レイロク・猫のミュージック

田丸哲二

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第三楽章・猫のメッセージ

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 涼子は地下鉄でのレコーディングを霊録レイロクと呼び、NOを付けて最初は日付順につなげて聴いていたが、バラバラの効果音でしかなく、試行錯誤を繰り返して小節の最後の音程に合った順に並べてみた。

 そして最終的に曲調を想像し、パズルのようにレイロクを組み合わせてみると、不思議なことに一曲の猫のミュージックに聴こえないでもない。

『今夜のレイロクはサビの重要な部分にハマる』

 涼子はそんな予感がして、編集は明日のお楽しみとして、今日は色々あって疲れたのでシャワーを浴びて寝ることにした。

 二階の南向きの部屋が涼子の寝室で、母は幼い頃に病気で他界し、父は六年前の東北地方の震災で亡くなり、おばあちゃんと二人暮らしだったこの家にいつまで住めるか分からないが、出て行く前にこの曲を完成させる決意だ。

『しかし、なんで今夜電車に乗り合わせた男の子に猫が見えたんだろう?』

 もし猫の鳴き声も聴こえるとしたら、何か関連しているのではないかと涼子は思った。元々、霊能力があるタイプではなく、あの夜から不思議な現象が自分の周辺に巻き起こっているに過ぎない。

『出会いにも意味があるのかもしれないが、変に干渉されて邪魔されるのなら、絶対に許さない』


 そしてその夜の三日後、涼子はその男の子と再会し、最初の時以上に警戒したが、猫は涼子の敵意を緩和させ友好的なな雰囲気を醸し出す。

 一方、友太は少女と猫の群れに興味を持ち、夜な夜な想像力を膨らませてパソコンでネット調査した。ひきこもっていた時期もあり、情報収集は得意で重要な証拠を発見して三ツ沢上町駅で待ち伏せする。

 その日の夜間授業を早めに抜け出し、駅前の自販機で缶コーヒーを買って辺りを見回していると、突然ベンチの横に黒猫が現れた。

「うわっ」

 友太が驚いて飲んでいたコーヒーをこぼし、黒猫は嘲笑うように軽くジャンプして走り去り、公園の通りから現れた猫の群れの列に加わる。

 先頭には野島涼子がいて、前回と同じく猫たちを引率して駅の方へ歩いて行く。それを見た友太は慌ててコーヒーを飲み干し、空き缶を自販機の回収ボックスに投げ入れ、列に駆け寄って最後尾の三毛猫の後ろにつく。

『チッ……』

 涼子はそれをチラッと見て顔を顰めたが、スピードは変えずに改札口へ向かう。大きめの帽子を被り、黒縁のメガネをかけ、ヘッドホンを首に掛けてリュックを背負い、駅員に声をかけられる事もなく改札を抜け、階段を降りてホームへと列になって進む。

 友太はホームで猫に囲まれて電車を待ち、最後尾の車両に乗り込むと、それとなく涼子と同じ座席の端っこの方に座った。すると猫が何匹か友太の足元へ歩み寄り、身体を擦りつけて甘えた。

『微かに感触を感じるけど、幽霊猫なんだよな』

 さっきの黒猫は涼子の隣にちょこんと座り、他の猫は座席まで飛び乗って友太に戯れた。

「へー、もう手なずけたんだ?」

 涼子が挑戦的な感じで話しかけ、黒猫は冷静に成り行きを見守り、他の猫はどうでも良さそうに戯れ合っている。

「いや、そんなんじゃないけど」

「で、何しに来た?」

「あの場所に行くんだよね?」

「まー、そうだけど。猫が見えるからって関係ないから。構わないでくれる?目障りだからさ」

 涼子は友太を無視して、リュックかレコーダーを出して準備を始めた。気になったが、SNSにおばあちゃんの事故死を晒され、無慈悲なコメントをされて人間不審になっている。

 しかし友太は距離を詰めて座り直し、バッグからタブレットを出して、手慣れた手付きで操作した。

「オレ、堂安友太。ちょっとひきこもってた時期もあり、今は定時制高校に通ってる」

「なんだよ。いきなり自己紹介?」

「ゴメン。でもオレ、分かったんだ」

 涼子は友太の必死な感じに思わず吹き出し、その笑顔に反応して黒猫も他の猫たちも友太に注目した。

 黒猫が『ニャーゴ』と鳴き、涼子は『しょうがないな~』と苦笑して友太に問い掛ける。

「それで分かったって。何が?」

「これ見て」

 友太は一人分空けたくらいの距離で涼子にタブレットの画面を向け、ネットサイトからダウンロードした写真を見せた。

「うそ?」と涼子は驚き、顔を寄せて画面を覗き見る。友太は緊張気味にスワイプして数枚の写真を映し出し、黒猫も近寄って視線を向けた。

 青い空に向けられたパラボラ集音マイク。
 海の沖合から港に帰って来る漁船。
 海岸に飛びかうカモメの群れ。
 長靴と作業着の漁港で働く人々。

 その港の堤防にフィールドレコーディングをする男の姿がある。

「父を知ってるの?」

「オレ、南三陸町の生まれだから。震災で家族全員亡くして、こっちの親戚に引き取られたんだ」

 友太にそう言われて、涼子は更に驚いたが、到着場所が迫りレコーディングの準備をしなければならない。

「分かった。後で話そう。そろそろレイロクの時間だから」

「レイロク?」

 涼子は友太の問いに微笑み、写真に写っていたパラボラ集音マイクをリュックから出し、「父の形見」と言って微笑む。

 涼子は最後尾の車両の壁を背にして床に座り、ヘッドホンをしてマイクを立てPCMレコーダーに接続した。猫たちもそれに備えて網棚や座席から降りて、涼子の近くに集まって耳を澄ましている。

 友太も涼子の隣に座ると、涼子は友太のイヤホンをレコーダーに接続し、胸に手を当てて目を閉じたので、友太も願いを込めてゆっくりと目を閉じた。

 そして突然ガタゴトと揺れが激しくなり、猫たちが耳を立てて同じ方向を向き、一斉に鳴き声を上げると遥か遠くの方から歌声が流れてくる。

 その時、何かが押し寄せる感じがして、友太が焦って目を開けると、目前に水飛沫が上がり、暗闇のトンネルの奥から大量の水が押し寄せ、電車が波に呑み込まれて車内にも水が溢れたが、一瞬にして故郷の海の風景に変わり、友太は津波に襲われた町を思い起こす。
 
『あの日、消えてしまったモノとつながっているのか?』

 友太はそれに気づいて現実に戻り、茫然として涼子を見ると、彼女は車内の床にへたり込み、ヘッドホンをしたまま頬に涙を流していた。
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