元魔王は気弱な貴族令嬢に転生しました

Luno

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本編

12話 不器用な優しさ

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その時、図書室の扉が開く音がした。
リゼナは慌てて本を閉じ、振り返る。
セイルが初代国王だったという衝撃がまだ胸に残っているが、今は平静を装わなければ。
すると図書室に入ってきた人物が声をかけてきた。

「…また書庫か」

扉の前に立っていたのは、黄色い髪に黄緑の瞳をした少年だった。柔らかなくせ毛が無造作に跳ねている。
整った顔立ちはリリアナとよく似ているが、そのくせ毛のせいでより少年らしい印象を与えていた。

(この特徴……日記に書かれていた弟のヴィルヘルムね)

「……姉上も物好きだな。昼間っから本なんか読んで」

素っ気ない口調で言いながら、ヴィルヘルムは本棚に寄りかかった。その視線が、姉――リゼナの様子をうかがうように動く。

「何か調べ物?まさか、また魔法の文献でも探してるんじゃ――」

「王国の歴史を確認していただけよ」

リゼナがさらりと答えると、ヴィルヘルムの言葉が止まった。

「…歴史書?」

ヴィルヘルムは軽く眉を上げ、明らかに意外そうな顔をする。

「珍しいな。姉上はいつも魔法理論の本ばかり読んでたのに」

「たまには違うものも読むわよ」

「ふーん……」

ヴィルヘルムは疑わしそうに目を細めると、本棚から一冊の本を抜き取った。

「まあ、魔法理論の本ばかり読んでも、結局使えないんじゃ宝の持ち腐れだろ。いい加減現実を見て、もっと自分に合った道を探せば?」

(あら、結構きついことを言うのね)

家門の誇りである魔法を使えないことを受け入れろと言うのは、過去のリゼナであれば到底受け入れられなかっただろう。
リゼナは内心苦笑したが、その言葉の端々にある妙な違和感に気付く。

「魔法の発現って、そんなに重要なの?」

つい、そんな質問が口から出ていた。それを聞いたヴィルヘルムの動きが一瞬止まる。

「……何だよ、急に。姉上がそんなこと聞くなんて珍しいな」

「いえ、ただ気になっただけよ」

ヴィルヘルムは本を持ったまま、少し困ったような表情を浮かべた。

「別に...重要じゃないとは言わないけど、そんなに気にすることでもないだろ。世の中、魔法使えない人の方が圧倒的に多いんだし」

彼は本棚に背中を預けながら、わざと素っ気ない口調で続けた。

「それに魔法が使えたって、それだけで調子に乗ってる馬鹿なんて何人も見てきただろ?学院にだっていたじゃないか。魔法しか取り柄がないくせに偉そうにしてる奴ら」

ヴィルヘルムは少し苛立ったように髪をかき上げる。

「姉上は...その、いつも難しい本ばかり読んでるし、知識だって誰よりも豊富だ。そういうのは魔法なんかよりよっぽど価値があると思うけどな。…まあ、姉上が気づいてないだけで」

最後の部分を小声でぼそりと呟くと、ヴィルヘルムは慌てたように顔を逸らした。

リゼナは少し驚いた表情を浮かべた。想像していたよりもずっと真面目に、しっかりと答えてくれたヴィルヘルム。日記に書かれていた通り素っ気ない態度ではあったが、その言葉の端々には確かな思いやりが込められていた。

(この子、もしかしてリゼナのこと心配していたのかしら)

「…慰めてくれてるの?」

リゼナがそっと尋ねると、ヴィルヘルムの肩がピクリと跳ねた。

「は?...そういうわけじゃない!ただ事実を言っただけだ」

彼は慌てたように振り返り、頬を赤らめながら強く否定する。だが当のリゼナはその返答を聞き流すように、ふと別のことを考えていた。

(でも...過去の記憶はほとんどないから、ヴィルヘルムが言ったリゼナの知識も無くなってしまったわね...)

ヴィルヘルムが褒めてくれた豊富な知識も、実際には元のリゼナのものだ。今の自分にはそれがない。そんなことを考えていると、自然と表情が沈んでしまった。

その時、リゼナの表情が少し沈んだのを見て、ヴィルヘルムの顔に焦りの色が浮かぶ。彼は慌てて挑発的な口調で言った。

「ふんっ。いつもなら『きっと魔法は発現するはず』とか『もう少し頑張れば魔法が使えるようになる』とか言ってまた難しい本を読み始めるのに。今日は随分あっさりしてるじゃないか。いつもと様子も…違うし…頭でも打ったんじゃないのか?」

ツンツンしながらも、少し不安そうにリゼナの顔色をうかがうヴィルの様子に、リゼナは気づいた。

(...この子、私を元気づけようとしてくれてるのね)

彼なりの不器用な優しさが、その挑発的な言葉の裏に隠されている。

(でも、過去のリゼナの性格じゃ、ヴィルの態度は逆効果だったでしょうね。表面的な言葉だけを受け取って、ますます自信を失くしていたはず…)

リゼナはヴィルヘルムの不器用な優しさを感じ取りながら、ふと少し意地悪な気持ちが芽生えた。

(せっかくだし、この素直になれない弟を少しからかってみようかしら?)

リゼナは一瞬考えてから、あえて正直に答えることにした。

「……そうなのよ。実は落馬して頭を打ってしまって」

「は!?頭を打った!?」

本を落としそうになりながら、ヴィルヘルムが一歩前に出る。

「おい、それ本当に大丈夫なのかよ!?医者には診てもらったのか?まだ頭痛とか、めまいとかあるんじゃ――」

「……え?」

ここまで心配してくれるとは思わず、リゼナはつい声が漏れた。素っ気ない態度はどこへ行ったのか、目の前の少年は明らかに動揺している。

「何で『え?』なんだよ!頭打ったって重傷じゃないか!」

ヴィルヘルムは苛立ったように髪をかき上げた。

「え…ええ、そう、なんだけど…。ヴィル、心配してくれてるの?」

「はあ!?ち、違う!」

まるで子猫が毛を逆立てるように、ヴィルヘルムが慌てて後ずさった。顔が少し赤い。

(ふふ...思った以上に心配してくれるのね)

リゼナは内心でクスクスと笑いながら、弟の反応を楽しんでいた。だが、次のヴィルヘルムの言葉でその余裕は見事に粉砕される。

「そ、そういうわけじゃない!明日はパーティーがあるんだぞ!?頭打っておかしいまま参加したら、ルクレシア家の恥になるだろうが!」

ヴィルヘルムは必死に言い訳を並べ立てながら、腕を組んで顔を背ける。

(明日……?)

リゼナの思考が一瞬止まった。今朝、継母とリリーから聞いた「招待状が来た」という話。てっきり今日届いたものだと思っていたが――

「明日!?」

リゼナは思わず声を上げた。パーティーが明日だなんて、今初めて聞いた。通常なら招待状を受け取ってから数週間は準備期間があるはずだ。

「…何驚いてんだよ。招待状は二週間も前に来てるじゃないか」

ヴィルヘルムが怪訝そうに眉をひそめる。

「まあ、姉上は今まで一度もパーティーに出たことないし、体調崩してばかりだったからな。今回も最初から欠席だと思ってたけど、その様子じゃ今回は出席することにしたんだな」

彼はそっぽを向きながらぽつりと言う。

「初めてのパーティーなのに、落馬までして……無理すんなよ」

(初めてのパーティー……)

リゼナの表情が一瞬固まったあと、ゆっくりと口元が上がる。

「ふふふ……そうね、初めてのパーティーね」

「? なんで笑ってんだ?」

(なるほど、そういうことね…。継母もリリーも今日招待状が届いたかのように伝えてきたけど、実際は二週間前。リリーに限ってはあからさまに私に参加してほしそうだったし…。初めてのパーティーだから、私が何も知らない、何も準備できないと思っているのね……ふふふ)

準備期間も、ドレスの用意も、マナーの確認も、何一つ教えてくれなかった。きっと恥をかかせるつもりか、最初から欠席させるつもりだったのだろう。

「姉上?なんか怖い笑顔になってるぞ」

「あら、そう?気のせいよ」

リゼナは涼しい顔で答えた。
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