6 / 9
6.
しおりを挟む
俺は、隣町の心療内科の待合室で予約の時間を待っていた。
こうなった事に微塵の疑問も持たなかった。会社でのミスや遅刻、留守の間に失われていくいけちゃんの荷物、食欲不振に深酒、そして早朝覚醒。何かがおかしいとネットで調べてみたら、いわゆる鬱の入り口に立っているのではないかという事に気がついた。そして何よりも忌々しいシスター・レイの存在。彼女が俺の命を狙うならば、生きる意思を奪うならば、その前に消滅させればいい。彼女がシラフでいられるように、俺は命を放り出した。
要するに俺が死ねば彼女も死ぬ。
それとも彼女の事だから、他にターゲットを見つけるかもしれない。ともかく俺は彼女から存在を隠したかった。現れる度にウォーターリリーの香水の匂いを嗅ぐことにすら疲れていた。あいつは悪魔だ。良識を振りかざした悪魔だ。世間話で俺の様子を伺って、心の中では俺の寿命を計っている。
日差しがブラインド越しにグレーに染まる。看護師に名前を呼ばれた俺は、診察室へと向かった。
初老の男性は眼鏡をかけ直し、診察前に療法士が行った質問の一覧に目を通す。そして睡眠時間や食事を摂っているか、仕事には行けているか、という確認を行った。仕事はギリギリ行けているがミスばかりやらかすと伝える。それ以外は全部バツ印だ。
俺はふと、シスター・レイの存在を思い出し、一通り話した。そこで医者は首を傾げた。
「その女性は現実に存在しているのですか、それとも夢の中だけ?」俺は縦に首を振った。
医者はしばらく考えて、それからフッと肩の力を抜いた。「なるほど。もしそれが現実だと言い張るならば統合失調症とも考えられますが、それとも様子が違うようだ」今度は俺が首を傾げた。
「今のあなたは抑うつ状態ですね。このまま放置すれば鬱になっていたでしょう。薬を出します。この薬は多くの患者に使われているので…」と、薬の説明を始めた。
「お大事に」その〆言葉と共に提供されたのはSSRIの抗鬱剤と睡眠薬だった。
それを受け取りながら俺は自分に対して疑問を感じた。俺は自分を消滅させたいと願いながら、薬に頼って生き長らえようとしているのではないか?
薬の束が入った紙袋をリュックにしまいながら、手が震えた。
どちらにせよ、シスター・レイはやってくる。
彼女がやってくる。日毎、日毎に。
俺はやはり統合失調症なのかもしれない。シスター・レイは自分にとっては確かな存在だ。現実と同じ領域で夢は毎晩訪れる。とんだ袋小路に嵌められたものだと、俺は小さく嗤った。
こうなった事に微塵の疑問も持たなかった。会社でのミスや遅刻、留守の間に失われていくいけちゃんの荷物、食欲不振に深酒、そして早朝覚醒。何かがおかしいとネットで調べてみたら、いわゆる鬱の入り口に立っているのではないかという事に気がついた。そして何よりも忌々しいシスター・レイの存在。彼女が俺の命を狙うならば、生きる意思を奪うならば、その前に消滅させればいい。彼女がシラフでいられるように、俺は命を放り出した。
要するに俺が死ねば彼女も死ぬ。
それとも彼女の事だから、他にターゲットを見つけるかもしれない。ともかく俺は彼女から存在を隠したかった。現れる度にウォーターリリーの香水の匂いを嗅ぐことにすら疲れていた。あいつは悪魔だ。良識を振りかざした悪魔だ。世間話で俺の様子を伺って、心の中では俺の寿命を計っている。
日差しがブラインド越しにグレーに染まる。看護師に名前を呼ばれた俺は、診察室へと向かった。
初老の男性は眼鏡をかけ直し、診察前に療法士が行った質問の一覧に目を通す。そして睡眠時間や食事を摂っているか、仕事には行けているか、という確認を行った。仕事はギリギリ行けているがミスばかりやらかすと伝える。それ以外は全部バツ印だ。
俺はふと、シスター・レイの存在を思い出し、一通り話した。そこで医者は首を傾げた。
「その女性は現実に存在しているのですか、それとも夢の中だけ?」俺は縦に首を振った。
医者はしばらく考えて、それからフッと肩の力を抜いた。「なるほど。もしそれが現実だと言い張るならば統合失調症とも考えられますが、それとも様子が違うようだ」今度は俺が首を傾げた。
「今のあなたは抑うつ状態ですね。このまま放置すれば鬱になっていたでしょう。薬を出します。この薬は多くの患者に使われているので…」と、薬の説明を始めた。
「お大事に」その〆言葉と共に提供されたのはSSRIの抗鬱剤と睡眠薬だった。
それを受け取りながら俺は自分に対して疑問を感じた。俺は自分を消滅させたいと願いながら、薬に頼って生き長らえようとしているのではないか?
薬の束が入った紙袋をリュックにしまいながら、手が震えた。
どちらにせよ、シスター・レイはやってくる。
彼女がやってくる。日毎、日毎に。
俺はやはり統合失調症なのかもしれない。シスター・レイは自分にとっては確かな存在だ。現実と同じ領域で夢は毎晩訪れる。とんだ袋小路に嵌められたものだと、俺は小さく嗤った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる