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カラーの女
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ある雨の日のアフタヌーン。モスグリーンの高級車が店先の通りに止まり、最新ファションと思われる奇抜な服装をした背の高い女性が花屋の玄関に現れた。
黄緑色の手袋をして、メッシュの髪の小顔が大きな白いエリに包まれ、まるでカラーの花の一枚の苞にくるりと巻かれた白いワンピースを着ている。
店番をしていた洋介は花の化身かと目を擦り、斬新な切り込みのある頭を振ったが、追い討ちを掛けるように店の花の声が聴こえた。
『ド、ドクモ……』
『読者モデルなのか?」
棚に飾られたスズランが話しかけ、シャクヤク、バラ、グロリオサ、デルフィニューム、ユリ、ブルースター、カスミソウなどの草花が微笑むように揺れている。
『バカね。ヨウスケちゃんたら』
『毒モデルよ』
その囁き声に花の笑い声が店内に充満して、洋介が呆れた感じで睨み付けると、風がそよそよと吹き去るように静まり返り、微かな感想だけが心に残った。
『奇妙な匂い……』
それは洋介も感じた呟きであり、店内の奥の椅子に座ったまま気配を消して去るのを願ったが、カラーの女は真っ直ぐに洋介の方へ来て立ち止まった。
「あなたが不思議、探偵ね?」
カラーの女が足を伸ばしたまま少し屈み込み、洋介の目の前に顔を向けて微笑んだ。するとピカソの絵から普通の人間へと移り変わり、洋介はイメージが飛躍してデフォルメされていたのかと苦笑いした。
しかし白いワンピースの襟が小顔を包み込んで広がっているのは幻覚ではない。
「水樹洋介。自称、水の錬金術師でしょ?」
「いえ、花屋の店員です」
「嘘だ~。髪型はバリアートだけど、雰囲気は吉川さんに聞いた通りよ」
関わりたくないと思ってアルバイトを装ってみたが、依頼者は吉川弓枝に紹介されて訪れたらしく、洋介の前で黄緑色の手袋と勘違いした小さな花束を挑戦的に突き出した。
「これで試してみろと、パートナーに言われて来たの。もちろん私は吉川さんの話を信じているけどね」
セロハンでラッピングした花束。洋介はそれを見て、奇妙な匂いはこれだったのかと気付く。香水にも使われるスノードロップの花であるが、他にも混ぜ合わせた香りがした。
「いいから。ほら、水に花びらを溶かすのやってみてよ」
「冗談ですよね」
スズラン、スノードロップ、スノーフレークの白い花束。つまり全部毒性があり、水に溶かしてエキスを抽出すれば死の危険性もある猛毒になりかねない。
棚に飾られた草花は洋介と一緒に『毒モデル』を静かに見守っているが、洋介が指示を出したら騒ぎ出して精霊の幻覚を見せるかもしれない。
「僕を殺す気ですか?」
足を組んで敵意を込めて上目遣いに睨んでいると、カラーの女は名刺を出して微笑んだ。
「やっぱり、わかるんだ。パートナーからはこれが危険だとわかったら、合格だと言われたの」
「花屋のアルバイトでも知ってますよ。二種類のスノーでカモフラージュしてあるが、スズランの毒を忍ばせている」
スズランには、コンバラトキシンやコンバロシドなどの有毒物質が含まれている。特に根や花に多く含まれ、体に取り込むと、嘔吐や頭痛、めまい、血圧低下、心臓麻痺などを引き起こし、最悪の場合は死に至ることもある。
「私は星川鈴美。ファション界では誰もが憧れるデザイナーよ。若い頃はモデルだったんだけどね」
「過去の話しだと、花が笑ってるぜ」
洋介は名刺を見ずに指で折りたたんで突き出し、失礼な女を追い返そうとしたが、事情を知らない姉が帰って来て通りの高級車を振り返りながら店に入り、無愛想な洋介を睨み付けて対応した。
「あら、お客さん?」
「はい。探偵さんにお願いがあって寄ったんです。素敵な花屋ですね」
「もしかして、星川鈴美さん?吉川さんから聞いてます。凄い、モデルやってた頃、ファンでした」
姉がそう言って喜んでいるのを見て、洋介は『マジか?』と棚の花に愚痴をこぼした。つまり、断る筈だった依頼を受ける羽目に陥ったのである。
黄緑色の手袋をして、メッシュの髪の小顔が大きな白いエリに包まれ、まるでカラーの花の一枚の苞にくるりと巻かれた白いワンピースを着ている。
店番をしていた洋介は花の化身かと目を擦り、斬新な切り込みのある頭を振ったが、追い討ちを掛けるように店の花の声が聴こえた。
『ド、ドクモ……』
『読者モデルなのか?」
棚に飾られたスズランが話しかけ、シャクヤク、バラ、グロリオサ、デルフィニューム、ユリ、ブルースター、カスミソウなどの草花が微笑むように揺れている。
『バカね。ヨウスケちゃんたら』
『毒モデルよ』
その囁き声に花の笑い声が店内に充満して、洋介が呆れた感じで睨み付けると、風がそよそよと吹き去るように静まり返り、微かな感想だけが心に残った。
『奇妙な匂い……』
それは洋介も感じた呟きであり、店内の奥の椅子に座ったまま気配を消して去るのを願ったが、カラーの女は真っ直ぐに洋介の方へ来て立ち止まった。
「あなたが不思議、探偵ね?」
カラーの女が足を伸ばしたまま少し屈み込み、洋介の目の前に顔を向けて微笑んだ。するとピカソの絵から普通の人間へと移り変わり、洋介はイメージが飛躍してデフォルメされていたのかと苦笑いした。
しかし白いワンピースの襟が小顔を包み込んで広がっているのは幻覚ではない。
「水樹洋介。自称、水の錬金術師でしょ?」
「いえ、花屋の店員です」
「嘘だ~。髪型はバリアートだけど、雰囲気は吉川さんに聞いた通りよ」
関わりたくないと思ってアルバイトを装ってみたが、依頼者は吉川弓枝に紹介されて訪れたらしく、洋介の前で黄緑色の手袋と勘違いした小さな花束を挑戦的に突き出した。
「これで試してみろと、パートナーに言われて来たの。もちろん私は吉川さんの話を信じているけどね」
セロハンでラッピングした花束。洋介はそれを見て、奇妙な匂いはこれだったのかと気付く。香水にも使われるスノードロップの花であるが、他にも混ぜ合わせた香りがした。
「いいから。ほら、水に花びらを溶かすのやってみてよ」
「冗談ですよね」
スズラン、スノードロップ、スノーフレークの白い花束。つまり全部毒性があり、水に溶かしてエキスを抽出すれば死の危険性もある猛毒になりかねない。
棚に飾られた草花は洋介と一緒に『毒モデル』を静かに見守っているが、洋介が指示を出したら騒ぎ出して精霊の幻覚を見せるかもしれない。
「僕を殺す気ですか?」
足を組んで敵意を込めて上目遣いに睨んでいると、カラーの女は名刺を出して微笑んだ。
「やっぱり、わかるんだ。パートナーからはこれが危険だとわかったら、合格だと言われたの」
「花屋のアルバイトでも知ってますよ。二種類のスノーでカモフラージュしてあるが、スズランの毒を忍ばせている」
スズランには、コンバラトキシンやコンバロシドなどの有毒物質が含まれている。特に根や花に多く含まれ、体に取り込むと、嘔吐や頭痛、めまい、血圧低下、心臓麻痺などを引き起こし、最悪の場合は死に至ることもある。
「私は星川鈴美。ファション界では誰もが憧れるデザイナーよ。若い頃はモデルだったんだけどね」
「過去の話しだと、花が笑ってるぜ」
洋介は名刺を見ずに指で折りたたんで突き出し、失礼な女を追い返そうとしたが、事情を知らない姉が帰って来て通りの高級車を振り返りながら店に入り、無愛想な洋介を睨み付けて対応した。
「あら、お客さん?」
「はい。探偵さんにお願いがあって寄ったんです。素敵な花屋ですね」
「もしかして、星川鈴美さん?吉川さんから聞いてます。凄い、モデルやってた頃、ファンでした」
姉がそう言って喜んでいるのを見て、洋介は『マジか?』と棚の花に愚痴をこぼした。つまり、断る筈だった依頼を受ける羽目に陥ったのである。
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