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本編
濡れ衣だ!
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「あ、唯桜さん! 久しぶり、ちょっと寄って行かないかい?」
「ああ。またな」
「唯桜さーん。最近あんまり来てくれないじゃなーい」
「へへっ。近いうちに顔出すぜ」
「おっ、大将! 良い酒入ったんだ。ちゃあんと取ってあるぜ!」
「お、マジかよ。今日はヤボ用でな、必ず行くからよ。取っておいてくれ」
さっきからひっきり無しに声が掛かる。
ロットもジンもチャコも唖然としていた。
元五枚看板の隊長だったジンも、五枚看板の若手エースだったチャコも、全国的に顔の知られたロットでさえ、この町では誰もその存在に気付かない。
町行く人々、店を出している者達、その全員が唯桜を見付けると我先にと声を掛けて来る。
それも好意的な声だ。
金払えだの、父の仇だの、そんな声は一つも無い。
日本広しと言えども、これだけ市井の人々に親しまれている秘密結社の幹部も珍しい。
「ひょっとしてみんな顔見知りなんですか?」
ロットが尋ねる。
「さあな。顔はあんまり覚えられねえけどよ、行った店は覚えてるぜ。多分一緒に飲んだ奴らなんじゃねえか」
唯桜は本当に人を覚えない。
興味が無いのか、苦手なのか、毎日顔を合わせる様な相手で無いと覚えない。
そのくせ、やたらと知り合いは多い。
大体は一方的に相手が唯桜を知っていると言うパターンだったが。
一行は馬車に辿り着いた。
抱えていた荷物を荷台へと積み込む。
「ったく、何で俺が買い物などせにゃあならんのだ」
唯桜が愚痴る。
「そりゃあ社長が行くと、色々負けて貰えたりサービスして貰えるからですよ」
御者として待機していたショーコが言う。
「毎日だと駄目なんですよ。たまに社長が行くから良いんです」
「冗談じゃねえよ。二百人から従業員がいて、幹部が買い出しに行くなんて聞いた事ねえ」
それは確かに聞いた事が無いな、とロット達も思った。
全て積み終えて馬車に乗り込もうとした時だった。
「アナタ……ッ!」
女の声がした。
何気無く振り返ると、そこには女が立っている。
唯桜がロットを見た。
「いえ、知りませんよ」
ロットは手をパタパタと振って否定した。
次にジンを見た。
「知らん。俺じゃ無い」
ジンも首を横に振る。
最後にチャコを見た。
「やあ! 君は……誰だか思い出せないけど素敵だね」
チャコが女に歩みより両手を広げた。
唯桜達三人は顔を見合わせた。
やっぱりコイツか。
女好きなのはここ数日で、魔人会内では知れ渡った。
まあ、それを咎める者も魔人会には居ない訳だが。
若くて美しい女だった。
美紅ほどでは無いが、確かに美人だ。
うっすらと目に涙を浮かべている。
女はチャコの横をすり抜けて三人に近付いて来た。
「……あれ?」
チャコが女を目で追った。
トコトコトコっと小走りに迫ると、女は唯桜に抱き付いた。
「アナタ……! 何処に行っていたの? 私、寂しかった!」
女はそう言うと唯桜の胸に頬を寄せた。
「何いッ!」
唯桜より先にチャコが叫んだ。
一拍遅れて唯桜が反応した。
「……は?」
唯桜は、何が起こっているのか解らないと言う顔をしていた。
ロットとジンが唯桜をジーっと見ている。
「……誰だお前?」
唯桜が女を胸から引き離した。
女は感極まって泣いていた。
「またそんな事を言って。そうやっていつも私にイジワルを言うのも変わってないのね」
引き離された女は、また唯桜の胸に頬を寄せた。
「……マジで誰だコイツ」
唯桜が呟く。
思い出そうと必死に考えるが、何せ人を覚えない唯桜である。
一ミリも思い出せない。
唯桜は視線に気付いて周囲を見渡した。
ジンが疑いの眼差しで唯桜を見ている。
その横ではロットが微笑みながら、勝手に『良かった良かった』みたいな顔をして頷いている。
その後ろでは、チャコが悔しさを滲ませて唯桜を睨んでいた。
「知らねえぞ、俺ぁこんな女……」
そう呟いた唯桜は、何気に強い視線を感じて振り返った。
「……」
ショーコが無言でこっちを見ている。
睨んでいる訳でも無く、怒っている風でも無い。
無表情で唯桜を見ていた。
「な、何だよ」
何故か唯桜は動揺した。
美紅にどやされるよりも威圧的な何かを感じたからかも知れない。
女の無言の圧力は男を饒舌にする物である。
「いや、本当に俺は知らねえぞ!」
普段の唯桜ならば、知らない女など『本当に知らん』と撥ね付けた筈である。
だが、ショーコの冷たい視線が唯桜を動揺させた。
女のプレッシャーは男を挙動不審にさせる力を持っているらしい。
これは本能的な物だ。
無実であろうと無かろうと、唯桜にもどうする事も出来なかった。
「……みなさん、早く乗って下さいまし」
ショーコがロット達に声を掛けた。
言われて我に返った一行は馬車に乗り込んだ。
最後に唯桜が乗り込もうとする。
「社長はその方をお送りして来て下さい。まさかお屋敷にお連れする訳には参りませんので」
ショーコが無表情でそう言うと、馬車は突然走り始めた。
「あ! おい、ちょっと待て!」
唯桜が制止するも、そのまま馬車は行ってしまった。
「何だってんだ一体……」
唯桜は途方に暮れて、自分に抱き付く女の顔を見た。
「ああ。またな」
「唯桜さーん。最近あんまり来てくれないじゃなーい」
「へへっ。近いうちに顔出すぜ」
「おっ、大将! 良い酒入ったんだ。ちゃあんと取ってあるぜ!」
「お、マジかよ。今日はヤボ用でな、必ず行くからよ。取っておいてくれ」
さっきからひっきり無しに声が掛かる。
ロットもジンもチャコも唖然としていた。
元五枚看板の隊長だったジンも、五枚看板の若手エースだったチャコも、全国的に顔の知られたロットでさえ、この町では誰もその存在に気付かない。
町行く人々、店を出している者達、その全員が唯桜を見付けると我先にと声を掛けて来る。
それも好意的な声だ。
金払えだの、父の仇だの、そんな声は一つも無い。
日本広しと言えども、これだけ市井の人々に親しまれている秘密結社の幹部も珍しい。
「ひょっとしてみんな顔見知りなんですか?」
ロットが尋ねる。
「さあな。顔はあんまり覚えられねえけどよ、行った店は覚えてるぜ。多分一緒に飲んだ奴らなんじゃねえか」
唯桜は本当に人を覚えない。
興味が無いのか、苦手なのか、毎日顔を合わせる様な相手で無いと覚えない。
そのくせ、やたらと知り合いは多い。
大体は一方的に相手が唯桜を知っていると言うパターンだったが。
一行は馬車に辿り着いた。
抱えていた荷物を荷台へと積み込む。
「ったく、何で俺が買い物などせにゃあならんのだ」
唯桜が愚痴る。
「そりゃあ社長が行くと、色々負けて貰えたりサービスして貰えるからですよ」
御者として待機していたショーコが言う。
「毎日だと駄目なんですよ。たまに社長が行くから良いんです」
「冗談じゃねえよ。二百人から従業員がいて、幹部が買い出しに行くなんて聞いた事ねえ」
それは確かに聞いた事が無いな、とロット達も思った。
全て積み終えて馬車に乗り込もうとした時だった。
「アナタ……ッ!」
女の声がした。
何気無く振り返ると、そこには女が立っている。
唯桜がロットを見た。
「いえ、知りませんよ」
ロットは手をパタパタと振って否定した。
次にジンを見た。
「知らん。俺じゃ無い」
ジンも首を横に振る。
最後にチャコを見た。
「やあ! 君は……誰だか思い出せないけど素敵だね」
チャコが女に歩みより両手を広げた。
唯桜達三人は顔を見合わせた。
やっぱりコイツか。
女好きなのはここ数日で、魔人会内では知れ渡った。
まあ、それを咎める者も魔人会には居ない訳だが。
若くて美しい女だった。
美紅ほどでは無いが、確かに美人だ。
うっすらと目に涙を浮かべている。
女はチャコの横をすり抜けて三人に近付いて来た。
「……あれ?」
チャコが女を目で追った。
トコトコトコっと小走りに迫ると、女は唯桜に抱き付いた。
「アナタ……! 何処に行っていたの? 私、寂しかった!」
女はそう言うと唯桜の胸に頬を寄せた。
「何いッ!」
唯桜より先にチャコが叫んだ。
一拍遅れて唯桜が反応した。
「……は?」
唯桜は、何が起こっているのか解らないと言う顔をしていた。
ロットとジンが唯桜をジーっと見ている。
「……誰だお前?」
唯桜が女を胸から引き離した。
女は感極まって泣いていた。
「またそんな事を言って。そうやっていつも私にイジワルを言うのも変わってないのね」
引き離された女は、また唯桜の胸に頬を寄せた。
「……マジで誰だコイツ」
唯桜が呟く。
思い出そうと必死に考えるが、何せ人を覚えない唯桜である。
一ミリも思い出せない。
唯桜は視線に気付いて周囲を見渡した。
ジンが疑いの眼差しで唯桜を見ている。
その横ではロットが微笑みながら、勝手に『良かった良かった』みたいな顔をして頷いている。
その後ろでは、チャコが悔しさを滲ませて唯桜を睨んでいた。
「知らねえぞ、俺ぁこんな女……」
そう呟いた唯桜は、何気に強い視線を感じて振り返った。
「……」
ショーコが無言でこっちを見ている。
睨んでいる訳でも無く、怒っている風でも無い。
無表情で唯桜を見ていた。
「な、何だよ」
何故か唯桜は動揺した。
美紅にどやされるよりも威圧的な何かを感じたからかも知れない。
女の無言の圧力は男を饒舌にする物である。
「いや、本当に俺は知らねえぞ!」
普段の唯桜ならば、知らない女など『本当に知らん』と撥ね付けた筈である。
だが、ショーコの冷たい視線が唯桜を動揺させた。
女のプレッシャーは男を挙動不審にさせる力を持っているらしい。
これは本能的な物だ。
無実であろうと無かろうと、唯桜にもどうする事も出来なかった。
「……みなさん、早く乗って下さいまし」
ショーコがロット達に声を掛けた。
言われて我に返った一行は馬車に乗り込んだ。
最後に唯桜が乗り込もうとする。
「社長はその方をお送りして来て下さい。まさかお屋敷にお連れする訳には参りませんので」
ショーコが無表情でそう言うと、馬車は突然走り始めた。
「あ! おい、ちょっと待て!」
唯桜が制止するも、そのまま馬車は行ってしまった。
「何だってんだ一体……」
唯桜は途方に暮れて、自分に抱き付く女の顔を見た。
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