「水に溶ける恋」花と読み解く物語

田丸哲二

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ブローディアと共に

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 土曜日のランチタイム。姉がテラス席にブローディアの青紫色の切り花を硝子瓶に飾り、今日はここでランチにしようと言い出した。店の玄関のドアには休憩中の札をぶら下げてあり、ガラス棚の草花も明るい日差しに光合成して息づいている。

「青空の下でランチなんて最高じゃない?」

 ブローディアの花言葉は「守護」「淡い恋」である。昨夜の映画観賞会での望美の話の続きのようであるが、単に花の入荷日と重なって添えたらしい。

「なんか楽しい。もしかして作戦会議?」

 優花が料理と飲み物を運ぶのを手伝い、昨夜洋介が留守にしている間に姉から明日の依頼について聞き出し、笑顔で留守場を仰せつかったと自慢した。

「わたしは電話番だけど、オジニイ、困ったら連絡するんだぞ。応援に駆けつけるからさ」

「ありがとう。日曜日の忙しい時に悪いが、優花がいるから安心だ」

 スープとパスタ、それにサラダとパンが小皿に盛られ、姉も席に着いて三人で食事をしながら話し始めた。

「それで私は洋介の友だち、望美さんと一緒に車で行けばいいのね?」

 洋介は姉に望美を車に乗せて一緒に葉山に来て欲しいと頼んであった。依頼主の星川鈴美からは迎えの車を寄越すと言われているが、洋介は一人で行くと伝えてある。


「まだ具体的には何も考えてないが、時が流れれば自然と何かが見えてくるはずだ」

「おっ、それって水の錬金術師の教えなのか?」

「いや、適当に言ってみただけだが」

「な、なんだよ~」

 前はカッコつけてると小馬鹿にしていた優花が、今は洋介の一挙一動に目を輝かせて憧れの眼差しで見つめている。錬金術についても調べているようだが、得られる物は殆どないから学校の勉強をして母の笑顔を観察しろと忠告してあった。

「でも、自然の変化を感じるのが錬金術師の基本なんだぜ」

「それで洋介、午後に吉川さんに会いに行くんでしょ?」

「うん、さっき電話したら是非来てくれと言われた。もしかしたら何か新しい情報があるかもしれない」

「ところでオジニイの初キッスって、お母さんらしいね?」

 ペーパーナプキンに洋介の発言をメモしていた優花がそう言って、スープを飲んでいた洋介が吹き出し、パスタを食べていた姉がナプキンを差し出す。

「嫌だ。汚いわね。ほら、拭いてあげようか?」

「まさか姉貴、あの話をしたのか?言わないでくれって頼んだだろ?」

 くちびるを青空に突き出して目を細めている優花が「マウスツーマウス」と呟いて笑っている。洋介が蓮の池で溺れた時、姉は息をしてない洋介に口を押し付けて息を吹き込んだ。

「別にいいじゃない。洋介のファーストキスなのは事実だし」

「叔父さん。覚えてる?キスの味」

「ば、馬鹿言うな。気を失ってたんだ。しかもそこだけ叔父さんか?姉貴も笑ってないで、こんな時にそれ話すか?」

「おっ、照れてるな。可愛いんだから」

 姉がそう言って優花と一緒に唇を突き出して揶揄い、洋介は耳を真っ赤にして心臓の音が聴こえるくらいドキドキしたが、店先の草花がざわめき、一瞬の風で頬が冷えて髪が揺れるのを感じた。

「危うく死ぬとこだったのよ。でも私のキスで洋介は生き返った」

「おほー、キスの目覚だね」

 そんな会話がタイムスリップして水の中の囁き声となり、洋介は十数年前の蓮の池で溺れて姉に助けられたシーンを近くに立って呆然と眺めていた。

 姉が必死に心臓マッサージをして、幼い洋介を蘇生させようとしている。覆いかぶさって唇を合わせて何度か息を吹き込むと、洋介は小さく胸を震わせ、咳き込みながら水を吐き出した。

 そして周辺の人々の中に若い頃の城田英人の姿があった。チラッとこっちを見て、すぐに身を翻して消えて行く。

『やはり、お前だったのか?』

 洋介は火の錬金術師との因縁を確認し、苦虫を噛み潰した顔でそう呟いたが、現実へ舞い戻った時には姉と優花に笑顔を見せ、店の草花が自分を応援している事を知って嬉しかった。
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