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Ⅴ Love―約束―
54 「うわああっ!!!!」
しおりを挟むガチャッ、と音がして勢い良く扉が開いた。
「キャッ!?」
外開きの扉の直撃を食らい、ロヴィーサの体が大きく崩れ床板の上に転がる。漆黒のドレスが床に広がった為に、暴れた烏から抜け落ちた羽根が床に大量に散乱しているかのようだった。
その拍子に首から指が外れたウィルが後退って、赤毛の貴婦人から距離を取る。
「大丈夫!?」
扉により2人が分かたれる中、咽こむウィルの元に駆け寄り鞭を外す。
「おー、人の家でやってくれてんなあ」
一体誰が――そう思った時、頭上から聞き覚えのある低声が聞こえてきた。ハッとして顔を上げて部屋に入ってきた人物を認め目を丸くする。
金髪緑目。豊かな顎髭。体躯の良いその人物は、ルーベンその人だったのだ。
「ルーベンさん!?」
これは、どうなのだろう。ルーベンが母親に協力している事は明らかだ。形勢が悪くなった事を察し肩に力が入る。
ルーベンは一度室内に視線を巡らせ、床に顔面を打ったと思しきロヴィーサを見てふんっと鼻を鳴らし、次にこちらを見て持っていた棒――ウィルの杖だ――を放り投げてきた。
「うわっ、げほ、有り難う、ございます……っ? どうしてルーベン船長が……?」
噎せながら杖を受け取った魔法使いも、意外な闖入者を前に語尾が上がっていた。
当のルーベンはその問いに答える事なく、身体の向きを変えて床を這うロヴィーサに覆い被さるように肩に腕を回し、羽交い締めにしだした。
「っルーベンさん! ちょっと! いや!! 離しなさい! 汚らわしいっ!!」
「そりゃ無理な相談だなあ。ラップ人とは言え人を殺したのはやり過ぎだったんだよ」
ルーベンに突然拘束され重い船酔いになったかのように青ざめたロヴィーサが悲鳴を上げるが、船乗りは拘束の手を緩めようとしなかった。
この状況が不思議でならなかった。ルーベンが母の妨害をして何の得になるのだろうか。
横でウィルがきょとんとしているので、ここがルーベンの家になった事、ルーベンが自分達の情報を売ったのではないかと言う事を耳打つ。
「ルーベンさん、どうしてここに? いえ、それよりも………ルーベンさんはお母様の味方なのでしょう?」
早速ウィルが魔法を使ったらしく、ロヴィーサの足に氷が巻き付き出した中尋ねた。氷が現れたせいで室内の温度が下がり、自分の頭も冷静になっていく。
「クララ……いや、アストリッド。もう分かってるだろうが、俺は金欲しさにお前らの事をロヴィーサに話したよ。カウトケイノに滞在させたのは、出産を手伝って貰いたかったって本心からだったが、結局お前らにとって不都合だったな、悪い」
離しなさいっ! と足を固定され動けなくなったロヴィーサの金切り声が響く中、こちらを見る事のないルーベンがぽつぽつと話しだした。
「お前らが居なけりゃあそこで死んでたって言うのに、俺は恩を仇で返したんだ。情けねーよなあー」
茶色い厚手のコートを着たルーベンの背中を映したまま思う。
ルーベンがお金を求めた理由は良く分かる。この船長の肩には船員や家族の未来が乗っかっている。ルーベンが修繕費を全て保障する訳ではないものの、責任者は確かにこの人なのだ。
「俺は一生この気持ちを背負っていくつもりだったんだが……お前、午前会った時言ったろ。息子の為に胸張って生きろ、って。それを聞いて思うところがあったんだ。ラップ人の女も死んだって聞いてますます目が覚めたよ。こんな判断をして罪悪感を押し殺して生きてる親に育てられた子が、立派に育つ訳ねーだろ……それは嫌なんだ、俺」
そう言うとルーベンはようやくこちらを向き、一度にっと軽く笑う。その笑顔は雨雲が去った後のように晴れやかで。ロヴィーサの金切り声で聞こえにくい部分もあったけれど、その笑みだけで何が言いたいのか十分理解出来た。
「だから俺はあんたらをこのクソ女から逃がそうって決めた訳よ。こいつの態度も気に入らねーし。ウィルの杖は女中に聞いたらすんなり教えてくれたよ、あんた人望ねーな?」
ルーベンを見る目が見張られていく。
この人は結局、悪人になりきれなかったのだ。節々で思った通り優しい人のままで。胸に吹いた暖かい風が、また目頭を熱くする。
「っつー訳で今の隙にさっさと逃げろ、今度は駄目な大人に利用されんなよっ!」
言ってて気恥ずかしくなったのか早々に顔を背けたルーベンが乱暴に吐き捨て、拘束を振り解こうと藻掻いているロヴィーサの押さえつけに戻った。
「ルーベンさん……有り難うございますっ!」
ウィルの手に杖が戻り状況が有利になったと言っても、ここで騒ぎを起こす訳にはいかない。ルーベンの言う通り、一旦逃げた方が得策だ。
「ルーベン船長……有り難うございます! アストリッド、逃げましょうっ!」
足を怪我しているウィルは杖があるおかげで苦痛に顔を歪める事なく立ち上がり、自分の手を引いて部屋を出る。廊下は思ったよりも寒かったが、文句など言っていられない。
「足大丈夫?」
「はい、杖もありますので」
言葉通りカツカツッと杖を突くウィルが、歩みは少し遅いものの体勢を崩す事はもう無かった。「離しなさい! よくも裏切ったわね!」と金切り声がする部屋から遠ざかるように1階に逃げ、玄関へと向かう。
扉を開けて先程よりも雪が強くなってきた外へ逃げようとした――その時。
「離しなさいって言ってるでしょ!!」
「うわああっ!!!!」
部屋から一際大きな声が聞こえてきた。
「っ!」
ルーベンが母に何かされたのだと直ぐに分かった。母は護身用に常に短剣を持ち歩いている。もしかして母に刺されてしまったのだろうか。
「逃げましょう! 確かめました、ルーベン船長は生きてますから! 一旦森へ……!」
呆然としている自分の腕を引っ張り、雪が積もった道の横にある白樺の森の中に連れられる。心変わりをしてまで助けてくれたルーベンの悲鳴が気になりながら、されるがまま森に消えた。
ウィルが大丈夫と言うなら大丈夫なのだろうが、何時までもルーベンの悲鳴が頭から離れてくれなかったのは、あの船乗りが死んでしまった用心棒と重なったから。
――このまま逃げて、ルーベンにもしもの事があったらカリンは――。
そう思うと足が止まった。
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