ドグラマ3

小松菜

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本編

昔気質

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翌日から唯桜はじいさんの店を張り込んだ。
ロンメルが現れたのは三日目だった。
噂が駆け巡るのは案外早い。
唯桜はじいさんの店が見える離れた建物から店を見張っていた。

直線距離でおよそ三十メートル弱。
この距離なら美紅でなくとも、唯桜にも会話は聞こえる。

『じいさん。大神唯桜が良く顔を出すらしいじゃない。この前は嘘を吐いたのかしら?』

ロンメルの声だ。

『別に嘘など吐いておらん。そんな男の名前などわしが知っている訳が無かろう』
『名前は知らなくても顔は知ってるでしょう?』
『口で説明されて人相が解るものかね。アンタの言ってる人間とわしの店に来る男が同一人物だと思えんかっただけじゃ』
『……気の強いジジイね。こっちが大人しくしている内に素直になった方が賢明よ。あまり舐められるのも仕事に影響するのよね』

それはロンメルの言う通りだと、唯桜は思った。
まず、悪党の家業は舐められるとモロに影響が出る。
悪評は足が速い。仕事はすぐにヤりにくくなる。
第二に、このじいさんは気骨が有り過ぎる。
並の悪党には骨の折れる相手だろう。

『……まあ良いわ。それで、その男と何か話したりするかしら?』
『何かとは何じゃ?』
『何でも良いわ。とにかく、会話する事はあるの?』
『無い』
『……即答ね、少しは考えなさいよ。隠すと為にならないわよ』
『客と何話したかなんて、一々覚えている訳無かろう』

ビシイッ!

突然、肉を打つ音が聞こえた。
ガラガラと何かが崩れる音がする。

『くっ……! 何をするか!』
『年寄りだと思って優しくしてやれば良い気になるんじゃ無いわよ。こっちは穏便に済ませてやろうと気を使ってるのよ。いい加減にしないなら本来のやり方で吐かせるわ』

どうやらロンメルが暴力行為に及んだらしい。

『余計なお世話じゃ。オカマなんぞに心配される程、老いぼれてはおらんわい』
『……言ったわねジジイ。なら、望み通り手荒く扱ってやるわよ!』

ロンメルが拳を振り上げる。
じいさんは覚悟を決めて歯を食いしばった。

「よお。相変わらず相手を選んで吠えてるじゃねえか。俺にも一つ聞かせてくれよ」

聞き覚えのある声にロンメルの拳がピタリと止まった。
恐る恐る振り返る。

「元気そうじゃねえか。ドン・ロッゴには殺されなかったのか? え?」

唯桜がニヤニヤしながらロンメルに迫る。
慌ててロンメルは後ずさった。

「お、大神唯桜!?」
「何、驚いてやがる。俺を探してたんだろう?」
「あ……ぶ、無事だったのね! 良かったわ、心配してたのよ」

ロンメルは震える声を必死に抑えて、精一杯の笑顔を作った。

「ほお?」
「わ、私も必死で逃げたから後の事は何も解らなかったの。とにかく、貴方を探していたのよ! 会えて良かったわ」
「てめえ、さっきこのじいさんに俺の事を根掘り葉掘り聴いてたじゃねえか。全部聞こえてたぜ」
「そ、それは……貴方を探してたから……」
「じいさん。殴られたろ? 俺が代わりに殴っといてやろうか?」
「いや、構わん。オカマのパンチなど蚊ほども効かんわい」

年寄りにしておくには惜しいほど胆が座っている。
唯桜は思わず笑ってしまった。

「だってよロンメル。このじいさんに掛かっちゃ、てめえも形無しだな」

ロンメルが眉間にシワを寄せて舌打ちした。

「本当はてめえを付け回そうかと思ったんだが気が変わったぜ。今すぐ、ドン・ロッゴの居場所に案内してもらおうか」
「!? それは、無理よ! 私は居場所なんて……!」
「知らねえのか? じゃあ役に立たねえな。今、死ね」

唯桜は躊躇なくロンメルの襟首を掴まえると、無造作に放り投げた。

ドンガラガッシャアーン!

店先に積んであった木箱に頭から突っ込む。

「あう……うう……」

ロンメルが呻く。
唯桜がツカツカと近付いた。

「どうだ思い出したか?」
「ほ、本当よ! 本当に知らないの!」
「そうか……」

唯桜はロンメルを掴み上げると、今度は向かいの建物目掛けて投げ付けた。

バキバキバキイーッ!

木のドアをぶち破り、今度は食堂に頭から突っ込んだ。

「ひ、ヒイイーッ!」

ロンメルの悲鳴が聞こえる。
唯桜はまたロンメルに歩み寄った。

「どうだ?」
「……た、助けて! ほ、本当に……!」
「てめえ、何か勘違いしてねえか?」
「……え?」
「知らないならじゃあ仕方がねえ、なんて話にはならねえぞ。知らねえなら死ね……だ」

ロンメルは絶句した。

「やれやれ……じゃあな、アバヨ」

唯桜は呆れた様に溜め息を吐くと、ロンメルをもう一度掴み上げた。
今度は何となく雰囲気が違った。
上手く説明出来なかったが、力の込め方と言うか、とにかく何かが違った。
ロンメルはピンときた。

殺される。

これは、今度こそ殺すつもりだ。
何となくだが、確信に近い物がロンメルの脳裏に浮かんだ。

「ま、待って!」

ロンメルが叫ぶ。
しかし、唯桜はもう反応しなかった。

瞬間的に、相手にされていないとロンメルは悟った。
もう見切りを付けられている。
自分の言葉をどうせ嘘だと、信憑性が無いと思っているに違いない。
ロンメルにはそう感じられた。

「わ、解ったわ! 言う! 言うから殺さないでッ!」

ロンメルが絶叫に近い声を上げた。
唯桜の手が止まる。

「……てめえ、解ってんだろうな? もし嘘だったら……もう普通には殺してやらんぞ」

ロンメルはどのみち殺されるなら、ドン・ロッゴに殺された方がマシな気がしていた。
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