ドグラマ3

小松菜

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本編

まさかこんな所に

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「どうです。進んでいますか?」

ナイーダが唯桜に尋ねた。

「まあ、それなりにな」

唯桜がぶっきらぼうに答える。

「ただ、野郎姿を現しやがらねえ。何とかして引きずり出さねえとな」

そう言って背もたれに深くもたれ掛かった。

「何か必要な事が有れば、遠慮無く言いなさい。出来る限り協力します」

ナイーダが静かに、しかし力強く言う。

「ああ。今の所は大丈夫だ。ま、戦闘になったら多少被害は出るかも知れねえが」
「貴方が被害を被るとは思えませんが?」
「何言ってんだ。俺じゃねえよ、この国だよ」

事も無げに、かなり大胆な発言をする。
周りの兵士がざわめいた。

「……なるほど、それは確かに。でもそれは避けて貰わなければ困ります」

当然である。
自分の治める国が滅茶苦茶になるのを、良しとする元首はあまり居まい。
ましてやナイーダはその傾向が人一倍強かった。
言い方はソフトだが、その意味は『絶対にそれは避けろ』である。

「解ってはいるがね、そりゃあ相手次第だろ。俺だって別に破壊が趣味な訳じゃねえよ」

そう言って唯桜は鼻で笑う。
いや、そう言う趣味は多分にあるでしょうと、内心ナイーダは突っ込んだ。

「まあそう言う訳だ。戦闘になれば少し賑やかになるかも知れねえが、そこんとこヨロシク」

唯桜はそれだけ言うと立ち上がった。
ナイーダはそれ以上何も言う事は無かった。
この男のする事に異を唱えても、止められる者など皆無なのだ。
一応希望を伝えられただけでもマシと言うものである。
ナイーダは黙って唯桜の背中を見送った。

唯桜は改めて夕べの教会跡に足を運んでみた。
広場には戦闘の後がわずかに残るのみである。
死人の後は無かった。

教会内部に足を運ぶ。
あの男が張り付けになっていた壁にも、何も残っていない。
証拠らしい証拠は何も残っていないのだ。

「いっぺん戻ってきて掃除でもしたのかよ」

唯桜が頭を掻きながら言う。
結局何の手掛かりも得られないまま、時間が過ぎて行った。
日が暮れると唯桜は適当な酒場のドアを開いた。
土地勘は無いので勘だけで選んだ。

それほど盛況でも無く寂れてもいない。
良くも悪くも普通の酒場だ。
店内を見回すと常連らしい客が何組かで賑わっている。
カウンターが空いているので、そこへ座った。

座るとすぐに酒が出てきた。
特に注文もしていないが酒の種類がほとんど無いので、座ればだいたいこうしてすぐに出てくる。

唯桜はグラスを口へ運びながら店内を見回した。
本当に何の特徴も無い。
唯桜としては酒が飲めればそれで良いので、それで何の不都合も無かった。

「それで、どうしたんだ?」
「眉唾だったんだが本物を目の前にされちゃあ信じない訳にもいかねえだろ? だから、ほれ」

マスターと客の声が聞こえてくる。
唯桜は何気無くその方向を見た。
唯桜から離れたカウンターの中程に座っている客との会話である。

マスターが店の棚から琥珀色の石を取り出して、常連客に見せびらかしている。

宝石か。
唯桜は特に興味も無さそうにその石を一瞥した。
その瞬間。

ブーーーーッ!

唯桜は勢い良く口から酒を噴き出した。
気管に酒が入って激しくむせる。

「ゲホッ! ゲホッ!」
「あー、あー、あー。お客さん、大丈夫かい?」

マスターが迷惑そうな顔で唯桜を気遣った。
唯桜は口許を袖で拭うと、もう一度琥珀色の石を探した。
カウンターの客が珍しそうに石を眺めている。
問題はその中身だ。
客が覗き込むその石の中に、ヤーゴの姿があった。

「ヤーゴ……てめえ、そんなトコで何してやがる……?」

唯桜は呟きながら客に近付いた。

「珍しいでしょう? 高かったんだが店の飾りと話題作りを兼ねて奮発したんだ」

マスターが得意気に言う。
石の中のヤーゴは生きていた。
唯桜を見付けて何かしら訴えているが、その声は聞こえない。

「おいオヤジ。これ何処で手に入れた」
「へへっ、探した所でもう無いぜ。何たって一点物らしいからな。市場の古物商から買ったのよ」

マスターは益々鼻を高くした。
話題作りは大成功と言った所だろう。

「これ、貰うぜ」

唯桜はそう言ってヤーゴの入った琥珀色の石をポケットにしまい込んだ。

「ちょ、アンタ! なにしやがる!」

カウンター越しにマスターが、血相を変えて唯桜に詰め寄る。

「泥棒ー! 誰か! 泥棒だあーっ!」

マスターが声の限りに叫んだ。
店内の客達が一斉にこちらを見た。

「解ったよ。金なら払ってやる」

唯桜は渋々ポケットからコインを取り出した。
百円銀貨を一枚、カウンターへ置いた。

「それで足りるだろ」
「足りる訳ねえだろ! 三百円もしたんだぞ!」

マスターの声が裏返る。

「何だ。三百円か、ほれ」

唯桜はポケットから二百円追加した。

「これで良いだろ」
「良くねえ! 買値は確かに三百円だが、ウチにとってはそれ以上の価値がある! 三百円で買ったから三百円と言う訳じゃねえんだよ!」

確かに一理ある。
唯桜は舌打ちしながら、ポケットの中から硬貨を掴み出した。

ジャラジャラとカウンターの上に硬貨が散らばる。
マスターにとっては見た事も無い大金だ。

「ひい、ふう、みい、よ……十四枚あるな。これなら良いだろ」

唯桜は改めてそう言うとそのまま店を出ようとした。

「待ちな!」

マスターを始め、店内の常連客らが立ち上がる。

「随分羽振りが良さそうだな。もっと持ってるんじゃねえのか? 全部出せよ」

マスターがガラリと豹変した。
コイツら全員グルなのか。
唯桜が全員を見回した。

「……ふんっ。これならナイーダも暴れたって文句は言わねえよな」

唯桜はカウンターの硬貨を握るとポケットに戻した。

「せっかく儲けられた筈なのに馬鹿共め」

言葉とは裏腹に唯桜はニヤリと笑った。
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