「水に溶ける恋」花と読み解く物語

田丸哲二

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薔薇の記憶

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『花は想いを感じ、その恋は水に溶ける』

 呪文のような心の中の呟きが、水に溶けた薔薇のエキスと精神が同調して身体に染み込み、花が見て感じた想いと心が通じ合う。

 洋介は目を閉じて、微かに薔薇の香る液体を舌で泳がせてから、ゆっくりと喉に流し込んだ。

「花の精霊の声に耳を澄ませば、心の湖面に淡い薔薇の雫が滴り、花の記憶が波紋となって押し寄せてくる」

 優花は正面から顔を近づけて、洋介の唇から零れ落ちる言葉を見つめ、姉の由香里は組んだ腕を解いて水の錬金術師の答えを待った。

「簡素な玄関。そこの花瓶に飾られていた薔薇……」

「うん、転校生。最近、近所に引っ越して来たんだ」

「この子、一目惚れしたらしいのよ」

「お母さん。それ言ったら占いにならないでしょ」

「それくらい、優花の顔見ただけでわかるって」

 その二人の観客の会話を洋介は薄目を開けて睨み、右の手のひらを向けて黙らせた。心のスクリーンには玄関の花瓶から枯れた薔薇の花を抜き取って、白と赤とピンクのカーネーションを飾る姉の姿が見えている。

「なるほど、その家から花の注文があり、届けた時に萎れて古くなった薔薇の花を引き取って来た?」

 姉は近所に宅配の生け込みのサービスもしていて、オープンして一年余りの小さな花屋であるが街の人に花のある暮らしを提供している。

「うん。わたしもついて行ったんだよ。やっぱり叔父さん凄い」

 喜んでいる優花の後ろに姉も座り、洋介の話に微笑んで頷いている。しかしこの程度なら、普通の占い師でも分析と推論で言い当てる。

「それで優花の依頼は、その転校生に彼女がいるかってことか?名前は……ユキヤ」

「そう幸哉ユキヤだよ。好きなタイプとかも聞いてみたい」

「そういうのは本人に聞けばいいのよ」

「だから、お母さんは黙ってて」

 洋介は雑音を無視してその男の子を想い浮かべ、玄関を見渡す薔薇の花の視点の記憶を心に映し出す……。

 青いユニホームを着て花瓶の前に立つ優しそうな男の子。花が好きなのか、顔を近づけて薔薇の香りを吸い込んで夢見るように微笑んだ。

「可愛くて優しそうな男の子。スポーツも得意なのか?」

「サッカー部に入ったみたい」

 なるほど、洋介はモテそうな男の子だと思ったが、薔薇の花はその少年の悲しみを感じ取っていた。

 一瞬、フラッシュバックのように顔に痣を作って泣いている映像が蘇り、別のシーンで美しい母親が部屋で傷の手当てをしているのが見えた。鋭い花の感性で、母親が息子を溺愛しているのが感じ取れる。

「イジメられてた」

「それで転校して引っ越して来たのかしら?」

 姉がそう呟き、優花が何か心当たりがあるのか悲しそうな顔をして唇を尖らせた。洋介はその答えを聞くまでもなく、薔薇の花の声で知った。

「女の子っぽい」

「うん。女の子っぽいって、陰でこそこそ言われてんだ」

「そう言えば、幸哉君のお母さん。娘みたいに可愛がってる感じがしたわ」

 姉がそう言って優花の肩を後ろから叩き笑顔で励ました。それは洋介が言おうとしたアドバイスでもあるが、姉のような明るいマリーゴールドの笑顔は見せられない。

「優花が守ってやりなさい。友だちとしてね」

 乙女座の優しい男の子。母親が溺愛して育てたせいもあるが、その素直な心には女の子への憧れと変身欲望があった。果たせない性への悲しみ。初恋は男の子だったが、それを優花には告げられない。

 水に溶けた想いに嘘はないが、人の世界は嘘だらけで、優しい嘘が治療薬になる場合もある。

「彼女よりも友だちを欲しがっている。つまりタイプは頼りがいのある友人」

 洋介はそれだけ告げて、薔薇の花の分析を終了した。優花は「わかった」と言って微笑んで本を持って自室へ戻り、姉は洋介に仕事の依頼があった事を告げてメモを渡した。

「合格したようね。それで洋介。昨日、貴方に正式な仕事の依頼があったのよ。来週の水曜日、空けときなさい。それに髪ボサボサだから切って行くこと。依頼主は上品な女性だから、失礼のないように身なりもちゃんとして行きなさいよ」

 メモには依頼主の名前と住所が書いてあり、洋介がそれをチラッと見てポケットに仕舞うと、姉が切り花用のハサミを手にしたので、洋介は慌てて硝子容器を片付けて道具箱を持って退散した。
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