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前編
しおりを挟む見てしまったのは本当に偶然だった。
たまたま夜寝苦しくなって起きてしまい、使用人たちを呼ぶのも面倒だったので自分で温かい紅茶でも淹れようと長具冷たい廊下を一人でとぼとぼ歩いていた時だった。
邸宅にある薔薇園で抱きしめ合い何度も口づけを交わす男女を見てしまい、使用人同士で恋愛に発展しちゃったのかな? まぁ薔薇園はロマンチックな場所だし、そん気分になっちゃうのも仕方ないよね。誰なんだろう~今度茶化してやろうと思い影だけしか見えなかった二人をこそこそ隠れて廊下から見つめた。
見た方がよかったのか見なければよかったのか、正直今もその答えは出ていない。
旦那様と没落貴族の使用人デイジーがまさか抱きしめあっているとは思わず、私は見ただけで心臓がドキドキして息苦しくなった。もしかしたら見間違いかもしれないと思い、もう一度確認してみたがやっぱり二人は旦那様と使用人であった。
廊下からだと二人が何を話しているかは全然聞こえないし、自分の心臓の音があまりにも大きくて頭も回らない。
二人に気づかれないために床を這いずるようにして自分の寝室に戻り、今の心境を日記に書いている。頭が動かない時や感情的になりそうになったら、図式やわかりやすく書けばいいと昔助言してくれた友人のおかげで何とか私は今状況を整理することができている。
たまたま抱きしめあっただけなのか、それとももうあの使用人が来てから3年は経つがそれすらも愛人をわざわざ家に住ませるためにやった事だったのかもしれない。そう言えばここ何年か旦那様と夜を過ごした覚えはない。あれ? もしかしてこれって私にお勤めを果たせないようにしているの? それともあの使用人との間にできた子供を私に育てさせようとしているのかしら。
悪い考えはいくつも巡り、どうすればいいかで悶々としているとあっという間に朝日が窓から差し込んできた。一日中起きて寝不足だったからか、それとも今自分が不幸だからかはわからないが太陽の光でさえ鬱陶しいと思ってしまう。朝が来なければ旦那様と顔を合わせずに済んだのにと私は初めて思ってしまった。
「アビ……酷い顔ですよアビゲイル様。どうされたんですか」
冷静沈着にそう話しながら温タオルを私に渡してきた使用人はマチルダ、彼女は私が小さな頃からずっと仕えてくれている。年は少し上だったはずだからもう23、でも男を探すよりも私と一緒にいる方が幸せだということでずっと一緒にいてくれている。
そんなマチルダの前だから私は思わず泣きそうになってしまったが、私は目頭を温タオルで押さえて上を向き涙を堪えた。
「昨日面白い小説を読んでね、夜更かししちゃったの」
「アビゲイル様夜更かしは厳禁ですよ」
「ごめんね、旦那様との朝食に行くわ。とりあえずクマとかバレないように化粧をお願いね」
そういうとマチルダはサッと私の服を着替えさせ鏡の前に座らせると、あっという間に顔も髪型も普段どおりに見えるよう完璧に仕上げてくれた。だがマチルダは心なしか眉を顰めて暗い表情をしているように思える。
「マチルダどうしたの?」
「アビゲイル様その、今日はマチルダとお出かけしませんか? とても疲れていそうなお顔をしています。アビゲイル様のお好きなケーキが置いてある店に行き、今日は幸せな日を送りましょう。アビゲイル様がやるべきお仕事は今日はやめておきましょう。ね?」
手を取ってそう言ってくれるマチルダに私は力なく微笑むだけだった。旦那様に直接聞けば済む話よね、もしあれが誤解なら誤解で済むし……これだけ心配してくれるマチルダにも勘違いだったわ~って笑顔で報告したい。
私はそのままマチルダに連れられて旦那様のいるダイニングへと足を運んだ。気持ちは全然乗っていなかったし、旦那様の顔を見た時普通に喋れるだろうかと悩んでしまったが無理にでも行動しないと変わらないぞと自分を自分で鼓舞して私は部屋の中へ入った。
「おはようアビゲイル」
「おはようございます旦那様」
「今日も公爵様の家に会議で呼ばれたから帰るのは遅くなるよ。アビゲイルがしっかりしているから本当に助かるよ、さすが商家の娘だな」
「勿体ないお言葉です。あの旦那様、昨晩うちの薔薇園に深夜いらっしゃいませんでしたか?」
「あぁいたよ。でもどうして急にそんなことを?」
旦那様はもっと慌てふためくかと思ったのに普通に返答されてしまったので私は思わず面食らってしまった。食べている野菜の味もしなければ、慌てて紅茶を飲んだのにその匂いすら今わからない。それほど私は混乱してしまっていた。
「あ、あの……昨日見たんですけど、旦那様が何方かと抱きしめあっているのを……」
「それは誤解だよアビゲイル。昨日は確かに薔薇園でデイジーといたが、あれはこけそうになっていたデイジーを支えただけだよ。誤解させるようなことをしていて悪かったアビゲイル、今度お詫びとして一緒に旅行に行こう」
旦那様は笑顔でそう言ってくれた。私は心優しい旦那様を疑ってしまった自分が情けなくて泣いてしまったら、旦那様はすぐにハンカチを渡してくれた。周りの使用人や執事たちも私たちのことを温かく見守ってくれている。マチルダは相変わらず無表情だけどきっと他の人たちと同じ気持ちだろう。あぁ素敵な家に嫁いでよかった。
朝食を終えたら旦那様は足早に公務へと出かけられた。さぁ私も旦那様の留守の間しっかり家を守るために仕事をするぞ! と思った時、マチルダは私の手首を引っ張り無理やり誰も居ない裏庭へと連れていく。
「どうしたのマチルダ」
「アビゲイル様、旦那様絶対浮気していますよ」
「でも旦那様が誤解だよって」
「あんなところで僕浮気してるよって言う男がいるわけないじゃないですか。あぁ言う輩は嘘を平気で言えるのですよ、決定的な瞬間さえ見られなければ大丈夫だと思っているのでしょう。アビゲイル様のお父様に第二夫人や愛人は作らないという決まりの上でご婚姻されたと言うのにゲス野郎が……」
マチルダは今にも人を殺しそうな目で石畳を見ながらそういった。そしてたじたじとする私を置いてぶつぶつと話し出す。
「アビゲイル様、そうですよ。疑いの心を持ってしまったからには完全に無くすためにも旦那様が浮気をしていないという証拠を集めましょう。それが良いです。これで浮気をしていないことが証明できましたらアビゲイル様も心の底から再び旦那様を愛せると思いますよ」
「そ、そう?」
「はい! 私の知り合いが魔導具店営んでおりまして、面白いものをよく作っています。そこで旦那様が浮気をしていない証拠を集めましょう!」
「うん! マチルダの言う通りにする!」
「ちょろ」
「え? マチルダ何か言った?」
「いいえ。さぁ行きましょう、外国の言葉で善は急げとあります。ここからそう遠くない場所ですので」
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