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王国の聖女

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「ああ聖女さま、お戻りになられましたか」
「えと、その、お見苦しいところを……」
「いやいや、素晴らしい魔力だったとアネッサから聞いていますよ。是非とも我が国のためにその魔力を使っていただきたいのです」
「あの、ごめんなさい。説明をあまり聞けていなくて、何もわからないんです。ここはどこで、あなたたちはなんなんですか?」

 そうなのだ。漏らすか漏らさないかの瀬戸際で、周囲を気にかける余裕なんてなかったから、滔々とした語りも全て右から左だったのだ。

「それは失礼。ここはルシッド王国の王都にある迎賓館です。そして私はメイリオ・ラック・ルシッド、この国の第二王子です」

 王子がしていい語り方じゃなかったよね!?

「聖女さま、お名前をお聞きしても?」
「……満池みついけ清香さやかです」
「それでは聖女サヤカさま、はじめから改めて説明したします。現在我がこ××××××××××」
「待って待って待って! なんて言ってるの!?」

 今まで普通に通じていた会話がいきなり何もわからなくなってしまった。
 それは相手も同様らしく、視線が私に集まっている。
 見られたってどうしようもないよ。どうしろっていうのよ……。
 焦りばかりが溢れてくる。
 意識していなかったけれど、ここは言葉も通じない見知らぬ土地。なぜだか聖女だのと持て囃してくるこの人たちから得られるだけのものを得ないと、生きていく難易度も跳ね上がる。

 なすすべもない私に、アネッサさんが傍からそっと蓋の開いた小洒落たガラス瓶を差し出してきた。
 何のつもりだろうと見上げると、ジェスチャーで飲むように促される。
 ギヤマンとでも称したくなるようなガラス瓶の中身は赤々とした液体。怪しさしかない。
 じっと見つめていても埒があかない。
 ええい、ままよ。女は度胸! 一息で飲み干した。

「うっ……」

 思わず呻きたくなるくらいまずい。
 甘く誤魔化そうとしたけれども消しきれないシロップ薬の独特な味に似ている。一息で飲む者じゃない。
 アネッサさんは満足げに頷いているので、どうやら飲むので合っていたようだ。
 けれども、何も変わらないまま20分程。行動に自信がなくなってきたころ、唐突にアネッサさんが口を開いた。

「サヤカさま、わたくしの言葉がわかりますか?」
「わかります! でも、どうして急に……」

 あの怪しい薬が翻訳薬だったとか? そんな世紀の大発明があってたまるか。

「先程も申し上げたでしょう? 魔力を残しておかなければ、言葉が通じなくなってしまうと」
「え、あれってそのままの意味だったの!?」
「わたくしたちの国の言葉と、サヤカさまの国の言葉は異なります。サヤカさまは常に翻訳魔法を使われてしたのです。それも、このフロア全域に」

 つまり、魔力切れで翻訳魔法がかけられなくなったせいってこと? てことは、あの怪しい液体って、翻訳薬どころか利尿剤じゃない!?
 思わず下腹に手を添える。ついさっきまで漏らしそうなほど我慢していたのに、利尿剤なんて飲んで大丈夫だろうか。不安が浮上すると急に尿意が顔を覗かせてきて、きゅっと内股に力が入る。今は大したことないけれど、限界まで駆け足になりそうな嫌な尿意。

 助けを求めるように彷徨った視線が、メイリオ王子とかちあう。彼は安心させるかのように柔らかく微笑んだ。そして、打って変わって真剣な表情で膝をつき、私の手を取り額へ触れさせた。

「我が国は未曾有の魔力不足なのです。聖女サヤカさまの膨大な魔力で、どうか我らをお救いください」

 それは切実な懇願だった。その魔力が意味しているのがおしっこでなければ、懇願を受けているのが平凡な私じゃなければ、映画のワンシーンのようだった。
 非現実的な状況に呑まれそうになる。美男美女に傅かれるのは場違いで気疲れするけれど、気分がいいのもまた事実。それでも私は帰りたい。友だちも、家族も、置いていきたくない。

「できることはしましょう。でも、その後には私を元の場所に帰して!」
「ご了承感謝いたします。帰路については、我らの出来うる限りの手段は整えましょう。動力は、聖女さまご自身の魔力になりますが」


 ――こうして私は、ルシッド王国の聖女として身を置くことになった。
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