「2日前まではここより北東の町タルヴィクに居たんだが、今はきっと……カウトケイノに向かっている。嫁の出産を手伝って貰うよう頼んでいるもんでな」

 高原にある町の名前を出すと、ラップ人の表情が強張るのが見えたし、そうだろうな、と思った。

「カウト……ケイノ……」

 リーナの表情が強張る横、ロヴィーサはどこか感心したようにクスリと笑う。

「あら貴方、もしかして情報を売るつもりでカウトケイノに留めさせたの? 策士だこと」
「ちげーよ、魔法使いが居た方が心強いだろ。嫁も40近いし……初めての子供なんだ」

 決め付けてくるロヴィーサの言葉に、膝の上で組んでいた手を組み替えていた。
 確かに情報を売ったが、初めから売る気は無かった。負債が無かったら、先程通りでリーナに会わなかったら、2人の事は墓場まで持っていったろう。

「あんたらが今からカウトケイノに馬を走らせて、出産間近のカリンが居る家を探せば2人には簡単に追いつくだろうよ。俺が知っているのはこれだけだ。金は貰ってくぜ……ああ、妊婦の家に行くんだ、落ち着いて行ってくれよ。俺はこの金を持ってハンメルフェストに戻らないといけねーんだ。新しい仕事についてはまた今度話に来る」

 嫌な気持ちになり、話はもう終わりだ、とばかりに切り上げる。逃げる気が無い事を示すように自分の素性を詳しく話したり何枚か書類を書いた後、立ち上がってリーナの手から白い麻袋を奪い取る。

「お待ちなさい!」

 扉から出ようとした直前、新たな企てを考え付いた悪人のような表情を浮かべている青色の瞳と目が合った。

「貴方、もっと金は欲しくなくて? そのウィルとかいうのを捕まえれば、もっと色を付けてあげるわよ」

 何を言われるのかと思って一瞬身構えたが、実際紅を差した唇が紡いだ言葉は鼻で笑ってしまうような物だった。

「なんだ、魔法使いに興味でも?」
「無いわよ。でもアストリッドを誑かしたそいつは許せない」

 淡々と言う女性の瞳。
 その奥には復讐でも誓うかのような憎悪が隠れていた。
 ロヴィーサという女性は極端だ。この瞳が自分に向けられないよう気を付けて立ち回ろう。

「ふーん……殺す気か?」
「アスラク・ヘッタのように、生首をクリスチャニアの大学に贈ったら貰ってくれるかしら?」

 カウトケイノで起きた事件の首謀者の最期をふふっと笑いながら話すロヴィーサに、傍に居たリーナの目が悲しそうに伏せられる。

「……まっ、それはハンメルフェストに戻る俺に頼まない方が良いな。ウィルは背が高い金髪碧眼の優男だ。なかなか良い男だぞ。何時でも変に頑丈な杖を持ってたから、きっとあれが無ければ魔法は使えないんだろうよ。アストリッドの隣に居るだろうからすぐ分かる筈。じゃあまた」

 当たり障りなく返し、銀貨の詰まった袋をコートの下に隠して早々に玄関の扉を開け外に出る。
 視界を覆う白い雪と肌を刺す寒さ。
 やっていられないと小さく舌打ち、肩を縮こまらせながら港への道を歩いた。もう船に乗ろうと思える気になっている事に呆れて笑みを浮かべる。出産に立ち会えないのは残念だが仕方無い。
 コートの下の銀貨。これで良い方向へ進めそうだ。
 振り返る事も、あの2人の事も考えずに雪の上を歩いたのは、どこかで後ろめたい気持ちがあったからだと思う。

***

 ルーベンが扉を閉めてすぐ、リーナ・シュルルフは勢い良く振り返った。その際、黒いお下げから髪の毛が数本唇に貼り付く。それが落下して剥がれる不快な感覚の中口を動かした。
 料理担当の女中もトロムソに残っているので、干し鱈を煮込んでいる匂いが漂っている。

「ロヴィーサ様! お嬢様はカウトケイノに居ます! ですのでレオンの……!」

 これ以上息子を見て頬を濡らすのは嫌だ。1度は持ち直してくれたものの、これ以上快方には向かってくれそうにない。
 神に祈るような気持ちで、「絶対連れ戻さないと……」と繰り返し呟いている主人を見上げる。

「リーナ。確実にアストリッドを連れ戻すのよ」
「ロヴィーサ様お願いです、その前にレオンをっ!」
「確実に連れ戻すのよ」
「ロヴィーサ様っ!!」

 しかし主人が自分の言葉に耳を傾ける事は無かった。主人は何も言わず身体の向きを変え、部屋から出ようとする。

「レオ――」
「お黙り! それはアストリッドを連れ戻してからと言ってるでしょう!」

 なおも食い下がろうとすると、唇をひん曲げている主人がこちらを向く。
 明らかに気を損ねている。この表情を見て食い下がろうと言う思いも消えた。聞こえていても聞こえない振りをされるだけだ。今の主人にラップ人を思いやる気持ちは微塵もないのだから。

「…………どう連れ戻すおつもりですか?」
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