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本編
10話 仮面の朝餐_2
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「そういえばリゼナ。あなた、落馬したんですって?」
継母がふと思い出したように口を開いた。
それが心配ではなく、様子を窺っているだけだとリゼナは瞬時に察する。
「はい、侍女のドリーからそう聞きました。私も、まだ記憶がぼんやりしていて詳しいことはわからなくて…。あの時――」
「落馬したのをリリアナのせいにしたと聞いたわ」
「……」
継母の言葉がかぶせられた。
どうやらそれが聞きたかったらしい。
(…そうやって泣きついたのね、リリー)
「ご心配をおかけして申し訳ありません、お義母様。落馬したことをリリーのせいにするなんて……姉として、そんな無責任なことを言うわけがありません」
そう口にしながら、リゼナは状況を見極める。
(今肯定したり態度を変えれば、継母は逐一監視してくるでしょうね…。それは面倒だわ。まだ知らないことが多いというのに。記憶はあいまいで、性格は変わっていないように見せておく方が今は都合がよさそうね)
そう結論付けたリゼナは、過去の『従順で、怯えがちな彼女』をなぞるように、声を落として続けた。
「……あの時は、その……落馬の直後で、動揺していたんです。体中痛くて、気が動転していて…リリーに少し強く当たってしまったかもしれません。けれど、決して、責任を押しつけるつもりではなかったんです」
申し訳なさと不安をにじませた表情で俯く。声を震わせ言葉を発するリゼナは、まるで罰を恐れる子供かのように不安にあふれていた。
本当のところを言えば、落馬によって『すべての記憶を失った』としてしまえば、ずっと楽だった。
だがリゼナは、断片的に浮かんだ過去の記憶と現状の理不尽さに、ついリリアナに言い返してしまったのだ。
それにより、『記憶がある』ということが既に露呈してしまっている。
(いまさら何もかも記憶にないと主張するのは、さすがに無理があるわよね…)
そんなリゼナの心境を知ってか知らずか、継母は彼女の言葉と態度を見て満足そうに頷いた。
「そう。あなたがそう言うなら、それでいいわ。でも――」
継母の目が冷ややかに細まる。
「リリアナは、あなたに『馬に乗れるようになりたい』と相談されて、親切心で付き合ってくれたのよ。それなのに責められるなんて、可哀想だったでしょうね」
「お母様……」
リリアナが慎ましく俯いた。
「お姉様も怪我をなさって大変だったんですもの。私のことなんて……」
(お父様からもらった馬に早く乗りたいと、はしゃいでいたのはあなたでしょうに…。裏では私が浮かれていたかのように説明していたのね)
「リリー…、本当にごめんなさい。私のせいで、あなたまで嫌な思いをさせてしまって」
声を震わせながら謝罪するリゼナ。その様子を見て、リリアナの目に一瞬、勝ち誇ったような光が宿った。しかし、それもすぐに憂いを帯びた表情に戻る。
「いえ、お姉様。お気になさらないでください。お姉様のお怪我が治って、本当に良かったです」
(まったく…演技派ね、あなたも)
リゼナは心の中で呟きながら、静かにティーカップを口元に運ぶ。
「ところで、リゼナ」
継母が再び口を開いた。
「王室から、アストレイア公爵家のレイアス様の凱旋を祝うパーティの招待状が届いているわ。魔物との戦いで大勝利を収められたそうよ」
継母の声は表面的には穏やかだったが、その瞳には複雑な光が宿っていた。
「リリアナは当然出席するのだけれど……あなたは、まだ体調も万全じゃないでしょうし、無理をする必要はないわ」
(よりによって貴族がうじゃうじゃいるパーティーですって?できれば行きたくないわ…)
リゼナは不安そうに目を伏せる。
「そう、ですね……私なんかが出席しても、ご迷惑をおかけするだけかもしれません」
すると、リリアナが慎ましやかに口を挟んだ。
「お母様、もしよければ、お姉様も…出席させてもらえませんか?お怪我も治られたことですし、きっと良い気分転換になると思うのです」
継母は眉をひそめた。
「リリアナ、でも……」
「私がお姉様をお支えいたしますので、安心してください」
リリアナの健気な様子と、リゼナの不安そうな表情を見比べた継母は、ふと安堵したような表情を浮かべた。
「…まあ、リリアナがそう言うなら構わないわ。リゼナ、出席しなさい。ただし、みっともない真似は絶対にしないこと。分かったわね?」
継母がふと思い出したように口を開いた。
それが心配ではなく、様子を窺っているだけだとリゼナは瞬時に察する。
「はい、侍女のドリーからそう聞きました。私も、まだ記憶がぼんやりしていて詳しいことはわからなくて…。あの時――」
「落馬したのをリリアナのせいにしたと聞いたわ」
「……」
継母の言葉がかぶせられた。
どうやらそれが聞きたかったらしい。
(…そうやって泣きついたのね、リリー)
「ご心配をおかけして申し訳ありません、お義母様。落馬したことをリリーのせいにするなんて……姉として、そんな無責任なことを言うわけがありません」
そう口にしながら、リゼナは状況を見極める。
(今肯定したり態度を変えれば、継母は逐一監視してくるでしょうね…。それは面倒だわ。まだ知らないことが多いというのに。記憶はあいまいで、性格は変わっていないように見せておく方が今は都合がよさそうね)
そう結論付けたリゼナは、過去の『従順で、怯えがちな彼女』をなぞるように、声を落として続けた。
「……あの時は、その……落馬の直後で、動揺していたんです。体中痛くて、気が動転していて…リリーに少し強く当たってしまったかもしれません。けれど、決して、責任を押しつけるつもりではなかったんです」
申し訳なさと不安をにじませた表情で俯く。声を震わせ言葉を発するリゼナは、まるで罰を恐れる子供かのように不安にあふれていた。
本当のところを言えば、落馬によって『すべての記憶を失った』としてしまえば、ずっと楽だった。
だがリゼナは、断片的に浮かんだ過去の記憶と現状の理不尽さに、ついリリアナに言い返してしまったのだ。
それにより、『記憶がある』ということが既に露呈してしまっている。
(いまさら何もかも記憶にないと主張するのは、さすがに無理があるわよね…)
そんなリゼナの心境を知ってか知らずか、継母は彼女の言葉と態度を見て満足そうに頷いた。
「そう。あなたがそう言うなら、それでいいわ。でも――」
継母の目が冷ややかに細まる。
「リリアナは、あなたに『馬に乗れるようになりたい』と相談されて、親切心で付き合ってくれたのよ。それなのに責められるなんて、可哀想だったでしょうね」
「お母様……」
リリアナが慎ましく俯いた。
「お姉様も怪我をなさって大変だったんですもの。私のことなんて……」
(お父様からもらった馬に早く乗りたいと、はしゃいでいたのはあなたでしょうに…。裏では私が浮かれていたかのように説明していたのね)
「リリー…、本当にごめんなさい。私のせいで、あなたまで嫌な思いをさせてしまって」
声を震わせながら謝罪するリゼナ。その様子を見て、リリアナの目に一瞬、勝ち誇ったような光が宿った。しかし、それもすぐに憂いを帯びた表情に戻る。
「いえ、お姉様。お気になさらないでください。お姉様のお怪我が治って、本当に良かったです」
(まったく…演技派ね、あなたも)
リゼナは心の中で呟きながら、静かにティーカップを口元に運ぶ。
「ところで、リゼナ」
継母が再び口を開いた。
「王室から、アストレイア公爵家のレイアス様の凱旋を祝うパーティの招待状が届いているわ。魔物との戦いで大勝利を収められたそうよ」
継母の声は表面的には穏やかだったが、その瞳には複雑な光が宿っていた。
「リリアナは当然出席するのだけれど……あなたは、まだ体調も万全じゃないでしょうし、無理をする必要はないわ」
(よりによって貴族がうじゃうじゃいるパーティーですって?できれば行きたくないわ…)
リゼナは不安そうに目を伏せる。
「そう、ですね……私なんかが出席しても、ご迷惑をおかけするだけかもしれません」
すると、リリアナが慎ましやかに口を挟んだ。
「お母様、もしよければ、お姉様も…出席させてもらえませんか?お怪我も治られたことですし、きっと良い気分転換になると思うのです」
継母は眉をひそめた。
「リリアナ、でも……」
「私がお姉様をお支えいたしますので、安心してください」
リリアナの健気な様子と、リゼナの不安そうな表情を見比べた継母は、ふと安堵したような表情を浮かべた。
「…まあ、リリアナがそう言うなら構わないわ。リゼナ、出席しなさい。ただし、みっともない真似は絶対にしないこと。分かったわね?」
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