あふれる愛に抱きしめられて

田丸哲二

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別れのルーティン

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 雨女には霧雨の優しいシャワーであるが、折り畳み傘を差して駅前の広場へ出ると、歩道橋を渡ってメインストリートからゆっくりと寂れた商店街を歩く。

 別に気ままな旅であり、懐かしい風景を眺めて路地に入り、川の流れに誘われて土手沿いに散歩していると、遥か向こうから神野洋介が紗織を見つけて物凄い勢いで走って来た。

 傘が雨風に飛ばされるのも気にせず、あっという間に紗織へ近寄ると、両手を広げて思いっきり抱きしめられた。

「紗織……。七年ぶりじゃないか?」

「う~ん。そんなかな。ちょっと恥ずかしいんだけど」

 洋介は紗織を強く抱きしめたまま耳元で話しかけ、紗織は洋介に身を任せて、雑巾みたいに悲しみを絞られた。

「ちょっと、痛いんですけど」

 紗織の手がしな垂れて、折り畳み傘の先っぽが地面に触れている。

「まだ、だめだ。もっと抱きしめなければ君はまた雲に乗って去って行ってしまう。僕の愛が足りないんだよ」

「馬鹿ね。愛の伝道師なんでしょ?こうしてると渇いた心が温かい愛の涙で満たされるようだわ。洋介、腕を上げたじゃない」

「僕が最初だった。二十年前、この地に大雨が降り、川が氾濫して僕は君に命を助けられたんだ」

「でも、それで洋介が雨女アメジョだって言いふらしたんだよね。それから私たちはこうなる運命だったのよ」

 それは……雨と虹の関係。雨が去って七色の虹が空に輝く。

 紗織は洋介の腕に抱かれながら葉からこぼれる雫のように微笑んだ。恵みの雨が紗織の頬と髪を濡らし、洋介の頭の上に虹が輝いているように見える。

「ありがとう。洋介」

 雨上がりがいつも二人の別れのサイン。雨女を充電できるのは晴れ男の貴方しかいない。でも洋介は頑なに紗織を抱きしめて離さなかった。

「あふれる愛で雨女を晴れ女にでも変える気か?」

「だから、僕はいい意味で紗織を雨女と呼んだと、あれから百回は説明した筈だ。君に助けられた人々の声を聞かなかったのか?」

 洋介は紗織が雨を呼んでいるのではなく、雨を感知して被害者を助けているんだと以前から力説し、それを証明する為に紗織に助けられた人々に呼びかけて、励ます会を開いてもらった。

「僕が一番最初に君に助けられたんだぜ」

「さっきもそれ聞いたよ」

「君がいなくても、あの時この大地に大雨が降り被害にあった筈だ。逆に君がいなければ僕は死んでいた事になる」

「つまり、私は関係なかったって言いたいんでしょうけど、そんなのカウンセラーの戯言でしかないって、洋介もわかってるくせに」

「いや、君はそうやっていつも考え過ぎなんだよ。もっと素直になって、僕と結婚しよう」

「ダメです。そこまで言うなら、私も最後まで試してみるわ。雨女の能力がどれほどのものなのか?」

 紗織がそう言って洋介の腕から抜け出すと、晴れるかと思われた空からぽつぽつと雨がまた降ってきた……。洋介は呆然と佇んで雨空を見上げ、紗織は折り畳み傘を差して、駅の方へ一人で歩き出す。

 無情な雨が晴れ男の頬を濡らし、雨女は勝ち誇ったように一度も振り返らなかったが、この時、晴れ男は別れのルーティンが違っていると思った。

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