死ぬくらいなら

御堂どーな

文字の大きさ
11 / 23
3 ジグソーパズル

3-1

しおりを挟む
「俺さ、ちょっとひとりで外出てみようかなって思って」
 ある朝、なんとなくで切り出してみた。

 トーストをかじっていた蓮は目を丸くして固まり、ややあって、もぐもぐとしながら心配そうにたずねてきた。
「え? 大丈夫なの?」
「うん。ちょっと試しに」

 元々自殺を考えるほどマイナス思考だったうえに、誰かに探されているかもしれない恐怖もあって、ひとりで出かけたことはまだ1回もなかった。

「うしろからついて行ってもいい?」
「いや、はじめてのおつかいじゃないんだから。大丈夫だよひとりで」
 大まじめな顔で言う過保護な蓮に、ちょっと笑ってしまう。

 蓮はしばらく眉間にしわを寄せたあと、自分のなかで何か納得したのか、うんうんとうなずいた。

「たしかに、ずーっとオレとベッタリじゃ気付かないこともあるかも知れないもんな。気晴らしになるなら行ってきたらいいよ。どこ行くの?」
「とりあえず駅前ブラつく」
「そっかそっか。じゃあオレは家で作業してるから」

 駅ビルも開店直後ならそんなにひとがいないだろうということで、朝食を食べ終えてすぐに、家を出た。



 もうすぐバレンタインデー。世の中は浮かれているらしい。
 朝だというのにイルミネーションがチカチカしていて、ファッションビルのショーウィンドウには、デート服っぽいマネキンとSALEの文字。
 
 地球の外から来たわけでもなし、元々は普通に出歩いていたんだから、過剰に怖がることもないはず。

 そう思ってみるのだけど、やっぱりなんだか、恐怖感はある。
 具体的に何がとかいうよりは、ひとの視線に対する条件反射的な不安かもしれない。

 入って正面のフロアは、チョコレートの臨時売り場になっていた。
 その後ろは、時計屋さん。アクセサリーのお店。輸入雑貨店。
 どこも、やっぱりバレンタインなんだなって感じの、ギフトを意識したポップが並んでいる。

 せっかくひとりで来たし、俺も蓮に何か買って贈ろうかなと思ったけれど、ふと思ってしまった。
 働いてもいないし、ただ家にいるだけ。
 蓮のためになることなんて何ひとつしてあげられていないのに、モノなんか贈ってどうなんだろう……と。

 シンプルに、情けないな、と思う。

 元々、自殺しようとしているなんて最高潮にダサい場面を助けられて関係が始まっているのだから、いまさら自分の情けなさに失望することなんてないかも知れない。
 だけど、蓮だって体を壊して休学中の身なのだから、誰かに助けられることはあっても、誰かの世話なんてしてていいはずがないと思う。
 でも現実には、世話をかけてしまっている自分がいる。

 モノを渡す前に、他にもっとやることがあるだろう。
 自信を持って感謝のプレゼントを渡せるラインにすら立てていない、と自己分析して、きょうは買うのをやめた。



「ただいま」
 部屋に入ると、パソコンデスクに向かっていた蓮が、いすをくるりと回転させてこちらを向いた。
「おかえり。遅いから心配した」
 まるでお母さんみたいな表情をするので、笑ってしまった。
 遅いって、1時間も経っていない。

「どうだった? 大丈夫?」
「うん、ほんとただブラブラしてただけだし。特にトラブルもなく」
「良かった。楽しめた?」
「まあ、長めの散歩で健康になった感じはする」
「そっかそっか」

 うれしそうにこくこくとうなずいた蓮は、いすを元の方向へ戻し、パソコンの電源を落とした。

「蓮は? 何やってたの?」
「バイトのメール来てたから、それ読んでた。んで、やろっかなーって」
 ソファに移動してきたので、俺もさくっと手を洗ってその横に座った。

「バイトって? OBの方の建築事務所に戻るの?」
「いや、単発。決まった日に定期的に行くとかはまだ無理そうだから」
「単発も無理しないほうがいいんじゃないの?」
「んーん、こっちは気楽だからいいんだ」

 以前、『単発バイトと貯金で食いつないでいる』と言っていたけれど、俺が来てから2週間、ずっと俺にかかりきりで、バイトには行っていなかった。
 もしも俺のために抑えていたのだとしたら、申し訳ないなと思った。

「単発って例えばどんなことするの?」
「大体、学会とかシンポジウムのお手伝いかな。あとは、建築事務所の修羅場にひたすら線を引くだけ要員で駆り出されるやつ」
「え……? それって、バイトサイトで応募するやつじゃなくて?」
「うん、全部縁故」
 驚いた。そして呆れた。

「蓮はさあ。そういうところで期待されるのがプレッシャーになって咳止まんなかったんでしょ? 命削ってバイトする?」

「無駄なフェスの警備員で貴重な人生の時間費やしたって、得るもの1個もないし。でもまあ、そうだね。バイト行った日の夜は全然咳止まんなくて眠れなかった」

 蓮は、俺の肩に手を回して、そのまま体をぐっと引き寄せた。
 そして、目を細めて微笑む。
「でもいまは、弓弦いたら咳出ないし。咳出るようなら断ればいいし。今回は、引き受けることについて何の心配もないかな」
 ちょんちょんと、おでこに何度かキス。
「弓弦がいてくれると、何でもうまくいく気がするから不思議。ふたりで無理しないように、助け合って生きてこ?」

 そう言われてほっとする自分が、幸せなような、ひととしてどうなのかと思うような。
 とても複雑な気持ちになった。

 何もしていなくても存在を肯定してもらえる。
 死ぬまでの仁井田さんが、誰にもしてもらえなかったことだ。
 ちゃんと役に立っているのだと言ってもらえて、本当にうれしい。
 でも、そんなこと、言われてしまっていいのだろうか。
 お互い弱っているのに蓮ばかりが頑張っていて、俺はやっと自力で外に出られたところだ。
 これを『助け合ってる』と言ってしまうのは、ひととしてダメな気がする。

 それに、もし蓮がバリバリに活躍した状態で出会っていたら、きっと引け目を感じていたろうし、こんな優しい気持ちになれたかどうか……自信がない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

撮り残した幸せ

海棠 楓
BL
その男は、ただ恋がしたかった。生涯最後の恋を。 求められることも欲されることもなくなってしまったアラフィフが、最後の恋だと意気込んでマッチングアプリで出会ったのは、二回り以上年下の青年だった。 歳を重ねてしまった故に素直になれない、臆病になってしまう複雑な心情を抱えながらも、二人はある共通の趣味を通じて当初の目的とは異なる関係を築いていく。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される

水ノ瀬 あおい
BL
 若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。  昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。  年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。  リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。  

【R18+BL】狂恋~狂おしい恋に身を焦がす~

hosimure
BL
10年前、好奇心から男と付き合っていたオレは、自分の浅はかさを知って勝手にアイツから離れて行った。 その後、全てのことから逃げるように生きてきたのに、アイツがオレの会社へやって来た。 10年前のケリをつけに……。 BL小説・「狂恋 ~狂おしい恋に身を焦がす~」がボイス付きアニメ動画になりました! YouTubeの「BLoveチャンネル」にて、ボイス付きのアニメ動画になりました! 数話に渡って見られますので、よろしければこちらもご覧になってください♪ 【BL動画】10年前に裏切った恋人が会社にやってきて…!?【BLoveチャンネル】 https://youtu.be/8Ggznxoor98?si=l7CmNGRVOQvnDYUJ 原作: 狂恋 ~狂おしい恋に身を焦がす~ 著者: 星群彩佳 挿絵:星磨 (一部差分:BLoveチャンネル) 声優:胡桃屋 動画編集:ヘリオドール 制作:BLoveチャンネル BGM:DOVA-SYNDROME 一部背景:みりんちえ ★著者名がこちらとは違っていますが、同一人物です。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

処理中です...