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シスター・レイと別れてから佑斗は心療内科に再び電話して予約を入れ、通いだした。律儀に薬を飲み始めた。最初は変化を感じなかったが、そのうち自分の底を見つめるような事はなくなった。失ったものへの感情が、煤を払うように明るくなったのを感じた。
ある日いけちゃんから手紙が届いた。その手紙には謝罪の言葉と感謝の言葉が綴られていて、一枚の写真が同封されていた。それはいけちゃんの愛するわが子の写真だった。以前なら嫉妬の感情で破り捨ててしまったであろうその写真の中の少年は、いけちゃんの顎のラインと目元がそっくりで、思わず安堵した。この子が生きているのなら、いけちゃんはきっとハッピーだ。佑斗はその写真を壁に留めた。
朝起きることは「セロトニン」という神経物質を増やすのにいいと何かで読んだ。それは心の安定をもたらし、イライラ感や不安要素を取り除いてくれるのだという。佑斗は毎朝散歩した。大きな公園を1周すれば充分に効果をもたらした。
佑斗は公園の中にある薔薇園に足を運んでみた。普段花なんかに興味のない彼が珍しくそうしようと思った事自体が、回復を意味した。
まずは、小さな白い薔薇がアーチ状になった門を取り巻いている入口を通る。
そこから先は見渡す限り様々な薔薇で埋め尽くされていた。彼は大振りな薔薇に指を触れると、朝露を含んだ花びらで佑斗の指が冷たく濡れた。
「おかえりなさい佑斗さん」声にならない声で私は呼びかける。彼はずっと私を見つめる。
彼の中のささくれだった少年時代の佑斗を薔薇の匂いでそっと抱きしめる。
「この世の中は不純でいっぱいだから、命をかけてでも守り抜かなきゃいけないことがある」
あなたの言うとおりね。私は人生から降りたけど、あなたには沢山、守らなければならないことがあるの。そこで彼は一瞬呟く。
「シスター・レイ、君はここで眠っているんだな」
ご名答。夢の世界にすら居られなくなった絶対絶命の女王陛下、シスター・レイはここにいる。ここは安らかにわたしを守ってくれる。
佑斗は思わず辺りを見渡す。赤やピンク、黄色や黒のバラは一斉に佑斗に注目する。
すると、薔薇の彩りが佑斗の爪先からつま先まで彼の中に入り込んだ。エネルギーが動き出して、彼の身体に注がれていく。
モノクロームの彼の中の色がほんのりと色づき出す。風が、匂いを乗せて彼の鼻腔をくすぐる。
彼は言った「そういう事か…」と。
色彩が彼に「生きて」と伝える。
佑斗は目の前の景色がだんだん色を取り戻していくのを感じた。その表情は安堵と安らぎに満ちていた。ダイナーで最後に会った時の佑斗の冷たい目付きが柔らかに細まる。
「私があなたの生きる意思を奪い取ろうとしたけれどあなたの中の少年が私に教えてくれた。今を生きろと。今の私は浮き立った屍だけれど、そのうちまた生き直す。絶対に命を無駄にしてはいけない。それは今のあなたが教えてくれた事。そのうち、何の取引もせずにあなたとまた会いましょう」
わたしが佑斗に語りかけると、少しは通じたのか薔薇の花を見つめて「ありがとう」と言って頭を掻いた。
彼は薔薇園を後にする。その足取りは確かで、地面に残る彼の影は色とりどりに揺らいでいた。
私は一息つく。人の人生を奪って来た私が、ようやく人に人生を与えることが出来た、と。私は深く目を閉じた。
ある日いけちゃんから手紙が届いた。その手紙には謝罪の言葉と感謝の言葉が綴られていて、一枚の写真が同封されていた。それはいけちゃんの愛するわが子の写真だった。以前なら嫉妬の感情で破り捨ててしまったであろうその写真の中の少年は、いけちゃんの顎のラインと目元がそっくりで、思わず安堵した。この子が生きているのなら、いけちゃんはきっとハッピーだ。佑斗はその写真を壁に留めた。
朝起きることは「セロトニン」という神経物質を増やすのにいいと何かで読んだ。それは心の安定をもたらし、イライラ感や不安要素を取り除いてくれるのだという。佑斗は毎朝散歩した。大きな公園を1周すれば充分に効果をもたらした。
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そこから先は見渡す限り様々な薔薇で埋め尽くされていた。彼は大振りな薔薇に指を触れると、朝露を含んだ花びらで佑斗の指が冷たく濡れた。
「おかえりなさい佑斗さん」声にならない声で私は呼びかける。彼はずっと私を見つめる。
彼の中のささくれだった少年時代の佑斗を薔薇の匂いでそっと抱きしめる。
「この世の中は不純でいっぱいだから、命をかけてでも守り抜かなきゃいけないことがある」
あなたの言うとおりね。私は人生から降りたけど、あなたには沢山、守らなければならないことがあるの。そこで彼は一瞬呟く。
「シスター・レイ、君はここで眠っているんだな」
ご名答。夢の世界にすら居られなくなった絶対絶命の女王陛下、シスター・レイはここにいる。ここは安らかにわたしを守ってくれる。
佑斗は思わず辺りを見渡す。赤やピンク、黄色や黒のバラは一斉に佑斗に注目する。
すると、薔薇の彩りが佑斗の爪先からつま先まで彼の中に入り込んだ。エネルギーが動き出して、彼の身体に注がれていく。
モノクロームの彼の中の色がほんのりと色づき出す。風が、匂いを乗せて彼の鼻腔をくすぐる。
彼は言った「そういう事か…」と。
色彩が彼に「生きて」と伝える。
佑斗は目の前の景色がだんだん色を取り戻していくのを感じた。その表情は安堵と安らぎに満ちていた。ダイナーで最後に会った時の佑斗の冷たい目付きが柔らかに細まる。
「私があなたの生きる意思を奪い取ろうとしたけれどあなたの中の少年が私に教えてくれた。今を生きろと。今の私は浮き立った屍だけれど、そのうちまた生き直す。絶対に命を無駄にしてはいけない。それは今のあなたが教えてくれた事。そのうち、何の取引もせずにあなたとまた会いましょう」
わたしが佑斗に語りかけると、少しは通じたのか薔薇の花を見つめて「ありがとう」と言って頭を掻いた。
彼は薔薇園を後にする。その足取りは確かで、地面に残る彼の影は色とりどりに揺らいでいた。
私は一息つく。人の人生を奪って来た私が、ようやく人に人生を与えることが出来た、と。私は深く目を閉じた。
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