アストリッドと夏至祭の魔法使い

上津英

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Ⅴ Love―約束―

62 「アストリッド? 失礼します」

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 翌朝。
 トントン、と扉をノックする音が聞こえてきた。

「アストリッド? 失礼します」

 暗い窓の外を見ていた自分の耳に、情けない声が聞こえてきた時は飛び跳ねる程嬉しくて、飛び跳ねた分痛かった。

「ウィル! っあいたたっ」

 激痛に顔を歪めていると、数個の火の玉を浮かべた待ち望んでいた人物が入って来た。
 まだ足を引きずっていたが、杖のおかげで問題無く歩けている。何処から調達したのか何時もの毛皮のローブではなく、卸したての厚手の黒いコートを羽織っていて、大通りを歩く将来有望な好青年のようだった。

「お早う御座います。大丈夫、ではなさそうですね。あんな無茶をするから……心臓が止まるかと思いましたよ」
「ごめんなさい。でも有り難う。私が今生きているのは、ウィルが少し治してくれたおかげなのでしょう」
「少しだけですよ。今回は改めてアストリッドを治しに来ました。この暖かいコートはロヴィーサからのお礼だそうですよ。どうです、大人っぽくありません?」

 寝台の近くのウッドチェアに座った青年が、自慢げに上質なコートを見せてくる。確かに19のウィルを大人っぽく見せてくれる服だと思う。
 元々見目のいい青年。外を歩いていたら女性の話題を攫う事は間違いない。

「待って。それは後で良いわ、貴方がまた寝る前に話したい事が2つあるの。1つはお母様の事。ピアノを弾いても良いって認めて下さったのよ!」

 話を遮ると、金髪の青年の顔に笑みが浮かぶ。

「ああ、おめでとうございます! ロヴィーサの顔がスッキリしていたのでそうだったら良いな、とは思っていたんです。本当に良かった、これでドイツにも行けますね」
「うん、本当に嬉しい。お母様反省もしてるみたい。それで、2つ目なんだけど!」

 動けないながら精一杯ウィルを睨み付けると、青年の表情が一瞬強張ったのが分かった。

「貴方、6年前にトロムソ本土でやっていた夏至祭で私と会ってたわね?」
「え」

 途端、ウィルの動きが止まった。

「全部思い出したのよ。よくも私の記憶を消してくれたわね。もしかしてこの6年のどこかで聞き耳も立ててた? 最低ね」

 糾弾するように強めに言うと、見るからにウィルが狼狽え始めた。

「え、あ、いえ、それは母さんに腐ったチーズ以下と凄く注意されたのでやってません……! じゃなくて、なんで……あっ、俺の魔力で誘発されて……?」
「ぶつぶつうるさい!」

 大声を出すとあばらが痛かったが構わなかった。自分の声にウィルの肩がビクリと跳ねる。

「どうして言ってくれなかったのよ! 貴方が言っていた約束の人って私だったって事なのでしょう?」

 自分に焼き餅を焼いていたり、勘違いでウィルに失望したのかと思うと情けない。言っておいてくれたらカウトケイノで別行動を取る事だって無かったかもしれない。
 一度噴き出した怒りはなかなか収まってくれなかった。

「ご、ごめんなさい。言ったところで意味が無いと思ったんです……消した記憶を蘇らせるなんて、やった事無いし……怖くないですか。自分に無い記憶があるとか」
「まあそうだけど」

 狼狽えきったウィルの言葉に頷く。逆に不信感を抱いていた可能性だってある。

「口調だって違うし……」

 これが1番衝撃的だったかもしれない。丁寧な喋り方、と言うだけで6年前と今のウィルはまるで別人だ。

「それ、は…………です」

 小さな声で口ごもられ何を言っているか分からなかった。もう一度言ってくれるよう目線だけで促す。

「それは、貴女に格好悪く思われたくなかったからです!!」

 赤くなった顔から、自暴自棄になったような大きな声が飛び出してきた。その反応に、その理由に、返す言葉が出て来なかった。
 確かに6年前の自分はウィルに格好悪いだとか言っていた。まさか、それが理由だとは思わなかった。

「それ、は私のせいね……ごめんなさい。それ、だけ?」
「それだけです!」

 断言するウィルを見ていると段々気恥ずかしくなってきた。
 この魔法使いは自分の為に山を下り、自分に格好良いと思われたい為に喋り方も意識していたのだ。

 ――その人は確かに素敵な人ですが。

 いつぞや海上で話していた約束の人への言葉を思い出す。
 ウィルは自分をとても大事に扱ってくれる。それはこの青年も自分と同じ気持ちを抱いてくれているからなのだろう。

「貴方ってそういうところあるわよね! もー」

 照れ臭いが嬉しい。一度咳払いしていた。

「でも……約束守ってくれて有り難う。6年前も今も、ピアニストへの一歩を踏み出せたのは貴方のおかげよ。感謝してる。有り難う」

 今自分がどんな顔をしているか分からなかった。きっとこちらもウィルと同じくらい赤くなっている。

「良いんです、俺は貴女……のファンですから」

 その言葉は確かにウィルの本心なのかもしれないが、今聞きたい言葉ではない。ついつい、ふーん、と可愛くない事を言っていた。

「ねえウィル。抱き締めてくれる?」
「えっ、どうして、ですか?」

 だから自分から言おう、と思って続けたが、返ってきたのはいつものように情けない声。ウィルはどんな時でもウィルらしい。
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