苦い果実

花野未季

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 その後どうやって家に帰り着いたか覚えていません。
 兄ちゃんは、いつもより帰りが遅い私を心配して、様子を見に来てくれていたのでした。

 私は、小さな擦り傷や打撲はありましたが、怪我らしい怪我はしていませんでした。しかし、近隣に住む親戚や集落の大人達が、心配して集まってくれました。私はショックで呆然としていましたが、その中の誰かが言った言葉に、我に帰りました。

「たけぼん、無事でよかったなぁ。隣の集落でも怪我人が出たっちゅうからな。たけぼんくらいの子供じゃと」

 近くで子供がやられた。それは私だったかもしれないと思うと、たまらず私は叫びました。
「兄ちゃんが! 兄ちゃんが助けてくれたんじゃ。兄ちゃんがおらんかったら、僕も撃たれとった!」

 私の言葉に、大人達は頷き合います。祖父は、「わかっとる。落ち着くんじゃ、たけぼん。兄ちゃんのおかげじゃ」重々しく言って、兄ちゃんに向かって、頭を深く下げました。

 母は、といえば、泣きながら土下座せんばかりの勢いで頭を下げています。
「兄ちゃんは命の恩人です、ありがとうございます! ほんとにありがとう」

 兄ちゃんは困ったような顔で言いました。
「向こうも本気じゃなかったけぇのう。本気だったら、わしもたけぼんもやられとった。連中にしてみたら、ちょっとからかってみた程度のことなんじゃろ」

 大人たちが全員、大きなため息をつきました。
 親類のひとりが、
「おのれ、鬼畜アメ公め、舐め腐って……わしらを何やと思うとるんじゃ」
 怒りに震える声で言いました。

 舐められる? 私は驚きました。
 爆撃は、そんなことを考える余地すら与えません。狙うほうも狙われるほうも、その一瞬は人間ではなく獣になる、その日私は痛感したのです。

 不意に兄ちゃんが、「ご相談したいことがあります」と言いました。

「何の相談じゃ?」
 祖父に尋ねられた兄ちゃんは、言いにくそうに答えました。
「ちょっとここでは……」

 すると祖父は、その場に集まっている全員に、
「すまんが、皆、席を外してくれんかのう」
 と指示して、数名の戸主だけがその場に残ることになりました。

 後で聞いたところによると、兄ちゃんは『戦争に行きたい』と言ったらしいのです。
『戦争に志願して行く』とは、どういうことか。

 そういえば、兄ちゃんのように若くて健康な男に、今まで召集がかかっていないのは不思議な話でした。
 これは後で知ったことですが、兄ちゃんには、戸籍がなかったのです。
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