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本編
13話 予想外の喜び
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パーティー当日の朝。
朝日がレースのカーテンを透かして、リゼナの部屋に差し込んでいた。
昨夜は遅くまで王国の情勢について調べていたので少々寝不足だが、不思議と疲れは感じない。
(今日はいよいよ、社交界デビューね。完璧にこなして見せるわよ!)
すると、コンコン――と控えめなノックの音が響いた。
「お姉様、起きてますか?」
リリアナの声だ。いつもの優しげな声音だが、どこか上機嫌なように聞こえる。
「ええ、どうぞ入って」
扉がゆっくりと開き、リリアナが入ってきた。黄色い髪を丁寧に結い上げ、薄緑色の朝服を着ている。その後ろには、大きな箱を抱えたモルガと、侍女のドリーも控えていた。
「おはようございます、お姉様!」
「おはよう、リリー。随分と早い時間にどうしたの?」
「はい、その…お姉様のドレスを持ってきたんですが…」
リリアナの声には、申し訳なさが滲んでいた。
同時に、モルガが部屋の中央にある小さなテーブルに箱を置く。
「町中の仕立屋を当たったのですが、急なことでしたので…、どこも『貴族の令嬢向けドレスは完売』の一点張りだったんです。実は、昨日だけで十二軒も回ったのですが……」
「十二軒も?リリー、私のためにそんなに無理をしなくても…」
「いえ、妹としてお姉様の晴れ舞台を台無しにしかけているのですからこれくらいはやらないと。でも、ようやく見つけた一着も、他のお嬢様に買い占められてしまって……」
(随分と回りくどいのね。つまり今日のパーティーで着るドレスがないという事かしら?でもあの大きな箱は……)
リゼナはリリアナの長い前置きに内心で苦笑しつつ、テーブルに置かれている箱を見る。
「それで……実はひとつだけ、どうにか手に入れることができたドレスがあるのですが……」
そう言いながら、リリアナはモルガに目配せをした。モルガがゆっくりと箱の蓋を開け、白い薄紙を慎重に剥がしていく。
「お気に召さないかもしれません。でも、本当にこれしかなかったんです」
中から現れたのは――漆黒のドレスだった。
光沢のある黒い生地が朝日を受けて鈍く光り、胸元には黒いレースがあしらわれている。スカート部分は幾重にも重なったチュールが広がり、仕立て自体は悪くないが、長い間誰も袖を通さずに保管されていたかのような、どこか古ぼけた印象があった。
「まあ……!」
ドレスを見たリゼナの瞳が輝く。
(黒……私の色だわ。確かに生地はくすんでいて、長い間誰も着ていなかったような古さを感じるけれど、それでも構わないわ。この色を再び纏えるだけで嬉しいもの)
艶やかな黒髪をなびかせ、漆黒の衣を纏って立つ自分の姿を、人々が恐怖と畏怖の入り混じった視線で見ていたことを思い出す。
「素晴らしいじゃない!とても気に入ったわ。こんなに素敵なドレスを見つけてくれてありがとう、リリー」
(ドレスの形は綺麗だから、少し手を加えればきっと見違えるはずよ)
リゼナは心からの笑顔を浮かべて、古ぼけた生地を優しく撫でた。
「え……?あの……お姉様?」
リリアナの表情には隠しきれない当惑の色が浮かんでいた。喜ぶリゼナの様子を見て、モルガとドリーも顔を見合わせている。
「お姉様、本当にこちらでよろしいのですか?」
「ええ、もちろん!何か問題でも?」
「……いえ、お姉様が気に入ってくれたのであれば、それが一番ですわ」
リリアナは数秒間、何か言いたそうに口を開きかけたが、結局諦めたように微笑んだ。
そして、ドリーに向き直る。
「では、ドリー。お姉様のお支度をお願いします。私もパーティーの準備をしなければなりませんので」
「はい、リリアナお嬢様」
リリアナはもう一度リゼナを見て、複雑な表情を浮かべてから、モルガを連れて部屋を出ていった。
扉が閉まる直前、小さなため息が聞こえたような気がした。
◇
扉が閉まり、部屋にはリゼナとドリーだけが残された。
ドリーは腕を組んで立ったまま、呆れ顔でリゼナを見ている。
「……正気ですか、お嬢様」
声には明らかな軽蔑が滲んでいる。
昨日ドリーに侍女の仕事について問い詰めてから、一応仕事はするようになったが、態度は相変わらず高圧的だった。
「何がかしら?」
「黒い色でパーティーに出席だなんて。貴族社会の常識を何だと思っていらっしゃるんです?」
ドリーは鼻で笑った。
「王族の方々もいらっしゃるというのに。『ルクレシア家の令嬢は非常識』だなんて噂が立ったら、公爵家の名誉に関わりますよ?」
「あら、心配してくれるのね」
「心配なんかしてません」
ドリーは露骨に舌打ちをした。
「ただ、こんな主人に仕えているのが恥ずかしいだけです」
(まったく…ずいぶんと遠慮がないのね)
「でもこれはリリーが選んでくれたものじゃない。ならリリーが非常識ってことなのかしら?」
「リリアナお嬢様が非常識だなんて…!お嬢様程気品と教養に長けた令嬢はおりません!」
「なら大丈夫よ。その気品と教養に長けたリリーお嬢様が選んでくれたドレスなんだから」
「そう…ですが…」
「それじゃ、支度を手伝ってくれるかしら?」
「……分かりました。やるだけはやりますよ」
ドリーは投げやりに返事をして、黒いドレスに近づいた。
「まあ、どんな格好をしようと恥をかくのはあなたですから。私には関係ありませんけれど」
(この態度は…いつまで見逃してやればよいのかしら)
リゼナは内心でため息をついた。主人に対する最低限の敬意すら感じられない侍女を、いつまでも側に置いておくわけにはいかない。
(パーティーが終わったら、侍女を変えることも考えないとね)
そう思いながらも、表面上は穏やかに微笑むリゼナ。
リゼナの考えを知るはずもないドリーは、まるで触りたくないものを扱うように、慎重にドレスを広げて着付けを始めたのだった。
朝日がレースのカーテンを透かして、リゼナの部屋に差し込んでいた。
昨夜は遅くまで王国の情勢について調べていたので少々寝不足だが、不思議と疲れは感じない。
(今日はいよいよ、社交界デビューね。完璧にこなして見せるわよ!)
すると、コンコン――と控えめなノックの音が響いた。
「お姉様、起きてますか?」
リリアナの声だ。いつもの優しげな声音だが、どこか上機嫌なように聞こえる。
「ええ、どうぞ入って」
扉がゆっくりと開き、リリアナが入ってきた。黄色い髪を丁寧に結い上げ、薄緑色の朝服を着ている。その後ろには、大きな箱を抱えたモルガと、侍女のドリーも控えていた。
「おはようございます、お姉様!」
「おはよう、リリー。随分と早い時間にどうしたの?」
「はい、その…お姉様のドレスを持ってきたんですが…」
リリアナの声には、申し訳なさが滲んでいた。
同時に、モルガが部屋の中央にある小さなテーブルに箱を置く。
「町中の仕立屋を当たったのですが、急なことでしたので…、どこも『貴族の令嬢向けドレスは完売』の一点張りだったんです。実は、昨日だけで十二軒も回ったのですが……」
「十二軒も?リリー、私のためにそんなに無理をしなくても…」
「いえ、妹としてお姉様の晴れ舞台を台無しにしかけているのですからこれくらいはやらないと。でも、ようやく見つけた一着も、他のお嬢様に買い占められてしまって……」
(随分と回りくどいのね。つまり今日のパーティーで着るドレスがないという事かしら?でもあの大きな箱は……)
リゼナはリリアナの長い前置きに内心で苦笑しつつ、テーブルに置かれている箱を見る。
「それで……実はひとつだけ、どうにか手に入れることができたドレスがあるのですが……」
そう言いながら、リリアナはモルガに目配せをした。モルガがゆっくりと箱の蓋を開け、白い薄紙を慎重に剥がしていく。
「お気に召さないかもしれません。でも、本当にこれしかなかったんです」
中から現れたのは――漆黒のドレスだった。
光沢のある黒い生地が朝日を受けて鈍く光り、胸元には黒いレースがあしらわれている。スカート部分は幾重にも重なったチュールが広がり、仕立て自体は悪くないが、長い間誰も袖を通さずに保管されていたかのような、どこか古ぼけた印象があった。
「まあ……!」
ドレスを見たリゼナの瞳が輝く。
(黒……私の色だわ。確かに生地はくすんでいて、長い間誰も着ていなかったような古さを感じるけれど、それでも構わないわ。この色を再び纏えるだけで嬉しいもの)
艶やかな黒髪をなびかせ、漆黒の衣を纏って立つ自分の姿を、人々が恐怖と畏怖の入り混じった視線で見ていたことを思い出す。
「素晴らしいじゃない!とても気に入ったわ。こんなに素敵なドレスを見つけてくれてありがとう、リリー」
(ドレスの形は綺麗だから、少し手を加えればきっと見違えるはずよ)
リゼナは心からの笑顔を浮かべて、古ぼけた生地を優しく撫でた。
「え……?あの……お姉様?」
リリアナの表情には隠しきれない当惑の色が浮かんでいた。喜ぶリゼナの様子を見て、モルガとドリーも顔を見合わせている。
「お姉様、本当にこちらでよろしいのですか?」
「ええ、もちろん!何か問題でも?」
「……いえ、お姉様が気に入ってくれたのであれば、それが一番ですわ」
リリアナは数秒間、何か言いたそうに口を開きかけたが、結局諦めたように微笑んだ。
そして、ドリーに向き直る。
「では、ドリー。お姉様のお支度をお願いします。私もパーティーの準備をしなければなりませんので」
「はい、リリアナお嬢様」
リリアナはもう一度リゼナを見て、複雑な表情を浮かべてから、モルガを連れて部屋を出ていった。
扉が閉まる直前、小さなため息が聞こえたような気がした。
◇
扉が閉まり、部屋にはリゼナとドリーだけが残された。
ドリーは腕を組んで立ったまま、呆れ顔でリゼナを見ている。
「……正気ですか、お嬢様」
声には明らかな軽蔑が滲んでいる。
昨日ドリーに侍女の仕事について問い詰めてから、一応仕事はするようになったが、態度は相変わらず高圧的だった。
「何がかしら?」
「黒い色でパーティーに出席だなんて。貴族社会の常識を何だと思っていらっしゃるんです?」
ドリーは鼻で笑った。
「王族の方々もいらっしゃるというのに。『ルクレシア家の令嬢は非常識』だなんて噂が立ったら、公爵家の名誉に関わりますよ?」
「あら、心配してくれるのね」
「心配なんかしてません」
ドリーは露骨に舌打ちをした。
「ただ、こんな主人に仕えているのが恥ずかしいだけです」
(まったく…ずいぶんと遠慮がないのね)
「でもこれはリリーが選んでくれたものじゃない。ならリリーが非常識ってことなのかしら?」
「リリアナお嬢様が非常識だなんて…!お嬢様程気品と教養に長けた令嬢はおりません!」
「なら大丈夫よ。その気品と教養に長けたリリーお嬢様が選んでくれたドレスなんだから」
「そう…ですが…」
「それじゃ、支度を手伝ってくれるかしら?」
「……分かりました。やるだけはやりますよ」
ドリーは投げやりに返事をして、黒いドレスに近づいた。
「まあ、どんな格好をしようと恥をかくのはあなたですから。私には関係ありませんけれど」
(この態度は…いつまで見逃してやればよいのかしら)
リゼナは内心でため息をついた。主人に対する最低限の敬意すら感じられない侍女を、いつまでも側に置いておくわけにはいかない。
(パーティーが終わったら、侍女を変えることも考えないとね)
そう思いながらも、表面上は穏やかに微笑むリゼナ。
リゼナの考えを知るはずもないドリーは、まるで触りたくないものを扱うように、慎重にドレスを広げて着付けを始めたのだった。
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