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その十一
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裕子は布団から起き上がり雅也に電話したが、彼の電話は留守電になっていた。仕方なく、折り返し連絡をくれるように言って電話を切った。
それから、身支度を整えるために、久しぶりにシャワーを浴びる。
雅也が連絡をくれたら、すぐに会って今後のことを話し合おう。
徳子が子どもを産む気なら仕方ない。あの美しく我儘な人を怒らせてはならない。
そして、あの宝石箱。
彼女から譲ってもらうか、もしくは、あれが二度と効力を発揮できないようにしなければ。
プルルルと、電話が鳴った。
今は、電話の鳴る音にもびくついてしまう裕子だが、受話器を取り、「ごめん、電話くれたんだね」と、雅也の声が聞こえてくるとホッとするのだった。
と同時に、彼に対する腹立たしい気持ちが膨れ上がってくる。
しかし、今はそんなことは言っていられない。
「雅也さん、これから会える? 私とあなたの命に関わる話があるから、疑わずに真剣に聞いてほしいの」
裕子は、普段彼女が利用している私鉄の駅前近くにある喫茶店に、すぐ来てくれるよう頼んで電話を切った。
先に待ち合わせ場所に到着した裕子が雅也を待つ間、自分の考えを手帳にまとめていると、雅也が予想外に早くやって来た。彼は席に着くなり、裕子に謝罪する。
「本当に申し訳ない、あんな嫌な思いをさせて。もう僕とは二度と会いたくないんじゃないか? と思ってた」
赤い顔で言う雅也に、裕子は冷たく突き放すように言った。
「本音を言えば、そう。でも、そういうわけにいかないの。私の身に危険が迫ってるから。もしかしたら雅也さんにも」
水を飲みかけていた雅也が、ゴホッとむせた。
「どういうこと?」
裕子は彼に、先週徳子のマンションで自分が体験した奇妙な出来事を話した。
それから、手帳を開いて雅也に見せながら、箱の不思議について語った。
かなり長い話だったが、雅也は口を挟まず、黙って相槌をうちながら聞いていた。
話が千津子の悲劇に及ぶと、「あの事故?」と言って絶句する。
注文したコーヒーはすっかり温くなっていたが、裕子は手をつけるのも忘れて熱心に話す。
「私が最後の持ち主にならなければ。なんとしても、あの宝石箱を徳子さんから譲ってもらわないと! そうじゃないと私も」
「マダムは以前から狩猟を趣味としている。だから、君が見た幻は全くありえないこととは言えない気もする。僕は彼女に失礼なことばかりしてるし、彼女はあんな風に優しげに見えて、激しい性格だからね」
「やっぱり。で、徳子さんの赤ちゃんはどうするの?」
「そのことだけど、サロンを紹介してくれた上司と、マダムの代理人の弁護士が会って話し合いすることになった。僕とマダムも、もちろん同席するけど」
「あなたの子どもかどうかわからないまま、責任を取る形になるのね」
「僕は出世コースから外れてしまったわけ。でも、このままで終わるつもりはない、挽回してやる。上司も同情してくれて、君は事故に遭ったようなもんだ、とまで言ってくれてるし」
(ひどい言い方!)
さすがに徳子が気の毒に思えてくる。
誘ったのは彼女かもしれないが、妊娠は男性側にも責任はあるだろうに。
「とにかく、徳子さんのマンションに私たちは近づいちゃ駄目よ」
「それは無理だな。話し合いは、マダムのマンションですることになってるから」
えっ? となる裕子に、雅也は真剣な顔でうなずいた。
「結構な人数で話し合うから大丈夫。冷静に話をまとめるよう努力する」
「幸運を祈ってる」
裕子の言葉に、雅也が「まるで僕が戦争に行くみたいだなぁ」と苦笑した。
喫茶店の店内で、額を突き合わせて真剣に話し合う二人の様子は、作戦会議をしているように見えるかもしれない。
もはや、恋人同士の会話ではない。
それから、身支度を整えるために、久しぶりにシャワーを浴びる。
雅也が連絡をくれたら、すぐに会って今後のことを話し合おう。
徳子が子どもを産む気なら仕方ない。あの美しく我儘な人を怒らせてはならない。
そして、あの宝石箱。
彼女から譲ってもらうか、もしくは、あれが二度と効力を発揮できないようにしなければ。
プルルルと、電話が鳴った。
今は、電話の鳴る音にもびくついてしまう裕子だが、受話器を取り、「ごめん、電話くれたんだね」と、雅也の声が聞こえてくるとホッとするのだった。
と同時に、彼に対する腹立たしい気持ちが膨れ上がってくる。
しかし、今はそんなことは言っていられない。
「雅也さん、これから会える? 私とあなたの命に関わる話があるから、疑わずに真剣に聞いてほしいの」
裕子は、普段彼女が利用している私鉄の駅前近くにある喫茶店に、すぐ来てくれるよう頼んで電話を切った。
先に待ち合わせ場所に到着した裕子が雅也を待つ間、自分の考えを手帳にまとめていると、雅也が予想外に早くやって来た。彼は席に着くなり、裕子に謝罪する。
「本当に申し訳ない、あんな嫌な思いをさせて。もう僕とは二度と会いたくないんじゃないか? と思ってた」
赤い顔で言う雅也に、裕子は冷たく突き放すように言った。
「本音を言えば、そう。でも、そういうわけにいかないの。私の身に危険が迫ってるから。もしかしたら雅也さんにも」
水を飲みかけていた雅也が、ゴホッとむせた。
「どういうこと?」
裕子は彼に、先週徳子のマンションで自分が体験した奇妙な出来事を話した。
それから、手帳を開いて雅也に見せながら、箱の不思議について語った。
かなり長い話だったが、雅也は口を挟まず、黙って相槌をうちながら聞いていた。
話が千津子の悲劇に及ぶと、「あの事故?」と言って絶句する。
注文したコーヒーはすっかり温くなっていたが、裕子は手をつけるのも忘れて熱心に話す。
「私が最後の持ち主にならなければ。なんとしても、あの宝石箱を徳子さんから譲ってもらわないと! そうじゃないと私も」
「マダムは以前から狩猟を趣味としている。だから、君が見た幻は全くありえないこととは言えない気もする。僕は彼女に失礼なことばかりしてるし、彼女はあんな風に優しげに見えて、激しい性格だからね」
「やっぱり。で、徳子さんの赤ちゃんはどうするの?」
「そのことだけど、サロンを紹介してくれた上司と、マダムの代理人の弁護士が会って話し合いすることになった。僕とマダムも、もちろん同席するけど」
「あなたの子どもかどうかわからないまま、責任を取る形になるのね」
「僕は出世コースから外れてしまったわけ。でも、このままで終わるつもりはない、挽回してやる。上司も同情してくれて、君は事故に遭ったようなもんだ、とまで言ってくれてるし」
(ひどい言い方!)
さすがに徳子が気の毒に思えてくる。
誘ったのは彼女かもしれないが、妊娠は男性側にも責任はあるだろうに。
「とにかく、徳子さんのマンションに私たちは近づいちゃ駄目よ」
「それは無理だな。話し合いは、マダムのマンションですることになってるから」
えっ? となる裕子に、雅也は真剣な顔でうなずいた。
「結構な人数で話し合うから大丈夫。冷静に話をまとめるよう努力する」
「幸運を祈ってる」
裕子の言葉に、雅也が「まるで僕が戦争に行くみたいだなぁ」と苦笑した。
喫茶店の店内で、額を突き合わせて真剣に話し合う二人の様子は、作戦会議をしているように見えるかもしれない。
もはや、恋人同士の会話ではない。
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