苦い果実

花野未季

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兄ちゃんの素性⑴

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 兄ちゃんは、親なし子でした。
 家の前に捨てられていた子供だったのです。

 ただ、兄ちゃんは祖父宛の手紙を携えていました。服の内側に捻じ込まれるように入っていた手紙は、若い頃に行方不明になっている、祖父の兄からのものでした。私の大伯父にあたる人ですね。

 大伯父は、都会の高等学校に進学してすぐ、反政府活動に関わったとがにより、放校処分退学処分になった人で、その後も問題を起こした為、とうとう実家と縁を切られた人でした。

『この子は私の子供です。他に頼るところもないのです。何卒なにとぞよろしくお願いします』

 手紙には、そう書かれていたようです。
 しかし、にわかには信じられないことだ、と皆は思ったのでした。

 なぜなら、兄ちゃんは、大伯父に全然似ていなかったから。
 そして、もうひとつ。
 大伯父は高校生の頃、重度のおたふく風邪に罹り、子供は望めないかもしれない、と医師に言われたことがあったのです。

 そんなわけで、祖父はどうしても、自分の甥と認められなかった。
 仕方なく兄ちゃんは、子供のいない農家に引き取られたのですが、育ての親は兄ちゃんが小学生の頃に相次いで亡くなってしまいました。

 それ以降は、祖父母に引き取られたのですが、どういうわけか、兄ちゃんには戸籍がなかったのです……。

 ひどい話ですが、いずれは祖父が何とかするつもりだったろうし、『しばらくは無戸籍でよかったのに』などと、私の父は後に言っていました。
 多分、戦争に行かずに済んだのに、という意味でしょう。

 しかし、兄ちゃんの気持ちはどうだったでしょう?
 肩身の狭い思いをしていたのではないでしょうか。

 既に若い人は召集されて、もう老人しか残っていない、という悲惨な家も多かったのです。私の父も召集されて兵役につきました。

 そんな中、健康な若い自分が、ここにいていいのだろうか? と考えたかもしれません。
 連合軍の機銃掃射を、目の当たりにしたのも影響したかもしれません。

 細かい経緯いきさつはわかりませんが、兄ちゃん宛の召集令状は、すぐに届けられました。
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