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「やー、儲かった儲かった」
 ホクホク顔で桜井くんがお金を数えている。
 俺と吉野くんはぞうきんを持って這いつくばり、自分や客が汚した室内を拭いていた。

「終わった?」
 入ってきたのは松田くん。
 お店に場所代を支払ったり手続きを済ませて戻ってきたようだ。
「もうちょっとです」
「手伝おうか」
「いえ、平気です」
 そんなことをさせるわけにはいかないので、必死で拭く――松田くん本人が良いと言っても、澤村くんが怒りそうだからだ。

「澤村はー?」
「女の子の相手」
「あっちはあっちで大変だわなー」

 澤村くんは、大柄で高校生離れしているし、顔もギャルっぽい女性にモテそうな感じなので、めんどくさがりつつそれで世渡りしているところがあるらしい。

「あれー? 尚ちゃんもしかして飲んできた?」
「ちょっと付き合っただけだって」
「抜け駆けはずるいぞー」
「涼介もあとでもらってくればいいでしょ」

 松田尚也、桜井涼介。
 ふたりはお互いを名前で呼び合っている。
 でも、ふたりとも澤村くんのことは修二とは呼ばず普通に名字で、澤村くん本人も、ふたりのことは名字で呼んでいる。

「あの……3人はどういう感じで仲良くなったんですか?」
 俺がおそるおそる質問すると、桜井くんがひとなつっこい笑顔で言った。

「んーとね。1年の時に、澤村がひとりで3年ボコしに行ってて、オレが知り合いでも何でもないのに面白そうだから首突っ込んで、オレの保護者である尚ちゃんが仕方なく参加して、1クラス一網打尽にしたのが始まりでーす」

「なんで澤村がひとりで行ったのかは、いまだに原因不明なんだけど」
「腹減っててイライラしてたんじゃねーの?」
「んなわけないだろ」

 簡単に言ってのけるけど、すごい武勇伝というか……それは周りに怖がられるよなあと思うと同時に、そんなひとたちに目をつけられてしまった悪運を呪った。
 いや、殺されなかっただけマシか。

 吉野くんが、ちょいちょいと手招きした。
 そして、俺に耳打ちする。
「なんでオレたちを飼ってるのか聞いて。もう知能戦って終わったんじゃないの?」

 たしかに、吉野くんの言う通りだ。
 以前は、『底辺ホモを飼って儲ける知能戦』という抗争があると言っていたけど、校内でやるひとはいなくなったようだし、それが派閥争いの何かになっているわけではなさそう。

「あの、なんで俺たち、飼われてるんでしょうか」
 変な聞き方だな、と思いつつ質問してみると、松田くんが答えた。
「それは、儲かるからだよ。それだけ」
「もう学校内の派閥争いみたいなのには関係ないんですよね? この……陰キャを使ってお金儲けしたり、するの、って……」

 尻すぼみにたずねると、桜井くんがケラケラと笑った。
「だいじょぶだいじょぶ。裏とかないない。ほんとーにただ、お前らがいると遊ぶ金が手に入るから便利ってだけで」
「そうですか」

 すると、ドアが開いて、澤村くんが戻ってきた。
「帰んぞ」
「このあとはー?」
 澤村くんが、ちらっと片手を上げる。高そうなお酒のビン。

「やったー! シャンパン!」
「うるせえはしゃぐな」
 ビンで殴ろうとするのをひらりとかわした桜井くんは、えへへと言いながら俺と吉野くんの後ろに回って、背中を押した。
「尚ちゃんちで飲もうぜー。打ち上げ打ち上げ」

 3人に飼われるようになってから、帰りが遅いとか、オールをして帰ってこないということが増えて、親が心配し始めた。
 たぶん、グレたと思われている。
 でもその割に髪を染めたり服が派手になったりはしないので、多分不思議がってもいる。

 吉野くんの家はどうかと聞いたら、元々家族と折り合いが悪いから何も言われない、と言っていた――しゃべれない彼は出来損ないみたいな感じで、お兄さんにだけ愛情が注がれている家庭らしい。



 松田くんの家は、すごく立派なデザイナーズっぽい一戸建てで、聞けば、お父さんはグレーゾーンギリギリのほぼ金融ヤクザらしい。
 ほぼ、なので、法には一切触れていないと言っていた――法律の抜け穴で生きているのだろう。

「おつかれー」
 グラスを当てて乾杯をし、慣れないお酒に口をつける。
 何回か飲んでみて分かったのだけど、俺はだいぶお酒に弱いらしい。
 飲んでいれば慣れると言われたけど、いまのところ、全く慣れる感じはしない。

「おい、慧。ちょっとこっちこい」
 澤村くんに手招きされた。
 行ってみると、澤村くんは、あぐらをかいた太ももをぺんぺんと叩いた。
 座れということらしい。いつものことだ。

 澤村くんの酒癖は悪質で、基本的には強いのだけど、ある一定量を超えると、なぜか俺と吉野くんで遊び始める。
 いきなり呼ばれたということは、実はクラブでけっこう飲んできたのかもしれない。

 耳たぶをくにくにとこねられた。
「お前、ピアス開けてみねえ?」
「え……」
「渚とお揃い。どうだ」
「お、おそろい……ですか……」
「おい、渚もこっち来い」
 呼ばれて、ふたりで片足ずつに乗っかる。

「ゴールドとダイアモンドだったら……ああ、金属アレルギーが出たら困るな。サージカルステンレスでダイアモンドのを買ってやろうか」
「よ、よく分かんないです」

 少し離れたところで、桜井くんがクスクス笑っている。
「澤村は過保護だよなー」
「まあね。放し飼いが危ないって言い始めたのも澤村だし。なんだかんだ可愛いんじゃないの?」

 こんな怖いひとに可愛がられても、全然うれしくない。
 できるなら、早く解放して欲しいと、毎日願っているのに。
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