15 / 43
秘密の恋人
しおりを挟む
白いユリの花が陶器の花瓶に生けられ、ガラステーブルの上に置いてある。洋介は星川鈴美の葉山の別荘に招かれ、海が望める落ち着いた二階の部屋の椅子に座って仕事の準備をしていた。
「娘に贈られた百合の花束を無断で持って来たのよ。プロフィール写真で見たように、娘の麻衣は純粋で美しい少女だから、母親としては恋人がいるのか心配でね」
「マドンナリリーの花言葉は天界の美。ヨーロッパでは古くから聖母マリアの象徴とされ、天使ガブリエルはユリの花をたずさえて描かれている」
「あら、勉強して来たのね?」
依頼主の星川鈴美はテーブルを挟んだ淡い紅色のソファに座り、窓からの陽射しを横顔に帯びて、花柄の艶やかなブラウスとカーキ色のワイドパンツ姿で洋介に微笑みかけていた。
「ええ、姉が花に詳しいのでね。それに今回の依頼には危険な香りが充満している。美しい花には毒蛾が群がるのかもしれない」
洋介はラフなジャケットにダメージジーンズ、髪はオールバックにしてサイドの切り込みを際立たせている。
「マドンナリリーの純潔を脅かす者がいるのなら、水の錬金術師が見破り、闇の中へ閉じ込めてやる」
洋介は星川鈴美の首元に輝くシルバーのジュエリーを睨んでそう宣言した。花屋に訪れた時はカラーの花と見紛う広い襟と、手に持っていた花束に気を取れて見逃してしまったが、今は微かな気配と視線を感じる。
つまりあの時点で敵の術中に嵌っていたとしたら?
「それでは無駄話はこれくらいにして、その花の想いと、真実の物語を聴いてみましょうか?」
洋介がそう言って花瓶の白いユリの花を四枚摘んでコップの水の中に入れ、道具箱から白と黄色の粉の硝子容器を選び、銀のスプーンで一匙ずつ掬って振りかけて、ガラス棒で軽く掻き混ぜる。
その工程を依頼主の星川鈴美はソファから身を乗り出して、玩具を買って貰った子供みたいに目を輝かせて覗いていた。
「ねー。その粉、なんなの?それで何か幻が見えるのよね?」
洋介はその質問から遠ざかり、白と黄色の粉が泡立ち、ユリの花びらにも小さな泡が付着して弾けるのを見つめてから、ゆっくりと水を口に含んで目を閉じた……。
その数分前の出来事である。
別荘地の公園の前の通りにモスグリーンの高級車が止まり、スーツを着た城田英人が運転席から降りて、緑で敷き詰められた公園の中へ入って行くのを軽ワゴン車で尾行していた由香里と望美が発見した。
「洋介の予想通りだわ」
「いや、マジびっくりです」
その視線の先には星川鈴美の娘、麻衣が両手を軽く上げて振り、城田英人が近寄るのを待ち焦がれていた。つば広の白い帽子を被り、笑顔が溢れて木漏れ日の中で輝いている。天使の美しさはあれど、既に黒い毒蛾に汚されていたのか?
望遠レンズの付いた一眼レフカメラのファインダーに星川麻衣と城田英人がハグして、海を望める屋根のあるベンチに仲良く座るのが映っていた。麻衣はフリルトップスにレーススカートを穿いている。
「ユリの花束を贈ったのは城田英人。母親のパートナーのくせに、狙ってたのは娘の方だったのか?」
「望美さん。早く写真撮って、これを母親に見せれば目が覚めるでしょ?」
「なんか、ホントの探偵みたいですね?」
「うん。望美さんってワトソンみたい」
「洋介にもよくそう言われてます」
由香里は店の車を運転して鎌倉で望美を乗せ、葉山に着くと星川鈴美の別荘にモスグリーンの高級車に乗って城田英人が現れるのを待っていた。
「僕が招かれるのを城田英人は監視し、それから恋人に逢いに行くはずだ。それを見張って、証拠を手に入れてくれ」
洋介はスズランの花から幾つかの情報を得ていた。星川鈴美が持って来た時、スノードロップ から火の錬金術師の存在を知らされたが、敢えて毒を含んだスズランの花で試してみたのである。
「奴はモスグリーンの運転席に乗って、様子を伺っていたんだ」
雨の通りに停車した車内はスモークガラスで外から見えなかったが、運転席に乗っていたのは帽子とサングラスをした城田英人であった。
そして星川鈴美が首にぶら下げていたシルバーのジュエリーにはスパイカメラが仕込んであり、その映像をiPhoneで覗いていたのである。
「娘に贈られた百合の花束を無断で持って来たのよ。プロフィール写真で見たように、娘の麻衣は純粋で美しい少女だから、母親としては恋人がいるのか心配でね」
「マドンナリリーの花言葉は天界の美。ヨーロッパでは古くから聖母マリアの象徴とされ、天使ガブリエルはユリの花をたずさえて描かれている」
「あら、勉強して来たのね?」
依頼主の星川鈴美はテーブルを挟んだ淡い紅色のソファに座り、窓からの陽射しを横顔に帯びて、花柄の艶やかなブラウスとカーキ色のワイドパンツ姿で洋介に微笑みかけていた。
「ええ、姉が花に詳しいのでね。それに今回の依頼には危険な香りが充満している。美しい花には毒蛾が群がるのかもしれない」
洋介はラフなジャケットにダメージジーンズ、髪はオールバックにしてサイドの切り込みを際立たせている。
「マドンナリリーの純潔を脅かす者がいるのなら、水の錬金術師が見破り、闇の中へ閉じ込めてやる」
洋介は星川鈴美の首元に輝くシルバーのジュエリーを睨んでそう宣言した。花屋に訪れた時はカラーの花と見紛う広い襟と、手に持っていた花束に気を取れて見逃してしまったが、今は微かな気配と視線を感じる。
つまりあの時点で敵の術中に嵌っていたとしたら?
「それでは無駄話はこれくらいにして、その花の想いと、真実の物語を聴いてみましょうか?」
洋介がそう言って花瓶の白いユリの花を四枚摘んでコップの水の中に入れ、道具箱から白と黄色の粉の硝子容器を選び、銀のスプーンで一匙ずつ掬って振りかけて、ガラス棒で軽く掻き混ぜる。
その工程を依頼主の星川鈴美はソファから身を乗り出して、玩具を買って貰った子供みたいに目を輝かせて覗いていた。
「ねー。その粉、なんなの?それで何か幻が見えるのよね?」
洋介はその質問から遠ざかり、白と黄色の粉が泡立ち、ユリの花びらにも小さな泡が付着して弾けるのを見つめてから、ゆっくりと水を口に含んで目を閉じた……。
その数分前の出来事である。
別荘地の公園の前の通りにモスグリーンの高級車が止まり、スーツを着た城田英人が運転席から降りて、緑で敷き詰められた公園の中へ入って行くのを軽ワゴン車で尾行していた由香里と望美が発見した。
「洋介の予想通りだわ」
「いや、マジびっくりです」
その視線の先には星川鈴美の娘、麻衣が両手を軽く上げて振り、城田英人が近寄るのを待ち焦がれていた。つば広の白い帽子を被り、笑顔が溢れて木漏れ日の中で輝いている。天使の美しさはあれど、既に黒い毒蛾に汚されていたのか?
望遠レンズの付いた一眼レフカメラのファインダーに星川麻衣と城田英人がハグして、海を望める屋根のあるベンチに仲良く座るのが映っていた。麻衣はフリルトップスにレーススカートを穿いている。
「ユリの花束を贈ったのは城田英人。母親のパートナーのくせに、狙ってたのは娘の方だったのか?」
「望美さん。早く写真撮って、これを母親に見せれば目が覚めるでしょ?」
「なんか、ホントの探偵みたいですね?」
「うん。望美さんってワトソンみたい」
「洋介にもよくそう言われてます」
由香里は店の車を運転して鎌倉で望美を乗せ、葉山に着くと星川鈴美の別荘にモスグリーンの高級車に乗って城田英人が現れるのを待っていた。
「僕が招かれるのを城田英人は監視し、それから恋人に逢いに行くはずだ。それを見張って、証拠を手に入れてくれ」
洋介はスズランの花から幾つかの情報を得ていた。星川鈴美が持って来た時、スノードロップ から火の錬金術師の存在を知らされたが、敢えて毒を含んだスズランの花で試してみたのである。
「奴はモスグリーンの運転席に乗って、様子を伺っていたんだ」
雨の通りに停車した車内はスモークガラスで外から見えなかったが、運転席に乗っていたのは帽子とサングラスをした城田英人であった。
そして星川鈴美が首にぶら下げていたシルバーのジュエリーにはスパイカメラが仕込んであり、その映像をiPhoneで覗いていたのである。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる