元魔王は気弱な貴族令嬢に転生しました

Luno

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7話 リゼナの日記_1

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リゼリアは自室に戻るなり、深いため息をついた。
共に戻ってきていたそばかすの侍女は、仕事に戻ると言って途中で離れていった。

「ふぅ……とんでもない妹だったわね」

あの高慢で冷たい視線。明らかに見下されていた。この体の持ち主──リゼナは、妹からあんな態度を取られるほど軽んじられていたのだろうか。

「あれがこの体の妹……。ほかに家族はいるのかしら?ああいう性格じゃなければいいんだけど」

苛立ちというよりは、呆れに近い感情だった。だが同時に、リゼナへの同情も湧いてくる。あんな妹と毎日顔を合わせていたなんて。

今回のやりとりで得られたのは、自分の名前が「リゼナ」であり、妹との関係は良好とはとても言えない、ということだけ。家族構成も、この屋敷での立場も、まだ何もわからない。

「……何か、ほかに手がかりはないかしら」

部屋を見渡したリゼリアは、机の引き出しに手を伸ばす。羊皮紙の束、羽ペン、インク壺……ありふれた文房具の下に、何か硬いものが手に触れた。
しばらく漁っていると、革張りの装丁に美しい紫色の宝石があしらわれた、一冊の本が目にとまった。

「…これは?」

重厚な造りの本を手に取る。表紙に文字はないが、明らかに大切にされていた形跡がある。革の手触りは滑らかで、宝石も一点の曇りもない。

ゆっくりと開いたそれは、リゼナ――かつてこの体に宿っていた少女の日記だった。
最初のページには、拙くも元気な文字でこう綴られている。

────────────

〇月〇日 今日は私の9歳の誕生日だった!
お父様からプレゼントで日記をもらったから、これからたくさん書くんだ!
大事にするって約束したから、いっぱい書くよ!

────────────

文字は幼く、ところどころインクが滲んでいるが、行間から溢れる喜びが伝わってくる。父親からの贈り物を、どれほど大切に思っていたことか。

「これを読めばリゼナの事や周りの状況がよくわかるかしら…?」

そう呟きながら、リゼリアはパラパラと日記を読み進めて行く。

────────────

〇月〇日 リリーとヴィルの7歳の誕生日!
リリーはエメラルドのネックレス、ヴィルはすっごく綺麗な剣をもらってた。
二人とも嬉しそうで、見てるこっちまで幸せな気持ちになる。

〇月〇日 明日、お父様が久しぶりに帰ってくる!
国境を守るお仕事で忙しいから、なかなか会えないんだけど……
やっと会えるの、すっごく楽しみ。お父様に話したいこと、いっぱいあるんだ!

〇月〇日 今日は私の10歳の誕生日!
先生が言ってた。ルクレシア家の人は、10歳くらいで魔法が発現するんだって。
私の魔法はどんなのかな?楽しみだな。お父様に早く見せたい!

〇月〇日 最近、お父様がまた忙しそう。
前よりも会う時間が減っちゃった。少し寂しいけど、我慢しないと。

〇月〇日 お義母様をまた怒らせてしまった。
朝のあいさつがちゃんとできてなかったみたい。
もっと気をつけないと……リリーみたいに、ちゃんとしなきゃ。

────────────

「リリーとヴィル……同じ日が誕生日ということはきっと双子ね。そして、お義母様ということは……」

リゼリアの眉が寄る。父親は再婚していて、リゼナは前妻の子。リリーとヴィルは父と継母の間に生まれた異母弟妹ということになる。

ページをめくる手が、自然と慎重になる。筆跡が少しずつ大人びていくのに対して、内容には徐々に不安がにじみ始めていた。

────────────

〇月〇日 11歳になったけど、まだ魔法が発現しない。
先生は「遅れる子もいる」と言ってたけど、少し不安になる。
リリーもヴィルも「もうすぐじゃない?」って笑ってたけど、本当にそうかな……。

〇月〇日 12歳になっても、やっぱり魔法は出てこない。
魔力を感じる練習もしてるし、頑張ってるのに。どうして?何が足りないのかな……。

〇月〇日 今日はリリーとヴィルの10歳の誕生日。
二人とも魔法が発現した!
リリーは、すっごくいい香りのする薔薇の魔法で、みんなに「素敵ね」って褒められてた。
ヴィルは「紫電系」っていう魔法で、すごく珍しいんだって。
二人ともすごいなぁ。私はもうすぐ13歳になるのに…まだ魔法は出てこない。
たまに、お義母様の目が怖い。お父様とも、最近はなかなか会えない。
リリーとヴィルが楽しそうに魔法を使ってるのを見ると、嬉しいのに、泣きたくなるのはどうしてだろう。

────────────

読み進めるにつれて、リゼリアの胸が締めつけられる。

リゼナは魔法が使えないのだ。13歳になっても、なお発現しない。正当な娘、それも長女でありながら家門の誇りである魔法の才能を開花できていない。

「なるほど……それで」

リリーの傲慢な態度、日記に書かれた継母の冷たい扱い、すべてに説明がつく。リゼナは前妻の子であるうえに、魔法も使えない。継母にとっては、まさに邪魔な存在だったのだろう。

────────────

〇月〇日 今日は悲しいことがあった。お父様のお仕事が、あと五年は終わらないんだって。
魔物の動きが激しくなってるとか、隣の国が怪しい動きをしてるとか……むずかしいことばっかり。
とにかく、まだまだ帰ってこれないらしい。お父様が帰ってくるのを、ずっと楽しみにしてたのに。
誕生日も、お祝いも、もう何年も一緒にしてない。
でも……お父様ががんばってるのは、私たちの国のためなんだよね。私もがんばらなきゃ。…でもやっぱり、少しだけでいいから、会いたいな。

────────────

ページの端に、小さなシミがついているのに気づく。涙の跡だろうか。必死に明るく振る舞おうとしながらも、一人になった時には涙を流していたのかもしれない。
年下の異母弟妹たちが次々と才能を開花させていく中で、一人だけ取り残される孤独感。そして何より、愛する父に会えない寂しさ。

「この子……どれほど辛い思いをしていたの」

リゼナは、本当に父の帰りを待ち望んでいたのだ。魔法が使えない自分を受け入れてくれる、たった一人の理解者として。

(会いたい、か)

そんな単純で、けれど切実な願いが、叶えられなかった人生。
どれだけ笑っていても、どれだけ我慢していても、それでも「少しだけでいいから」なんて思ってしまう――そんな健気な心。

「……私にもわかる気がするわ」

ぽそりとつぶやいたその声音には、どこか遠い昔を振り返るような響きがあった。リゼリア自身も、かつて誰かを待ち続けた経験があるのだろうか。

しばし沈黙のあと、リゼリアは静かに息を吸い込む。この少女の人生を、今の自分が背負っているのだ。その重さを、責任を、ようやく実感し始めていた。

「…ここ数年の記録ね。続きを……見せてもらうわ。リゼナ」

ぱら、と紙のめくれる音だけが、静かな室内に響いた。
そして、現れたのは少しずつ筆致に成長を感じさせながらも、どこか幼さの残る少女の言葉が並んでいた。
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