真実の誓い

かよ太

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01(完)



私はいま窮地に立たされていた。
騎士の身分にありながら落馬をするという醜態をさらし、森の中に逃げ込み、先ほど受けた腹の傷の痛みをぐっと押さえ、耐えながら必死に逃げ惑っている。 

一体どのくらい歩いただろう。己の息づかいが荒くなるのを聞きながら、動きにくい身体を叱咤しつつ、木づてにがさりがさりと生茂る草木を押しわけて進む。 

――――私(わたくし)はお前を、あの子を守る騎士として育ててきたのですよ! 

――――やはり迎えるべきではなかったかと、奥様。 

耳鳴りだ。背筋に冷やあせが流れていく。痛みに意識ももうろうとしてきている。 

――――あの子の身の危険を排除するために貴方が働けば認めてさしあげます。 

運命(さだめ)とは立ち向かうためにあると思ったことは一度もない。
ましてや、越えていくもの切り開くものなどとは。 

(恐しいものだ) 
私にとって運命とは、……どうのしようもないものだった。 
父上、私は生きていることが恥ずかしく思います。そして、ここで朽ちることすら恥であると。 

――――いたか!

――――おりません! 

耳鳴りが酷くなっている。それは走馬燈か、それとも森のざわめきだったのか。
遠くなる意識を私はとどめることができなかった。 


 ■ ■ ■


「目覚めたか」 
青い髪の人が私を覗きこんでいた。美しいひとがいる部屋にしてはあまりいい部屋ではない。
湿り気のある厭な臭いと、陰鬱な光が部屋を満たしていた。 

「なんだ、二人の仲だ。黙ることはないだろう、シュティール」 
私の反応にこそ不満そうにしているが、彼はこのような部屋の中でも気高く存在を誇示するひとだった。 

「私は、あなたと軽々しく話せる身分でもなければ、あなたに介抱される覚えもありません」 
「そうだな。この怪我も……私が負わせたものだしな」 
彼が、(手当てをしてくださったのだろう)その腹を撫でさする。 

「……ッ」 
決して優しくなどない、憎しみをにじませるような撫で方だった。 

この人は隣国であり、敵国ウトライン皇国の第一皇子ザクストレーゼ。
蒼穹色の長髪をもち、紫電の双眸を天から授けられたと言われるほど彼国にとっては尊いお方である。 

「お前が強情なのがいけない。私はこちらに来いといっているのに」 
「あの子を返して頂きたい」 
「あいつはすでにもう弟のものだ。それでお前は頷いたではないか」 
「ふざけないでくださいッ、それはあなたが……!」 
「私がなんだ」 
「……ッ!」 
あなたが強引に頷かせたのではないか。あの時はああするしか道を残してくださらなかったのはあなたなのに。 

「ふん、小心者め」 
反抗の声を飲みこまざるを得なくなる私を蔑むけれど、この方が私に反論を許すはずもない。
そうやって、私が自分の言動や行動で追いつめられて押さえつけられて苦しむのを喜ぶのだ。 

「あの国に対してお前が何の未練を持つというのだ」 
未練はある。父の墓が私を待っている。そして愛しいものを守るために己が身をささげようと私は誓ったのだ。 

彼から顔を背けると、鞘から水の流れるように抜かれた刃の音が耳に入ってくる。
とうとう私に手をかけるのだろうか。怪我人に気を使う人ではない。

幼き頃から、汚いと長年忌み嫌われてきた鼠色の前髪を鷲掴みにされる。
目先には皇国の皇子のみに所有が許される秘剣が牙をむいていた。

「言え」 
彼は、上半身を起こしている私を跨ぎ、囁くことに慣れている美しい声を響かせる。 

「そして、誓え」 
彼は、笑う。目を閉じることは許されてはいない。そらすことのできない視線に怯えを見せるしか術はない。 

「お前が望む方をだ」 

さあ、と。選べ、と。 

「母の故郷に帰るか。それとも、父の待つ故郷に戻るか」 
ここでどちらを選択しても私に待っているのは確実に、死だ。彼の魔術でも使っていそうな恐ろしい眼差しに射抜かれて否と答えられるはずもない。この高貴な従兄弟に私は平伏すしか道は残されていないのだろうか。

「……どうした、シュティール」 
「その前に、妹を……返してください。交換条件を……呑んでいただけませんか」 
前髪をつかまれたまま、布団に顔を乱暴に押し付けられる。

「何をいまさら。血迷うのも大概にしておけよ、アレはもう婚約も済み、式まで済ませたのだぞ」 
逆鱗に触れたか、チャッと柄を強く握りしめる音が響く。

「……腹の次は、肩でもいくか」 
どうしていつもこうなのだ。願いはいつも打ち砕かれる。

……もともと私の出自はウトライン皇国だった。
ザクストレーゼ様は幼少の頃からお仕えしていた主であったのだ。
私が皇王の妹である母と、隣国の商人の父から生まれた不義の子であったことは、すでに周知の事実であったようだが、あの時までは幸せな日々を送っていた。そう、母が亡くなったために、父の国へ行かなければならなくなったのだ。私は自分が不義の子であったと知ったのは、そこで義母と異母妹と向かいあってからだ。

――――シュティール、どうしてお前がいく必要がある! 

ザクストレーゼ様は行くなと言ってくださった。後ろ盾すらしてくださるとの王の優しいお言葉も、しかし、父が母の忘れ形見である私を手放したがらなかったことでウトラインを離れることになったのだ。また、父の庇護なしではあの当時の私の歳ではまだ一人で生きていくことを選ぶのは無理だった。私が彼だけを信じてお仕えして生きるということも、幼すぎたが故に考えが及ばなかったのだ。

――――シュティール、今はもう自分で考えて行動し、責任が取れるのではないのか。 

そう、剣が言った気がした。昨日から耳鳴りがうるさい。

「私は……私は……」
父を裏切ることができない。義母を異母妹を裏切ることもできない。手が震える。けれど、けれど……私は誰よりも裏切ることが怖い人がいる。ザクストレーゼ様。父はすでにこの世を去った。

――――あの娘(こ)を頼む。

それが父の遺言ではなかったか。私はそれを反故にするというのか。

……本当は父を恨んではいなかっただろうか。この方と引き離され、また義母や使用人たちからの冷遇の数々は思い出したくないものでもあった。父は負い目から私を彼女たちから守ってくれたことは一度としてなかった。妹とはいえ異母妹である。情などないから、あの時私はあの娘を引き渡したのではないか。

――――お兄さまっ!

何度も私を呼ぶあの娘の姿を見て、内心喜んではいなかっただろうか。ザクストレーゼ様があの時私を唆した。

――――これはお前にとって復讐になるだろう? 

「……そうだな、もう一つ選択肢をやろう」
再会した時には、すでに私の知っているザクストレーゼ様の面影はどこにもいなかった。けれど、今も昔も、私を私として認識してくださったのはザクストレーゼ様だけだった。

「私にお前のすべてをささげろ。さあ、……私に忠誠を」
選択肢など初めからないのは知っていた。命令だ。それだけが私の真実だったのだ。

「さあ、シュティール。今度は私がお前を攫っていこう。帰ってこい、お前の意思で」 
その言葉は運命か。ふいに泪が溢れ出して、私は嗚咽を殺すことができなかった。

「シュティール・ライズは、……ここに、ザクストレーゼ・ウトラインに忠誠を……誓う」 
そうだ。これからはあなたの望むままに、私は私の意志であなたに仕えよう。心からあなたのためだけに。
幼き日はかならず彼と共にいたことを、私は思い出していた。 




終 

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