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01(完)
しおりを挟む食卓には美味しそうな夕飯が所狭しと並んでいる。
ピンクのフリル付きエプロンを着て、台所から飲み物をもってくるのは理想の美人妻。
「さあ召し上がれ」
……ではなく、高校時代に同窓生だった、オトコ。
「……お前さあ、」
はあ、と溜息を吐く。いいかげんにしろと何度も言っているがそろそろ勘弁ならん。
「なあに? 早く食べないと冷めるよ」
楽しそうにそいつは満面の笑みを向けてくる。
知っているだろうか……、美人というのはそれだけで威圧感があることを。しかもそれをうまく利用しているのが、こいつ織田嶋慶(おだしまけい)だ。
文句を言いかけた俺は、慶の思惑通りに話すのをやめ、あつあつのそれらを口に運んだ。
実際、最近は料理の腕も上がってきていて、母ちゃんのメシより俺の胃を掴んできて困る。
「おいしい?」
「ああ、」
ごちそうさんと箸を置く。どう切り出すか思案していると、慶は空になった食器を流し台に置き、向かいのイスにもう一度座ってきた。
「ねえ、ゆたかちゃん」
……きた。
「そろそろ抱かせてよ」
「お断りだ」
これは高校時代から続く慶の嫌がらせだ。進学が別の大学だったこともあり、バイトもしたりしてこいつと会う機会がじょじょに減っていった。それを内心喜んだ俺とは裏腹に、やつは親元から離れた俺の小さな城に強引に上がり込んできた。もう二ヶ月にもなるだろうか。
「あきらめるのなら、ここにはいないよ」
「俺は、応える気はないと昔から言ってる」
「応えたこと……あるくせに」
「……、アレはお前の勘違いだ」
過去、一回だけ過ちを犯した。それをこいつは引きずっている。だが、俺は知っている。これが「嫌がらせ」だと。だからこんなに尽くしてもらって何も返さないのか、と気まずく思うことが多少あっても「絶対に」応えるわけにはいかなかった。
■ ■ ■
世の中に、こんなに美人なオトコがいるのかと驚いたのは高校のとき。
一年の寮で同室だった俺たちだが、慶は翌年には生徒会長の座を勝ち取り、一人部屋をもらった。
頭脳明晰、眉目秀麗……四字熟語なんてわからない俺でも、そんな単語が張り付くような、万人を惹きつける人間だった。
そして同室だったよしみでものの貸し借りもよくしていたことが徒になり、その時に俺は見てしまった。
間の悪いことに、慶の情事とやらを。
「ゆたかちゃん、国語の辞書いるんでしょう」
辞書を借りてくるはずだったのだが、あまりのことに自分の部屋へと逃げ出した俺を追いつめると、やつはにっこりと笑った。蛇に睨まれた蛙とはこのことだった。
寮部屋の入り口で立ち止まっている俺を押して部屋の中に入ってくる。
緊張のあまり生唾を飲み込み、慶の視線から逃れられない。より近づいてきて、唇が重なった。
「ん、っ……」
噛みつくように唇を支配され、怖くなって口を開ければ一層慶が深く侵入してくる。
「っ、……んっんん!」
上顎を舌で舐め上げられ、初めての快感に肩が揺れる。慶の舌が降りてお互いの舌がからまる。
「かわいいなあ、ゆたかちゃんは」
「っ、やめろっ!」
おれはいったいなにをされたんだ。触れあった唇をゴシゴシと制服でこする。
「ふふっ、残念」
くすりと肩をすくめる慶。
「出てけ、でていけよ! 俺はお前の彼氏じゃねえっ」
バタンと閉まった音とともに俺は、慶が好きだったのだと気づかされた。
だから……あれ以来蓋をしてきた。こいつに落ちるわけにはいかないのだ。
あのあとも今のようなセフレのお誘い発言をしてきながら、恋人をつくっては俺に紹介するのをやめなかった。
俺にはわかっていた。落ちたら、慶が俺のことなど見向きもしなくなるということを。
「……もう。来るな」
こいつとこれから一緒にいても苦しくなるだけだ。
楽しかった過去の思い出だけを抱いて生きていく方がいい。
「慶とは、会いたくない」
「俺が嫌いになったの」
好きだから、
「もう、会いたくない」
ずっとずっと我慢してきた言葉が、口からこぼれ落ちた。
「……わかった」
長い沈黙の後、慶が了解の言葉を発した。
ああ、これで終わったんだ。目を閉じてこいつと過ごしてきた思い出が走馬燈のように駆け巡る。
「俺が、悪かったよ」
しばしの沈黙のあと、ぽつりと慶が言った。
「なにが……、」
悪かった、という意味が分からない。
まじまじと慶の顔を見る。
「できもしない恋の駆け引きをしようとした俺が悪かった」
恋の駆け引き?
俺は頭が真っ白になった。慶の美人顔は困った顔をしていた。
「もう、会いたくないなんて言わないで」
まっすぐに見つめられて反らすことができない。
「……俺のこと好きじゃなくていい、そんなに嫌なら、年に一回でもいい。でも……会わない、なんてそんな悲しいこと……」
ずっと緊張のあまり拳を作っていた俺の手に、慶はそっとあたたかな自分の手を乗せて懇願するように優しく、そして強く被せてくる。
「なんで、」
「好きだって、言って欲しかった」
重なった手から俺の慶に対する想いと、慶の俺に対する想いがじわりと溶けだして混じりあっていくような奇妙な感覚を味わう。
本当の気持ちを、伝えてもいいのだろうか。
「言ったら……、お終いだったろ」
「決めつけないで欲しかったな……、そこからがスタートだと思っていたのに」
だから、料理だって覚えたんだし。そう慶は極上の笑顔を作った。
「キス、してもいい?」
「俺が……、する」
慶のその顔は、俺の大好きな笑顔だった。
「慶、ずっと前から好きだった……」
「俺もだよ。ゆたかちゃん……」
テーブル越しにした二度目のキスは、とても温かかった。
終
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