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夢の中で俺は黴臭い街の、テナントビルの3階にある小さなアメリカンダイナーにいた。オレンジのソファーに座り、アイスコーヒーを手元に俺はぼんやりと肘をついて頭を支える。目の前にはテーブルを挟んで、シスター・レイは注文したアメリカンドッグに目を輝かせていた。彼女が自分を「シスター・レイ」だと名乗ってから2週間目の事だ。
「だからね、ここが重要なんだけど」
彼女はアメリカンドッグにマスタードとケチャップを忘れない。黄色と赤に、彼女の紺色のグリッターの爪先がコントラストを残す。
「あなたが信じようが信じまいがこれだけは事実なの」そう言って咀嚼する。俺は頭を動かずに目線で訴える。何の話だか、全然分からないと。
「あなたが生きたいと願うたびに、私はあなたから寿命を1年分貰う」
意味がわからない。なぜ俺から生きる年数を奪う?現に俺は今くたばりそうな思いで生きているというのに。佑斗は顎に手を添えると、シスター・レイは口をナプキンで拭った。フーシャピンクで彩られたクシャクシャの紙屑。それを見つめて俺は言う。
「寿命を奪う仕事って、君は悪魔かなにかか?」
「あ、言い忘れたけど私はあなたの悪魔でも天使でも無いわ。ただのジャンキーよ。他人から生きる年数を奪ってそれを続けるの。ハイになる為ならなんだってやってみせる」
俺はそこで口を開いた。
「たったそれだけの為に?君の快感のために俺は君に命をあげなきゃいけないのか?」
シスター・レイは言う。
「私は手段を選ばない。命を奪って予告する。大抵の人は苦痛の表情をうかべる。それを見てるのが好きなのよ」
「そりゃ大したサディストだ。でも多分俺は長くないだろうな」カマをかけると、彼女は「まだ15年ぐらいあるわよ」とあっさり認めた。
15年か。人生の3分の2は生きてきた事になる。
「あなたのその態度」シスター・レイはレモネードをストローで啜る。
「あなた、ちっとも動揺しないのが不思議だわ。普通の人だったらもっと泣きわめくか後悔するというのに」
それは俺が今人生にくすぶりを感じているからだろう。それにもともと人生に執着しないからだろう。そもそもノンセクシャルとして生きている以上、他人にさほど執着もしない。俺にペットはいない。
だが俺の命は自分のものだ。ただ奪われる身となっては納得がいかない。
「なぜ俺なんだ」と問いかけるが、シスターレイはそれには答えず言った。
「あなた、本当は世の中に対してものすごい怒りを抱えてる」
「へえ」意外な指摘に思わず声が出た。
「その怒りが今のあなたを支えてるの。身に覚えは?」
「ないね」と即答する。俺はどちらかというと、怒りを現わさない方だ。
「そう?」彼女が片眉を上げて、ずり落ちたワンピースの肩紐を正す。
「あなたが怒りの力を現した時、とても美しい顔をしてるわ。思わずキスしたくなるぐらいよ」
やめてくれ。俺は頭を搔く。確かに彼女は綺麗だが、抱きしめるにはあまりにもささくれだった気性に見える。
「君に何がわかる」
「分かるのはあなたの寿命だけ。ほら、生き続けて。私はそれを奪い取ってみせるから」
そう言ってけたたましく笑うと、彼女はクラッチバッグからくしゃくしゃの千円札を二枚取り出した。
「今日はこの辺りで」ひととおり説明を終えたシスター・レイがダイナーを去ろうとした。
「シスター・レイ」俺は名前を呼ぶ。振り返る彼女は打って変わって可憐な表情を見せた。
「そのブルーのアイシャドウ、よく似合ってる」
彼女は不意をつかれたように振り向き、「約束は約束だからね」とまた不敵な笑みを浮かべた。
シスター・レイは去った。
要するに「俺が生きることを選べば、根こそぎ彼女が俺の寿命をかっさらう」という事だ。
俺の今の心情としては、末期ガンにかかった患者よりもたやすいのだろうと言う事だけだ。
ガソリンを撒き散らしながら走る車のようなものだ。飛ぶことを許されない鳥みたいなものだ。
ふと、トーストの焦げる匂いが鼻を掠めた。そしてフライパンが水分を飛ばす音。いけちゃんが朝食の準備をしている。俺はくらり、と意識が飛び気がつけば布団の中にいた。俺は現実を確かめるように視界に見えるものをなぞった。先程までの重い宣告が嘘みたいに軽やかに意識が踊り出していた。だがそれは一瞬で、次は途方もない人生の距離について考え始めた。その景色はモノクロームの雲の形をしている。
「だからね、ここが重要なんだけど」
彼女はアメリカンドッグにマスタードとケチャップを忘れない。黄色と赤に、彼女の紺色のグリッターの爪先がコントラストを残す。
「あなたが信じようが信じまいがこれだけは事実なの」そう言って咀嚼する。俺は頭を動かずに目線で訴える。何の話だか、全然分からないと。
「あなたが生きたいと願うたびに、私はあなたから寿命を1年分貰う」
意味がわからない。なぜ俺から生きる年数を奪う?現に俺は今くたばりそうな思いで生きているというのに。佑斗は顎に手を添えると、シスター・レイは口をナプキンで拭った。フーシャピンクで彩られたクシャクシャの紙屑。それを見つめて俺は言う。
「寿命を奪う仕事って、君は悪魔かなにかか?」
「あ、言い忘れたけど私はあなたの悪魔でも天使でも無いわ。ただのジャンキーよ。他人から生きる年数を奪ってそれを続けるの。ハイになる為ならなんだってやってみせる」
俺はそこで口を開いた。
「たったそれだけの為に?君の快感のために俺は君に命をあげなきゃいけないのか?」
シスター・レイは言う。
「私は手段を選ばない。命を奪って予告する。大抵の人は苦痛の表情をうかべる。それを見てるのが好きなのよ」
「そりゃ大したサディストだ。でも多分俺は長くないだろうな」カマをかけると、彼女は「まだ15年ぐらいあるわよ」とあっさり認めた。
15年か。人生の3分の2は生きてきた事になる。
「あなたのその態度」シスター・レイはレモネードをストローで啜る。
「あなた、ちっとも動揺しないのが不思議だわ。普通の人だったらもっと泣きわめくか後悔するというのに」
それは俺が今人生にくすぶりを感じているからだろう。それにもともと人生に執着しないからだろう。そもそもノンセクシャルとして生きている以上、他人にさほど執着もしない。俺にペットはいない。
だが俺の命は自分のものだ。ただ奪われる身となっては納得がいかない。
「なぜ俺なんだ」と問いかけるが、シスターレイはそれには答えず言った。
「あなた、本当は世の中に対してものすごい怒りを抱えてる」
「へえ」意外な指摘に思わず声が出た。
「その怒りが今のあなたを支えてるの。身に覚えは?」
「ないね」と即答する。俺はどちらかというと、怒りを現わさない方だ。
「そう?」彼女が片眉を上げて、ずり落ちたワンピースの肩紐を正す。
「あなたが怒りの力を現した時、とても美しい顔をしてるわ。思わずキスしたくなるぐらいよ」
やめてくれ。俺は頭を搔く。確かに彼女は綺麗だが、抱きしめるにはあまりにもささくれだった気性に見える。
「君に何がわかる」
「分かるのはあなたの寿命だけ。ほら、生き続けて。私はそれを奪い取ってみせるから」
そう言ってけたたましく笑うと、彼女はクラッチバッグからくしゃくしゃの千円札を二枚取り出した。
「今日はこの辺りで」ひととおり説明を終えたシスター・レイがダイナーを去ろうとした。
「シスター・レイ」俺は名前を呼ぶ。振り返る彼女は打って変わって可憐な表情を見せた。
「そのブルーのアイシャドウ、よく似合ってる」
彼女は不意をつかれたように振り向き、「約束は約束だからね」とまた不敵な笑みを浮かべた。
シスター・レイは去った。
要するに「俺が生きることを選べば、根こそぎ彼女が俺の寿命をかっさらう」という事だ。
俺の今の心情としては、末期ガンにかかった患者よりもたやすいのだろうと言う事だけだ。
ガソリンを撒き散らしながら走る車のようなものだ。飛ぶことを許されない鳥みたいなものだ。
ふと、トーストの焦げる匂いが鼻を掠めた。そしてフライパンが水分を飛ばす音。いけちゃんが朝食の準備をしている。俺はくらり、と意識が飛び気がつけば布団の中にいた。俺は現実を確かめるように視界に見えるものをなぞった。先程までの重い宣告が嘘みたいに軽やかに意識が踊り出していた。だがそれは一瞬で、次は途方もない人生の距離について考え始めた。その景色はモノクロームの雲の形をしている。
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