死ぬくらいなら

御堂どーな

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3 ジグソーパズル

3-2

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「やっぱり蓮はかっこいいなー……」
 蓮がバイトの日。
 ぴしっとしたスーツ姿を見て、しみじみと言ってしまった。
「へへへ、ありがと」
 鏡の前で、ネクタイと髪の毛を最終チェックする。

「19:00までには帰ると思う」
「分かった。気をつけて。何かあったら無理せず帰ってきなよ?」
「うん。じゃあ、行ってきます」

 白いドアが閉まると、部屋はひとりきりの静かな空間になった。
 スマホがないので、連絡手段はなし。
 いつ帰ってくるか不確実なひとを、ぽつんと待つことになる。

 今回のバイトは、気鋭の若手建築家たちが共同開催するシンポジウムで、プログラムが土日の2日間に渡る、大きなものらしい。
 蓮曰く、会場が広いから案内の頭数が必要とのことで、何か役割を任されているわけではなく、『3~4時間突っ立っているだけ』と言っていた。

 正直、やることがない。
 外へ出てリハビリをしたり、おいしいご飯を作って待ってるくらいが、いまの俺にできることか。

 よっこらせと立ち上がり、のろのろと準備をし、駅に向かうことにした。



 バレンタインの街並みを見て、やっぱり蓮に、何か贈り物をしようと思った。
 自分はプレゼントなんか渡せる立場じゃない……と思っていたけど、それは結局、自分の自信のなさから目をそらしただけだ。

 蓮には日頃の感謝をちゃんと伝えたいし、そこに自分の立場がどうかとかは、関係ない。
 バレンタインなんて、ただ企業が商品を買わせるためのイベントだということは重々承知だけど、良い機会ととらえて、勇気を出して何か贈ることにした。

 駅ビルを、エスカレーターで1階ずつ上っていく。
 予算はないから、本当に、少額のもの。
 でも、食べて消えてしまうものじゃなくて、形に残るものがいい。
 できれば、ふたりで『遊べる』もの。

 お目当の大型の雑貨店に着くと、キラキラした売り場に、場違いな気持ちになった。
 元々こういう店とは無縁な暮らしだし、バレンタインなんてもってのほか。
 少し怯みつつ進む。

 パーティーグッズやボードゲーム、トランプ、ウノ、手品グッズ……遊ぶものは色々あって、目移りしてしまう。
 ふたりで盛り上がれて、かつ、蓮が満足しそうな、おしゃれで知的な遊びがいいなと思う。

 ぐるぐると見ていると、お店の一番端が、ジグソーパズルのコーナーになっていた。
 壁には細かいパズルの完成品が何枚も飾ってあって、絵も、アニメから外国の風景写真まで、色々。

 ジグソーパズルなら、頭も使うし、ふたりであーだこーだ言いながら協力できるし、おしゃれな絵柄のものにすれば、壁に飾ってインテリアにできるかもしれない。
 蓮が好きそうなのはどんなものだろうと、顔を思い浮かべながらひとつひとつ手に取る。

 5分ほどうろうろしてふと手を止めたのは、西洋絵画のもの。
 俺でも見たことがあるので、有名な作品だと思う。

 赤毛に白いロングドレスを着た女性が、椅子に座って頬杖をついている。
 背景は、ステンドグラスみたいな模様で、曲線と星のモチーフがたくさん使われており、タロット占いのカードっぽい。

 ミュシャという画家が描いた、『ヒヤシンス姫』という作品らしい。
 その名の通り、ヒヤシンスの花をイメージした女性の絵だそうだ。

 スマホがないので、ミュシャがどんなひとなのかや、ヒヤシンス姫の意味などを調べることができない。
 少し考えて、下のフロアにある本屋に行くことにした。



 生まれて初めて、美術書コーナーに足を踏み入れる。
 パズルになるくらいだから、きっとミュシャ自身も有名だし、ヒヤシンス姫はその代表作なのだろう。
 そして予想通り、すぐに、ミュシャの作品を網羅した大きな図録を発見した。

 ぱらぱらとめくり、お目当てのページへ。
 ヒヤシンス姫は、劇のポスターらしい――というか、ミュシャ自身が、普通の芸術家じゃなくて、ポスターや挿絵を描くひとだということが分かった。
 手に持っている白い輪や洋服は、ヒヤシンスの模様で装飾されていて、女性の赤毛も、花の色を表している。
 ヒヤシンスの花自体はギリシャ神話からきているそうで、その関連についても少し解説されていた。

 説明を読みながら、ふと思い浮かぶ。
 ヒヤシンス、神話……花言葉?

 バレンタインの贈り物と言ったら、チョコレートもだけど、お花もよくあるものじゃないかと気づいた。
 ヒヤシンスの花にどんな意味があるのか、今度は植物の棚へ向かった。

 花言葉辞典をパラパラめくる。
 小さなラッパのような花がたくさんかたまって、ひとつのアイスキャンディーのようになった形。
 色は、代表的なものは紫らしいけど、ちゃんとミュシャの絵にあるような赤いものもあった。

 大きく書かれた、ヒヤシンスの花言葉。
「えっ……」
 思わず、小さく声が漏れてしまった。

 男のくせにこんなロマンチックな思考をするのはどうかと思うけど、この花は、俺と蓮のためにあるのではないかと思ってしまった。
 そのくらい、いまの俺たちにぴったりな花言葉。
 その花をモチーフにした綺麗な絵のパズルで、ふたりで遊べる。
 贈り物として完璧なのではと、何か運命めいたものさえ感じてしまった。

 ただ、花言葉としてはパーフェクトだけど、ヒヤシンスの由来になったギリシャ神話自体は、あまり良い話ではなかった。

 ふたりの神様の寵愛ちょうあいを受ける、美少年。
 ひとりの神様がその美少年と円盤投げをしていたところ、嫉妬したもうひとりの神様の力で円盤の軌道がそれて、少年に当たり、そのまま死んでしまった。
 その血の色がヒヤシンスの色である……という。

 力を持った神様に翻弄されて死ぬ美少年と、大人の思惑に翻弄されて体を壊した蓮……。
 どうしても重ね合わせてしまって、これでいいのかと悩み始めた。

 そして、悩むこと20分。
 他の花言葉辞典も色々見て、結局、良い解釈をすることにした。
 神話では美少年が死んで終わったかもしれないけど、花言葉は前向きだ。
 蓮は死んでないし、俺たちにぴったりだと思う。
 直感を信じよう。
 雑貨屋に戻り、ジグソーパズルを買って、帰路についた。



「ただいまー」
 蓮が帰ってきたのは、18:00すぎ。予定より1時間ほど早い。
「おかえり、早かったね」
「あしたもあるし、すぐ解散になったから」

 コートをハンガーにかけ、スーツのジャケットを脱ごうとしたところを、ほぼ体当たりに近い形で抱きついて止めた。

「うわっ、なんだよ」
「待って、蓮。脱がないで」
「え? 何?」
「かっこいいレアな姿、もうちょっと拝んでたくて」
 ぎゅうぎゅう抱きついたまま言ったら、めちゃめちゃ笑われた。

 そのままキスされて、たまらずため息を漏らしたら、蓮に火を注いでしまったらしく、だいぶいやらしいキスを長い時間することになってしまった。
 そしてまた、めちゃめちゃ笑われた。

 夕食は、蓮が好きな和風きのこハンバーグにしたので、すぐに食卓に並べた。
 蓮は、分かりやすく目をきらきらさせる。
「うわーやば。いただきます」
 もぐもぐと頬張る。

「バイト、どうだった?」
「ほぼ立ってるだけだったから、楽だったよ。咳のこと知ってるひとが配慮してくれて、室内だったし。きょうはただの講演だから、会の間はなーんにもせずに、話聞いてただけ」

「良かった。外でずっと案内してるんじゃ、寒すぎるもんね」
「うん。良い話が聞けて、しかもバイト代ももらえるなんて、お得な感じ」
 機嫌良く話しているを見て、こちらもうれしくなる。

「知り合いには会ったの?」
「うん、何人か。呼んでくれた先輩にはすぐあいさつして、他にも顔見知り何人か」

 休学中に知り合いに会うのは気が滅入るのではと心配していたけど、そんなことはなさそうなので良かった。

 食事を終え、お風呂に入り、あしたもバイトだからということで早めに寝ることにした。
「おやすみ」
 電気を消すと、いつもどおり抱き枕のようにかかえられたので、俺も自然に、蓮の胸へ顔を埋める。
 きょうは外を長時間歩いて、疲れた。
 あしたは休憩日ということで、家でのんびりしよう……そんなことをうとうと考えていた、そのとき。

「コホッ……コホッ」
 蓮の咳が始まった。
「蓮? 平気?」
「ん、平気。どうしたんだろ。コホッ」

 背中をさすってみるけど、空咳は止まらない。
「水と薬持ってくる」
「ごめん」
 ゴホゴホと徐々にきつくなる様子を聞きながら、焦ってパソコンデスクの引き出しを開けた。
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