優しい追放の物語

ご機嫌なネコ

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第一話 三流魔法使いの誕生

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 俺は自分がどんな魔法を使えるか。それを調べることが許されるこの日を待ち望んでいた。

 十歳を迎えて最初に迎える満月の日。

 その日は魔法使いとしての才能を示す魔道具、その使用を許される最初の日だった。
 俺は誰かが魔法を使うたび、早く自分にはどんな魔法が宿っているのか知りたくてたまらなかった。

 恐怖や緊張などかけらもなかった。いつも周りが言っていた。

 魔法使いの才能は血統による。

 父と母が混じり気のない純粋な魔法使いの血であるほど子供は才能を与えられるし、仮に非魔法使いの血が入ってしまえば魔法さえ使えない子供が生まれることもある。

 その常識に従えば、はるか昔から魔法使いではない人間の血が入るのを拒み続け、魔法使いの純血を受け継いできたマクスヴェル。
 その子供である俺は、当たり前のように恵まれた才能を純血から与えられるはずだった。

「この星球儀せいきゅうぎ型の魔道具には、魔法使いの才能を示す力がある。水晶から放つ光で魔法の強さを。天に散らばる七つの星は、魔法使いとして重要な七つの資質にそれぞれ対応している」

 父からの説明を受けて仰々しい装飾がされた魔道具の前に立つ。中央の座には水晶があり、それを七つの星が囲んでいた。

「お前の兄さんたちは中央の水晶を日の光のごとく輝かせてくれた。さあラルク、お前が同じものを見せてくれると信じているぞ」

 期待を向けるのは父だけではない。周りを囲っている父の知り合いたちも同じ様子だった。
 神童と呼ばれる二人の兄の時のように、魔道具が光の濁流で室内を埋め尽くすことを望んでいる。

「もちろんですお父さま。では試してまいります」

 野次馬の中で目立っていた、ヒッポグリフの毛皮のローブをかぶった小太りの男が、大げさな声で周りに呼びかける。

「皆さま、光にはご注意を。たとえ目を焼かれても、マクスヴェル家の御子息の威光によるものとあっては瘉者も恐れ多く治せませんからな」

 その言葉に同意する声が続いた。

「まったくです」
「はは、マクスヴェルの威光にあずかることが叶えば、魔法使いとして一段高みに行けそうですね」
「ええ、今日招かれた我々は幸運に違いない。セージ殿に感謝を」

 広い室内を上品な笑い声が満たす。俺も笑った。その場の誰もが、俺に魔法使いの才能があることを疑う様子がない。

 当然である。

 魔法使いの才能は血筋で決まる。例外はあるが、それは限りなくゼロに近い。
 由緒正しい血を受け継いでいるマクスヴェルの人間なら、優れた才能を持つことは世界のルールで決められたことなのだ。

 俺はその血に誇りと感謝を胸に抱き、いざ星球儀の台座に触れた。

「————!」

 高まる緊張に、天の巡りを象る星球儀の魔道具は答える。
 二人の兄さえ凌駕した、素晴らしき魔法使いの誕生を讃えるように圧倒的光量の濁流が——ない。

 正体のわからない、不気味な沈黙が訪れる。

「……なんだ? どうなっている?」
「魔道具には触れているようだが……」
「まさか非魔法使い……!?」
「馬鹿を言うな、マクスヴェルの血からそんな忌まわしい存在が出るはずなかろうて」
「いや……光っているように見えるが。ひどく朧げで霞んでいるが……あまりに、小さい光だが……」

 待っても、水晶は光を灯さない。
 星々は輝きを取り戻さない。

 自分の顔に期待とは反対の感情が初めて浮かぶのを感じた。
 それを見て父は、端正な顔に俺を安心させる余裕のある笑みを浮かべた。

「お、お父さま、わた、私は……」
「疑っていないとも。もちろん我が純血を受け継いだ息子に、魔法使いの才能が宿っておらぬなどありえんことだ。魔道具の故障が起きているらしいな」

 故障。

 そうに違いないと安堵した。
 ありえない。魔法使いの才能がないなど。そんなことはありえないのだ。

 父は故障を明らかな事実とするべく、魔道具に手をやった。
 歴史あるマクスヴェル家の当主たる大魔法使いの己が触れても、このように反応しない魔道具は壊れているのだと。

「ほら、故障していると私が手を置いたところで何も起こらな——」

 光がそろって親子の目を焼いた。


 そう。
 魔道具はその機能を万全に保っている。故障などしていない。

 星球儀は答えている。
 三男の才能が、三流だと。


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