デッドフラワーズ

narieline

文字の大きさ
9 / 9

9.

しおりを挟む
 シスター・レイと別れてから佑斗は心療内科に再び電話して予約を入れ、通いだした。律儀に薬を飲み始めた。最初は変化を感じなかったが、そのうち自分の底を見つめるような事はなくなった。失ったものへの感情が、煤を払うように明るくなったのを感じた。
 ある日いけちゃんから手紙が届いた。その手紙には謝罪の言葉と感謝の言葉が綴られていて、一枚の写真が同封されていた。それはいけちゃんの愛するわが子の写真だった。以前なら嫉妬の感情で破り捨ててしまったであろうその写真の中の少年は、いけちゃんの顎のラインと目元がそっくりで、思わず安堵した。この子が生きているのなら、いけちゃんはきっとハッピーだ。佑斗はその写真を壁に留めた。

 朝起きることは「セロトニン」という神経物質を増やすのにいいと何かで読んだ。それは心の安定をもたらし、イライラ感や不安要素を取り除いてくれるのだという。佑斗は毎朝散歩した。大きな公園を1周すれば充分に効果をもたらした。
 佑斗は公園の中にある薔薇園に足を運んでみた。普段花なんかに興味のない彼が珍しくそうしようと思った事自体が、回復を意味した。
 まずは、小さな白い薔薇がアーチ状になった門を取り巻いている入口を通る。
そこから先は見渡す限り様々な薔薇で埋め尽くされていた。彼は大振りな薔薇に指を触れると、朝露を含んだ花びらで佑斗の指が冷たく濡れた。
 「おかえりなさい佑斗さん」声にならない声で私は呼びかける。彼はずっと私を見つめる。
 彼の中のささくれだった少年時代の佑斗を薔薇の匂いでそっと抱きしめる。
 「この世の中は不純でいっぱいだから、命をかけてでも守り抜かなきゃいけないことがある」
 あなたの言うとおりね。私は人生から降りたけど、あなたには沢山、守らなければならないことがあるの。そこで彼は一瞬呟く。
 「シスター・レイ、君はここで眠っているんだな」
 ご名答。夢の世界にすら居られなくなった絶対絶命の女王陛下、シスター・レイはここにいる。ここは安らかにわたしを守ってくれる。
 佑斗は思わず辺りを見渡す。赤やピンク、黄色や黒のバラは一斉に佑斗に注目する。
 すると、薔薇の彩りが佑斗の爪先からつま先まで彼の中に入り込んだ。エネルギーが動き出して、彼の身体に注がれていく。
 モノクロームの彼の中の色がほんのりと色づき出す。風が、匂いを乗せて彼の鼻腔をくすぐる。
 彼は言った「そういう事か…」と。
色彩が彼に「生きて」と伝える。
 佑斗は目の前の景色がだんだん色を取り戻していくのを感じた。その表情は安堵と安らぎに満ちていた。ダイナーで最後に会った時の佑斗の冷たい目付きが柔らかに細まる。
 「私があなたの生きる意思を奪い取ろうとしたけれどあなたの中の少年が私に教えてくれた。今を生きろと。今の私は浮き立った屍だけれど、そのうちまた生き直す。絶対に命を無駄にしてはいけない。それは今のあなたが教えてくれた事。そのうち、何の取引もせずにあなたとまた会いましょう」
 わたしが佑斗に語りかけると、少しは通じたのか薔薇の花を見つめて「ありがとう」と言って頭を掻いた。
 彼は薔薇園を後にする。その足取りは確かで、地面に残る彼の影は色とりどりに揺らいでいた。
 私は一息つく。人の人生を奪って来た私が、ようやく人に人生を与えることが出来た、と。私は深く目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

処理中です...