元魔王は気弱な貴族令嬢に転生しました

Luno

文字の大きさ
15 / 20
本編

14話 ドレスアップは魔法と共に

しおりを挟む
支度を終えたリゼナの足音が、大理石で埋め尽くされた玄関ホールに響く。

「あら?誰もいないじゃない。出発時間には遅れていないはずだけど…」

広い空間を見回すと、年配の執事が控えめに近づいてきた。

「お嬢様、奥様とリリアナお嬢様、ヴィルヘルム坊ちゃまは先に出発されました。お嬢様には一番奥の馬車をご用意しております」

淡々とした口調だが、その目には複雑な色が浮かんでいる。

「護衛も従者も付けず、御者のみでよろしいとのご指示でしたが、もし必要でしたら、私めが……」

「いいえ、結構よ。一人の方が気楽だわ。ありがとう」

執事のセバスチャンは少し意外そうな顔をしたが、すぐに一礼して馬車まで案内した。

馬車に乗り込むと、リゼナは深く座席にもたれる。上質な革の感触は心地いいが、馬車自体は随分と地味なものだった。
他の貴族家が使うような金の装飾も、家紋の彫刻もない簡素な黒塗りの箱馬車は、まるで商人が使うもののように見える。

(王国主催の凱旋パーティーなのに、こんな地味な馬車で出席する上位貴族がいるのかしら…。これも嫌がらせの一つなのでしょうね)

窓の外を流れる景色を眺めながら考えていると、前髪が馬車の揺れで崩れ、顔にかかった。
ドリーの仕上げた髪は、既に崩れ始めている。

「まあ、もう乱れてきたわ。あの子ったら、本当に適当な仕事をしてくれたものね」

ドリーに悪態をつきながら周りを見回す。
御者が一人いるだけで、他には誰もいない。カーテンで外からの視線も遮られている。

(完全に一人ね…ちょうどいいわ。このうっとおしい前髪も含めて、魔法でちょっと身なりを整えようかしら?このままではさすがに、王宮のパーティーには行けないもの)

リゼナが指をくるっと動かす。すると金色の髪がふわりと浮き上がった。
前髪を額の横に流し視界をすっきりさせると同時に、髪全体に艶やかな輝きが宿る。
ケアを怠って傷んでいた髪が、絹糸のようなしなやかさを取り戻していった。

「うん、これくらいでいいわね。やっぱり自分でやるのが一番確実よね」

リゼナが使ったのは創造魔法だった。物質の構造を理解し、操る力。
すでにあるものを書き換えることも、魔力を材料にして一から組み立てることもできる。
創造魔法は、扱うものの構造を完璧に理解していなければ使えない高度な魔法だが、数百年の経験と、一度見たら忘れない記憶力がそれを可能にしていた。

この魔法は、かつてリゼリアが戦場で恐れられた理由の一つでもある。

リゼナは鏡代わりに窓ガラスで確認すると、今度は自分の顔色が気になった。

「……。昨夜遅くまで本を読んでいたせいかしら…目の下が真っ黒だわ。色白だからクマも目立つのね」

リゼナが指先を頬に当てると、温かな光が顔全体を包み込んだ。昨夜の読書の疲れが消え去り、薔薇の花びらのような健康的な血色が頬に宿った。

「そしてこのドレス…リリーったら、どこから探してきたのかしら。色は素敵だけど、着ると余計埃っぽい匂いがするわ…蔵の奥で何年も眠っていたのかしら?」

リゼナはそう思いながらも、黒いドレスに手をかざす。

「でもせっかく私の大好きな黒なんだもの。パーティー会場のドレスで一番、美しく見えるようにしてあげないとね」

魔力が生地に染み込んでいくと、くすんでいた黒が深みを増し、まるで夜の深淵のような漆黒へと変化した。
胸元のレースは繊細な蜘蛛の巣のように広がり、散りばめられたダイヤモンドが美しく輝き始める。チュールも生き返ったように優雅になびき、上品な光沢が全体を包み込んだ。

安っぽさは完全に消え、まるで夜空を織り込んだような、高貴な輝きを放つドレスへと変貌した。

「ふふっ、完璧ね。最後に装飾品も着けちゃおうかしら。久しぶりに身なりに魔法を使ったら、なんだか楽しくなってきたわ」

指先から生まれた光が、首元で凝縮していく。黒曜石のような深い輝きを持つネックレスが形創られた。耳にも同じ素材のイヤリングを創り出す。
全て黒を基調としているが、決して重くならない上品な仕上がりだ。

「リリーが見たら、きっと驚くでしょうね。プレゼントした古ぼけたドレスが、こんなに綺麗になったんだもの」

指先に残る魔力の余韻を感じながら、指をくるくると回す。
そこには、夜の女王のような気品を纏った令嬢の姿があった。

(さて、この姿なら、誰も文句は言えないでしょう。リリーたちは…もう会場に着いている頃かしら?)

馬車は街の中心部に向かって進んでいく。窓の外の景色を眺めながら、リゼナは先に出発した家族のことを思い浮かべた。

◆◆◆

その頃、先行する馬車の中で、リリアナは苛立たしそうに手袋を弄っていた。上質なレースの手袋だが、指先に力が入ってしわしわになっている。

「どうしたの、リリー?」

継母のマリアンヌが優しく声をかける。マリアンヌはエメラルドグリーンのドレスに身を包んでいた。

「いえ、その…お姉様が、あんなに喜ばれるとは思わなくて…」

「それは、当然じゃない。リリーがわざわざ選んであげたんだもの」

実際、マリアンヌは至極当然のことだと思っていた。リリアナからの贈り物なのだから、喜んで当たり前だと。
だが、リリアナはまだ納得できずにいた。母の言葉を聞いても、胸の奥のもやもやは消えない。

(なぜ、お姉様はあんなに嬉しそうだったの?黒いドレスを見たら嫌がって、パーティーを辞退すると思ったのに。当日になって行かないと言い出せば、また評判が落ちるはずだった…計画が台無しじゃない)

黒いドレスを見た時の、リゼナの輝くような笑顔を思い出す。

(今まで見たことのない表情だったわ。普段なら、泣くか黙るか…少なくとも、がっかりするはずなのに。黒なんて、あんなに縁起の悪い色のドレスを見てなぜあんなに喜べるのかしら?)

リリアナの胸に、複雑な感情が渦巻いていた。計画通りにいかなかった苛立ち、そして姉を理解できない感情。
だがリリアナは思い直し、鏡を取り出して自分の姿を確認する。
淡い桜色のドレスと、胸元の上品な真珠のネックレスが、彼女の黄色い髪と黄緑の瞳を完璧に引き立てていた。

(でも、考えてみれば私はこんなに美しく、華やかに着飾っているじゃない。お姉様がどんなに強がっても、あんな暗いドレスじゃ一人だけ浮いてしまうに決まってるわ)

優越感が徐々に心を満たしていく。

(そうよ、結果は最初から決まっているじゃない。誰が見ても、忌み色を着た人より、美しい桜色を纏った自分の方が素敵に見えるに決まっているわ。パーティーで注目されるのは私だけでいいのよ。お姉様の社交界デビューなんて知ったことじゃないわ)

リリアナは小さく微笑んだ。

「今日のお姉様には、きっと...皆さん驚かれるでしょうね」

最後の部分には、かすかな意地悪さが込められていた。
窓の外を見つめながら、リリアナの表情が変わっていく。

苛立ちは完全に消え去り、代わりに自信に満ちた笑みが浮かんだ。

◇◇◇

会場の入り口では、既に多くの貴族たちが談笑していた。
到着した馬車からリリアナが優雅に降り立つと、若い貴族の男性たちの視線が集まる。

「ルクレシア家のご令嬢よ」
「まあ、桜色のドレスが本当にお似合いね!」

周囲からひそひそと称賛の声が聞こえてきて、リリアナは満足げに微笑んだ。

(やっぱり、この色で正解だったわ!私の肌には桜色が映えると思ったもの!)

令嬢たちの視線を感じながら、リリアナは確信を深めていく。
古ぼけた黒いドレスを着た姉の隣に立てば、自分の華やかさがより一層輝くだろうと。

(これでお姉様が来れば、なおさら私が引き立つわ)

「リリー」

先に到着していたヴィルヘルムが近づいてきた。
紺色の正装に身を包んだ兄は、不機嫌そうな顔をしている。

「姉上は?朝から体調が少し良くないって聞いたけど」

「あー…そうね。もちろん来るわよ、招待されてるんだから」

「落馬したばかりなのに無理してないかな?」

「…知ってたの?大丈夫よ。ちゃんと馬車も用意してあるし」

「ふーん……」

ヴィルヘルムは興味なさそうに肩をすくめたが、その目には微かな心配の色があった。
リリアナは優しく兄の肩に手を置く。

「お姉様もきっと楽しみにしているはずよ。だって初めての社交界なんですもの」

そう言いながら、リリアナは会場の入り口へと向き直った。

(そう、お姉様にとっては初めて。でも私は違う)

何度もパーティーに参加してきた経験が、今日という日の価値を教えてくれる。アストレイア公爵が来るような格式高いパーティーで、自分がどれほど輝けるか。

(今日一番輝くのは私よ。アストレイア公爵の目に留まるのも、私)

リリアナは自信に満ちた笑みを浮かべて、華やかな会場を見渡す。
淡い色のドレスに身を包んだ可憐な令嬢と、古ぼけた黒を纏った姉。どちらに視線が集まるかは明白だった。

(本当はあのドレスを見て、辞退すると思ったけど…まあいいわ。来るなら来るで、私の引き立て役になってもらうだけだもの)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました

九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」 悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。 公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。 「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」 ――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。

元婚約者に捨てられて皇太子に拾われたけど、今さら後悔しても遅いですよ?

exdonuts
恋愛
婚約破棄された日に崖から落ちた。目覚めたら見知らぬ国の皇太子に拾われ、私は皇太子妃候補に。元婚約者は私の死を喜び、新妻と祝杯を挙げていた。だが一年後、国賓として訪れた私は皇太子の腕に抱かれていた。彼の溺愛は国を揺るがすほどで、元婚約者の後悔の叫びなど届かない。ざまぁ、あなたが捨てたこの女が、今世界で一番愛されているのよ。

村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです

春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。 ここは通過点のはずだった。 誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。 触れない客。 身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。 「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」 突然の身請け話。 値札のついた自分と向き合う三日間。 選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、 通過点は終わりになる。 これは救いではなく対等な恋の話。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。

ありま氷炎
恋愛
前世は余りにも夫が大好きで、愛が重すぎた。 だから捨てられた。 なので生まれ変わった今は、恋なんてするつもりはなかったのだけど……。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...