9 / 20
本編
8話 リゼナの日記_2
しおりを挟む
────────────
〇月〇日
マーサが屋敷を出ることになった。リリーの宝石をマーサが盗んだって…。
でも、そんなはずない。絶対に違う。
マーサは、私がまだ小さかったころからずっとそばにいてくれた。
髪をとかしてくれたり、眠れない夜に歌を歌ってくれたり…お母様がいなくなったあとも、ずっと優しくしてくれた。
そんな人が、宝石なんて盗むはずないって…何度もそう言ったけど、誰も聞いてくれなかった。
お父様がいたら、きっと止めてくれたのに。
────────────
〇月〇日
ヴィルが最近、ずっと忙しそう。
前は、たまに一緒に本を読んでくれたり、庭で魔法の練習を見てくれたりしたのに。
「まだ魔法も出ないのに、練習なんか意味ないだろ」って言われた。
目も合わなかった。……たぶん、がっかりされてるんだろうな。
────────────
〇月〇日
リリーと話すことが少なくなった。
昔みたいに一緒にお菓子を作ったり、おそろいの髪飾りをつけたりしなくなった。
それに、最近すごく笑顔が可愛くなった。私の前では、ちょっとだけ違う顔だけど……。
私のこと、どう思ってるのかな。聞くのがこわい。
────────────
〇月〇日
お義母様の顔を見るだけで、息がしづらくなった。
朝食のときも、廊下ですれ違ったときも、怒られているわけじゃないのに、身体がぎゅってなる。
リリーやヴィルと話しているときは、あんなに優しそうなのに。
……私だけ、違う目で見られてる気がする。
────────────
〇月〇日
最近、侍女がよく代わる。前までいた子がいなくなって、いつの間にか知らない人がいる。
「別の持ち場に行っただけ」と言われたけど……本当にそうなのかな?
なんだか、最近は人の言葉をすぐに信じられなくなってきた。
────────────
〇月〇日
お父様にお手紙を出した。もう何通書いたか覚えてないくらい。
ちゃんとマーサのことも書いたし、お兄様やリリーのことも書いた。
でも……返事はまだこない。遠くにいるから、仕方ないって思いたいけど…。
返事がほしい。お父様の字を、声を、会えなくても少しだけ感じたい。
────────────
ページを繰るたび、胸の奥がじわりと熱くなっていく。
日記に綴られた少女の「願い」と「孤独」が、リゼリアの心を揺さぶってやまなかった。
(…家族に認められたくて、居場所がほしくて頑張っていたのにどうしてもうまくいかなかった女の子…。あの子はずっとここでひとりだったのに、諦めずに生きていたのね)
リゼリアはそっと手を止め、目を閉じた。
「だいたい、わかったわ。あなたが、どんなふうにここで生きてきたのか。……それだけは、忘れないでおくわ。リゼナ」
だがその直後、ページの隙間から一枚の紙片がふわりと落ちた。
──それは、日記の切れ端。
周囲のページとは違い、わざと破られたような痕があった。
破られ、一度くしゃくしゃにした形跡がある一枚だった。
リゼリアは静かにそれを拾い上げる。
────────────
〇月〇日
また食事を抜かされた。
理由はやっぱりわからない。お義母様に、何か気に障ることをしちゃったのかもしれないけど、わからない。
聞いても答えてくれないし、謝っても「黙って。あっちに行きなさい」の一言で終わっちゃう。
お腹がすいて眠れなかったから、夜中にこっそり厨房まで行った。
そしたら使用人の子が、パンの耳をくれたの。すごく美味しくて、幸せだった。
だって、たくさんお話しできたから。こんなに楽しくお話しできたのはいつぶりだろう。
でも…ユナがパンの耳を盗んだって、屋敷を出ていくことになった。
…また、大切な人がいなくなる。私のせいで!
私が、空腹を我慢できなかったから。
────────────
ページの端ではインクがにじんでいた。
涙を拭うことも忘れて、必死に想いを綴ろうとした痕跡がある。
「ひどい…理由も言わずに食事を抜くなんて…。これじゃなにがいけなかったのかわからないじゃない。それにパンのかけらを分けてくれた優しい子まで追い出すなんて」
リゼリアの声が震えた。
これは虐待以外の何物でもない。
そして誰一人として、この少女を守ろうとしなかったし、数少ない味方は次々と消えていった。
「……同じね。魔族だからって理由で虐げられていた子供たちと。何の罪もないのに、理不尽に差別されて、飢えて……」
あの時の自分には力があったから、全てを壊してでも守ると決めることができた。
――けれど、目の前のこの少女は?
この屋敷という牢獄の中で、声をあげることも許されず、ひとりきりで泣き続けていた。
助けを呼ぶことさえできない、そんな閉ざされた世界で。
「リゼナ、頑張ったわね。私は、あなたのためにここにいるわ」
その言葉は誰に聞かれることもなく、空気に溶けて消えていく。
なぜリゼナの体に、リゼリアの魂が入ったのは分からない。だが、リゼリアはこのからだに宿ったのが自分でよかったと思った。
「あなたの苦しみを無駄にしたくない。なぜリゼナの体に私の魂が入ったのかは分からないけど、あなたの痛みに恥じない生き方をしてみせるわ」
この体の少女、リゼナが叶えられなかった願いを胸に、この人生を大切に生きていこう。
そう心に誓った瞬間、空気がふわりと揺れ、紫の宝石があしらわれた日記帳が夕陽の光を受けて輝いた。
もう自分はただのリゼリアではなく、リゼナという少女の人生を引き継いだ、新しい存在なのだと。
こうしてリゼリア――いや、リゼナの新しい物語が、静かに幕を開けた。
〇月〇日
マーサが屋敷を出ることになった。リリーの宝石をマーサが盗んだって…。
でも、そんなはずない。絶対に違う。
マーサは、私がまだ小さかったころからずっとそばにいてくれた。
髪をとかしてくれたり、眠れない夜に歌を歌ってくれたり…お母様がいなくなったあとも、ずっと優しくしてくれた。
そんな人が、宝石なんて盗むはずないって…何度もそう言ったけど、誰も聞いてくれなかった。
お父様がいたら、きっと止めてくれたのに。
────────────
〇月〇日
ヴィルが最近、ずっと忙しそう。
前は、たまに一緒に本を読んでくれたり、庭で魔法の練習を見てくれたりしたのに。
「まだ魔法も出ないのに、練習なんか意味ないだろ」って言われた。
目も合わなかった。……たぶん、がっかりされてるんだろうな。
────────────
〇月〇日
リリーと話すことが少なくなった。
昔みたいに一緒にお菓子を作ったり、おそろいの髪飾りをつけたりしなくなった。
それに、最近すごく笑顔が可愛くなった。私の前では、ちょっとだけ違う顔だけど……。
私のこと、どう思ってるのかな。聞くのがこわい。
────────────
〇月〇日
お義母様の顔を見るだけで、息がしづらくなった。
朝食のときも、廊下ですれ違ったときも、怒られているわけじゃないのに、身体がぎゅってなる。
リリーやヴィルと話しているときは、あんなに優しそうなのに。
……私だけ、違う目で見られてる気がする。
────────────
〇月〇日
最近、侍女がよく代わる。前までいた子がいなくなって、いつの間にか知らない人がいる。
「別の持ち場に行っただけ」と言われたけど……本当にそうなのかな?
なんだか、最近は人の言葉をすぐに信じられなくなってきた。
────────────
〇月〇日
お父様にお手紙を出した。もう何通書いたか覚えてないくらい。
ちゃんとマーサのことも書いたし、お兄様やリリーのことも書いた。
でも……返事はまだこない。遠くにいるから、仕方ないって思いたいけど…。
返事がほしい。お父様の字を、声を、会えなくても少しだけ感じたい。
────────────
ページを繰るたび、胸の奥がじわりと熱くなっていく。
日記に綴られた少女の「願い」と「孤独」が、リゼリアの心を揺さぶってやまなかった。
(…家族に認められたくて、居場所がほしくて頑張っていたのにどうしてもうまくいかなかった女の子…。あの子はずっとここでひとりだったのに、諦めずに生きていたのね)
リゼリアはそっと手を止め、目を閉じた。
「だいたい、わかったわ。あなたが、どんなふうにここで生きてきたのか。……それだけは、忘れないでおくわ。リゼナ」
だがその直後、ページの隙間から一枚の紙片がふわりと落ちた。
──それは、日記の切れ端。
周囲のページとは違い、わざと破られたような痕があった。
破られ、一度くしゃくしゃにした形跡がある一枚だった。
リゼリアは静かにそれを拾い上げる。
────────────
〇月〇日
また食事を抜かされた。
理由はやっぱりわからない。お義母様に、何か気に障ることをしちゃったのかもしれないけど、わからない。
聞いても答えてくれないし、謝っても「黙って。あっちに行きなさい」の一言で終わっちゃう。
お腹がすいて眠れなかったから、夜中にこっそり厨房まで行った。
そしたら使用人の子が、パンの耳をくれたの。すごく美味しくて、幸せだった。
だって、たくさんお話しできたから。こんなに楽しくお話しできたのはいつぶりだろう。
でも…ユナがパンの耳を盗んだって、屋敷を出ていくことになった。
…また、大切な人がいなくなる。私のせいで!
私が、空腹を我慢できなかったから。
────────────
ページの端ではインクがにじんでいた。
涙を拭うことも忘れて、必死に想いを綴ろうとした痕跡がある。
「ひどい…理由も言わずに食事を抜くなんて…。これじゃなにがいけなかったのかわからないじゃない。それにパンのかけらを分けてくれた優しい子まで追い出すなんて」
リゼリアの声が震えた。
これは虐待以外の何物でもない。
そして誰一人として、この少女を守ろうとしなかったし、数少ない味方は次々と消えていった。
「……同じね。魔族だからって理由で虐げられていた子供たちと。何の罪もないのに、理不尽に差別されて、飢えて……」
あの時の自分には力があったから、全てを壊してでも守ると決めることができた。
――けれど、目の前のこの少女は?
この屋敷という牢獄の中で、声をあげることも許されず、ひとりきりで泣き続けていた。
助けを呼ぶことさえできない、そんな閉ざされた世界で。
「リゼナ、頑張ったわね。私は、あなたのためにここにいるわ」
その言葉は誰に聞かれることもなく、空気に溶けて消えていく。
なぜリゼナの体に、リゼリアの魂が入ったのは分からない。だが、リゼリアはこのからだに宿ったのが自分でよかったと思った。
「あなたの苦しみを無駄にしたくない。なぜリゼナの体に私の魂が入ったのかは分からないけど、あなたの痛みに恥じない生き方をしてみせるわ」
この体の少女、リゼナが叶えられなかった願いを胸に、この人生を大切に生きていこう。
そう心に誓った瞬間、空気がふわりと揺れ、紫の宝石があしらわれた日記帳が夕陽の光を受けて輝いた。
もう自分はただのリゼリアではなく、リゼナという少女の人生を引き継いだ、新しい存在なのだと。
こうしてリゼリア――いや、リゼナの新しい物語が、静かに幕を開けた。
1
あなたにおすすめの小説
元婚約者に捨てられて皇太子に拾われたけど、今さら後悔しても遅いですよ?
exdonuts
恋愛
婚約破棄された日に崖から落ちた。目覚めたら見知らぬ国の皇太子に拾われ、私は皇太子妃候補に。元婚約者は私の死を喜び、新妻と祝杯を挙げていた。だが一年後、国賓として訪れた私は皇太子の腕に抱かれていた。彼の溺愛は国を揺るがすほどで、元婚約者の後悔の叫びなど届かない。ざまぁ、あなたが捨てたこの女が、今世界で一番愛されているのよ。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました
九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」
悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。
公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。
「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」
――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!(続く)
陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
恋愛
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜
タイトルちょっと変更しました。
政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。
それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。
なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。
そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。
そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。
このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう!
そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。
絶望した私は、初めて夫に反抗した。
私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……?
そして新たに私の前に現れた5人の男性。
宮廷に出入りする化粧師。
新進気鋭の若手魔法絵師。
王弟の子息の魔塔の賢者。
工房長の孫の絵の具職人。
引退した元第一騎士団長。
何故か彼らに口説かれだした私。
このまま自立?再構築?
どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい!
コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?
目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています
月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。
しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。
破滅を回避するために決めたことはただ一つ――
嫌われないように生きること。
原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、
なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、
気づけば全員から溺愛される状況に……?
世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、
無自覚のまま運命と恋を変えていく、
溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる